第1部

口の悪い黒髪少女

第1話 転職

 俺は「後藤ごとう あおい


 年齢は30代、そして独身。髪型は肩くらいまである黒髪を一本に縛っている。

 個人的にはイケてると思っているが、世の中はあまり評価してくれないのが悲しいところだ。


 親の会社が倒産した事で、俺の職種は建設作業員から教師へとなった。嫌々通っていた大学生の頃、取得しておいた教員免許がここにきて役に立ったらしい。


 現在は3月の中旬頃。少し肌寒い感じがする気温の中、俺は就任先である学校へと来ていた。

 正門の前で立ち止まり、横に掲げてある看板に目を向ける。


 『真弓しんきゅう高校高等学校』


 真新しいその構内を見渡してみるも、冬休みだからか学生達の姿はない。それに構内の様子は酷く荒れているし、活気もない。


 都心にあるこの学校が設立されてからまだ年数は浅いはずなのだが、構内には投げ捨てられた空き缶や、食べかけのお菓子の袋が乱雑に転がっている。

 煙草の吸い殻は転がっていないが、柄が悪そうな雰囲気である。


「ははは。噂では聞いてたけど、やっぱすげーな」


 弓道というスポーツの競技方法が変わった頃に設立されたらしいが、最初に入学した生徒が不良ばかりだったためか、荒れた学校と呼ばれている。


 とはいえ、新しい職場となるので贅沢は言ってられない。

 ため息を吐いたのち、校長室を目指す。


 ガラスが割れている校舎内へと入るなり、気だるく階段を登っていく。3階にある校長室へと向かい、高級そうなドアの前まで来るとえりを正した。〈コンコン〉と、ドアをノックする。


「どうぞ」


 ドア越しに声がしたあと、校長室へと入る。


 その部屋の奥にある、高級そうな椅子へと腰掛けていたのは、頭上を輝かす年老いた男性。スーツ姿である。

 なぜか哀れんだように俺を見ているが、ひとまず挨拶をする。


「失礼します。新しくこの学校へ就任します、後藤葵と申します」


 校長は椅子から立ち上がった。


「真弓高校へようこそ。でも新人なのに申し訳ないが、運がなかったと思ってくれ」

「なんで……運がないんでしょうか?」

「学校の様子を見たかね? 問題児が多い学校なんじゃよ」

「そうですか……」

「さて。ついてきなさい」


 先生達に紹介するからと、校長と一緒に2階にある職員室へと向かう。部屋を出て階段を降りるなり、職員室へと入った。

 その部屋の雰囲気は葬式みたいに暗く、どんよりとしていた。


(なんだこれ? これが新しい職場の雰囲気かよ……)


 先生達は机に向かって黙黙もくもくと作業をしているようだ。

 校長が「コホンッ」と咳をするなり、その視線の注目を集めた。


「みんなご苦労様。今日からこの学校に就任する事になった、新しい先生を紹介する」


 校長の言葉のあと、俺は簡単に自己紹介をした。

 すると室内には、やる気のない静かな拍手の音が鳴り響く。


 紹介を済ませ、校長が部屋から出ていったあと、先生達は再び無言で机へと向きなおる。


(なんだよこの職場……これで終わりなのか?)


 こちとら新米教師であるのに、ろくに歓迎の言葉もないとは。

 構内だけでなく、先生達の心も荒れているのか病んでいるのか。


 用意された自分の机、その椅子へと座る。

 近くに座っていた中年くらいのおっさんが椅子から立ち上がると、こっちに歩いてきた。


「しばらく後藤さんの世話係を担当します、山田です。何かわからない事があれば、聞いてください」

「はじめまして、よろしくお願いします。早速なんですけど、聞いてもいいですか?」

「はい、なんですか?」

「喫煙所ってどこですか?」

「……へ?」


 こんな所にいたら、俺の気持ちまで葬式モードとなるだろう。

 山田先生から喫煙場所を聞くと、俺は気分転換のためそそくさとその場所へと向かった。


 この時、俺はまだ問題児の意味を誤解していたと思う。

 そう。あの子達と出会うまでは―――

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