第6話「弓返り」

「その山から降りてこいよ。今のレギュレーションだと、お前のその腕じゃ、俺に当てる事は難しいぞ」

「……お前じゃない」


 金髪ギャルは山の上から下へと降りてくる。先程までと違い俺を警戒するような雰囲気に変わったように思える。

 俺は再び矢をつがえ、体のに弓を構える。


(俺の流派が、斜面しゃめん打ち起こしだと気づいたのか? なかなか弓を引き始めないな)


「おいおっさん、あんたの名前は?」

「聞きたかったら、そこから一本射ってみ」

「偉そうに………後悔すんなよ!」


 今度は真剣な表情となると、集中して弓を構えているようだ。

 ゆっくりと引き分け——会へと入る。


 俺も弓を打ち起こし、引き分け――会と入る。

 右頬に矢を添えた。時が止まったかのように、周囲は静まり返る。


 集中しろ、てる。

 意識を狙いの先へ――矢摺籐やずりとうの先に視えているもの。

 金髪の少女――否――狙うべき的 。


――ヒュンッ――――――――


 相手の弓から放たれた矢が、俺の後ろ側を通過していく。

 離れ――――――――カシュンッ――


 矢を放った瞬間、俺の左手の弓が、円を描くようにその場で大きく回転『弓返りゆがえり』をし、その弦は左手の甲に触れる。

 先程の射よりも、矢に勢いがあるそれは、真っ直ぐと的を捉えた。


―――――――――――パァンッ!!



矢摺籐やずりとう

 弓の握る場所のすぐ上の部分のこと。例えると、細い竹みたいなものがクルクルと巻いてある。



 仮想空間での試合を終えると、ヘッドギアを外し、箱の外へ出る。

 先程の金髪の少女が、チンピラ共からブーイングを浴びている。

 虚しい光景である、仲良しではないのだろうか?


(使用料が稼げなかったからか? なんにせよ、止めないとな)


「おいチンピラ共、その辺にしとけ」

「誰がチンピラだ! おいおいオッサン、こいつに勝ったからって調子乗んなよなぁ〜おい!」


 周囲の取り巻きが、ケラケラと笑い始めた、その時だった。

 なにやらガテン系の人達が、大股でズカズカと歩いてくる。


「おいゴラァ!! なんだテメェらは!!!」

「クソガキ共が!! 舐めてんのはテメェらだろがぁぁ!!」

「やんのかよゴラァ!! かかってこいよオラァ!!」


『ヒー…ヒィィィィ』


 観賞用モニターがある席に座っていた、ガテン系の怖そうな連中が、学生達に喧嘩を吹っかけている。汚れた作業着を着た赤色アフロ、黄色リーゼント頭に、青色モヒカン。

 

 首根っこを掴まれ、持ち上げられている男チンピラ。

 女性に対して壁ドンされて睨みつけられている。

 さすがに反省したと思うので、俺はガテン系の連中に声をかけた。


「ありがとな! でもそのくらいにしといてやってくれよ。もう二度とここでたむろしないって約束の勝負だったんだよ。なぁお前ら?」

「は…はい! もうたむろしません!」


 こんな連中に絡まれたら、はっきり言って怖いと思う。

 チンピラ共が慌てて撤退する中、ガテン系の連中が俺に身体を向けるなり、ニンマリとした笑い顔をする。


「すまんな〜助かった。今休憩中か?」


「そうなんすよ。割とあの競技見てるの好きなんで、たまに来るんすよね〜」

「後藤さんに声かけるのは、終わった後の方がいいかと思いやして」


「そっか! ありがとありがと! 姉ちゃんに言っとくからさ、またウチに食べに来てくれよ。サービスするぜ?」


「マジっすか!? 絶対行くっすよ!!」

「うひゃー最高っすー!」


 少し立ち話をした後、ガテン系の連中は店の外へと出ていった。

 俺も帰ろうと思った矢先、さっきの金髪ギャルが声をかけてくる。


「ちょっと待て! まだ話は終わってない!」

「あれ? まだいたの?」


 てっきり、さっきの騒ぎで帰ったかと思ったんだが、よほど俺の名前が知りたいみたいだな。


「失礼だな……名前、教える約束だろ? さっき苗字は聞いたけど」

「俺は、後藤葵だよ」

「後藤って……あたしは、榊原舞さかきばら まい


 話を聞いてると、どうもこの少女、真弓高校の学生さんらしい。

 俺はその学校の教師なのだが……有給使って女子生徒とゲームしてたなんてのは、少しまずい気がする。内緒にしておこう。


「それより聞きたいんだけど。さっきのあの人たちは、あんたと知り合いなのか?」

「そうだよ、俺は昔、建設業関係の仕事してたからな。いろいろあって、知り合った連中だよ。すまなかったな、脅かしてしまって」

「いや、それは大丈夫なんだけど……」


 どうやら最近は、仲間内での悪ふざけがエスカレートしていたのが内心気に食わなかったらしい。ただあのゲームは好きなので、やめようとは言いづらかったんだそうだ。


(嘘をついている様子でもないな……ま、もう終わった事だ)


「じゃあ俺、帰るから」

「待てって!!」


 用も済んだし帰ろうとしたのだが、何故だか呼び止められてしまう。

 なんだか、嫌な予感がする。


「連絡先を教えてほしい、いいだろ?」

「……ヤダ」

「はぁ!? こんなに可愛い子が連絡先聞いてるのに、なんてオッサンなんだよ! そこは普通、いいよって言うだろ!!」

「俺は普通ではないのだ、じゃあな」

「あ…ちょっと待てぇぇぇ!!」


 俺はそそくさと、逃げるようにその場を去る事にした。



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