第5話「体験、弓道FPS!」

 弓道FPS台の中にある椅子へと腰掛けると、前面の操作パネルを見渡す。なんだかロボットの操縦席に座っているようなデザインだ。

 タッチパネルを操作し、仮想空間での競技ルールを選択する。


 いくつかの項目に分かれているそれは、自由に選択する事ができるようになっている。選び方によっては楽に弓を引く事もできるし、現実と同じ感覚で引く事もできる。


 今回俺が決めた競技ルールレギュレーションはこうだ。


・感覚Lvー現実

・身体能力Lvー現実

・使用する道具ー公式競技方法と同様

・矢の本数ー4本

・リロード時間ー60秒


 あの金髪少女が弓道経験者である事はおそらく事実だろう。モニターで見ていた様子では、弓道の基本を心得ているは伝わってきた。

 だから俺はあえて所持できる矢の本数を制限したのだ。矢を乱射されないためにな。


 設定が終わったところで、頭上にある帽子みたいなヘッドギアを被る。俺の体は眠りにつくかのように、徐々に現実世界から意識が遠のいた。


 ***


 次に目覚めた時、俺は競技場のような場所に立っていた。


 ステージは直径60メートル程の円形の場所。

 中央に高さ5メートルほどの山がある。

 足元は平坦な芝生となっていて、障害物は中央の山だけだ。


 身に着けている、道具の状態を確認する。


 右手には『かけ』これは茶色いグローブのようなものだ。

 左手には、全長2メートルほどの『和弓』

 背中には矢が入った『矢筒やづつ』これは矢を収納するもの。


 服装は弓道着。上は白い弓道衣に、下は黒いはかま

 そして靴のかわりに、白い足袋たびを履いている。


 身につけた道具の感触は、現実と同じでなんら変わりない。

 試しに弓に張ってある弦を軽く引いてみる。やはり同じ感覚だ。

 これなら普通に戦えそうだ。


 対戦相手である金髪ギャルは、遠く離れた真向かいにいる。

 俺の選んだ競技ルールが不満だったのか、金髪ギャルの声が、音声通信を介して聞こえてくる。


「おい! なんだこのレギュレーション、感覚も身体能力も、実際の弓道と同じじゃん!?」

「そうだよ。もしかして、実は弓道経験者じゃないのか? もし経験者じゃないなら、俺には勝てないな」

「よーし、今に見てろよ!!」


 何か気に障ったのか、金髪ギャルは黙り込んだ。

 コロシアムの上空に、対戦開始までのカウントダウンを表す液晶パネルが降りてくる。


『3・・2・・1・・ー試合開始!』


 軽快な開始音が鳴った後、競技がスタートする。


 金髪ギャルは中央にある山を目指し、全速力で走ってきた。

 俺はコロシアムの壁沿いを、半時計周りに歩き始める。


「対戦が始まったのに、おっさんはなんでボサっとしてんだ?」

「別にボサっとしてねぇよ、歩いてんだろ?」

「へぇ~、後悔するぜぇ!!」


 てくてくと歩きながら、山の上に登った金髪ギャルの姿を横目で確認する。少女は俺のほうを向くなり、弓を引き始めた。


(俺の流派は斜面打ち起こしだけど。あの金髪ギャルの流派は正面打起しょうめんうちおこしか)


 金髪ギャルは左手で弓を持ち、右手を弦に添える。

 両腕で樽を抱えるような姿勢をする『弓構ゆがまえ』

 そこから、左右のこぶしを上に高く上げ『打起うちおこし』

 そこから左手を伸ばし、弦を引っ張る動作『引分ひきわけ』

 右頬に矢を添え、狙いをつける『かい』へとなる。


 俺は金髪ギャルの方へ体を向けると、背負っている矢筒から一本矢を取り出す。矢を弓につがえると、に弓を構えた。

 そのまま相手が『離れ』をするまで様子を伺う。


―――――――バシュンッ!!


 右手の離れが、円を描くような軌道を描く。


(離れの方向は上か……ここまで届かないな)


―――ザシュッ―


 放たれた矢は、俺の数メートル手前に刺さった。予想通りの結果となる。


「その引き方じゃ飛ばないな、ここまで届いてないし。大丈夫か?」

「偉そうに言いやがって、次は当てるぜ!!」


 金髪ギャルは背負っている矢筒から2本矢を取り出す。

 1本を弓につがえ、もう1本を小指と薬指で握り、再び打ち起こしをする。

 金髪ギャルは弓を引き分け、会へと入る動作をしている。

 だが俺はその時すでに、自分の持つ弓を引き、会へと入っていた。


(狙うのは、背中にある矢筒だな)


―――――――バシュンッ!!!


 弦から勢いよく矢が飛び出し、山の上へと向かって飛んでいく。

 俺の狙った場所、黒い矢筒を貫いた。


――――パコォ――ンッ!!


「うわッ!?」


 金髪少女の肩にかけていたベルトが千切れ、矢筒が吹っ飛ぶ。

 その反動でバランスを崩した際、弦から外れた矢が、山の途中へと刺さった。


「あたしの矢筒が!? おいおっさん、なにすんだ!!」

「なにって、矢筒吹っ飛ばしたんだよ。見てわかるだろ?」

「まさか……矢筒を狙って当てたのか?」

「そうだよ」


 金髪ギャルが俺との会話に気を取られている隙に、矢筒から2本目の矢を取り出し弓につがえた。


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