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「どういうことだ、エル…?」


 俺はただただ困惑していた。全くの無関係であるはずのエルが彼女に疑問を抱いている。しかも名前に。一体何が彼の頭の中で引っかかっているというのだろうか。


「サクマ、この国の国教は知ってるよな」

「ああ、『真聖ローナ教』だろ…?それがどうしたんだ?」

「まぁまぁ、じゃあ主神様の名前は知ってるか?」

「それは……、『ローナ様』じゃないのか?」

「正式には『ローナ・リー=リエッタルテ様』って言うんだ。…………どことなく、どことなくだが彼女の名前と似ていると思わないか…?」

「『ロナリー・リエット』と『ローナ・リー=リエッタルテ』……うーん、言われてみれば…確かに。でもそれは何かの偶然とかじゃ…」

「そうとも言い切れないんだ」

「どういうことだ……?」


俺が抱えている疑問を一つ一つ紐解くようにエルが話を続ける。


「君はこちらの人間でないから知らないかもしれないけど、『ローナ教』信者の間では数多の神の中でその全てを統べる存在である『ローナ様』と同じ名前、それに近い名前をつける事は禁忌とされているんだ…。そしてこの世界の八割の人間はローナ教信者だと言われている。ここまでは大丈夫かい?」

「ああ。大丈夫だ」

「だから彼女が『元々この世界の人間ではない』という事は本当なんだろう…。でも「流れ者」なら一体どこからの……?どうやらサクマが元々いた世界の人間でもなさそうだし…」


 エルが彼女の素性を特定するヒントを次々と出してくる。俺は思わぬ角度から降ってきた大量のヒントに只々呆気に取られていた。


「あ、あの…………」


 その時、ロナリーが口を開いた。


「どうした?ロナリー」


そして彼女は予想外のことを口にした。


「場所を変えませんか…?ミシャクさん、サクマ」


「どうしたんだ…、急に。此処じゃダメな話なのか?」

「ええ、ちょっと…。それ以上は此処では危なすぎるかも」


 一体何がどうしたというのだ。「危な過ぎる」だと…。また危ない事に巻き込まれるというのか…俺は。しかし人が多くない内緒話ができる場所など心当たりがない。そういう機会は転移してこっち全く無かったからな。


「移動するって言ったって何処に…」

「ウチでいいなら移動しよう。…どうせこの後は帰るだけだしね」


 タダでさえ面倒事を彼と家族にはお願いするというのに更には内緒事まで突っ込んで申し訳ないと思いながらも、エルの家以上に相応しい場所はないのでお言葉に甘える事にした。


「カミラさん、また来るよ。今日もうまかった」

「あいよ、またいつでも来な」


 俺たちは店を後にし、エルの家に向かう。子供二人は大人達の長すぎた話に飽きたのであろう。寝てしまった。エルがサリーを、俺がルークを背負って歩く。ロナリーは初対面の時と打って変わって借りてきた猫のように大人しい。


「助かったよ、サクマ。ルークを背負ってもらっちゃって悪いね」

「俺達の話が長引きすぎてしまった所為なんだ、気にしないでくれ」

「ありがとう」


 少し通りを離れると空には星が無数に見える。その中を俺達は歩きながら家路に着いていた。たまに吹くそよ風がひんやりとしている。酒場の賑やかさで少し熱った首筋には心地よい風だ。夜の賑やかな街は少し寂しいこの雰囲気を寄せ付けまいと燦々と明るいが、俺はどちらかというとこの雰囲気の方が好きだ。


 商店街から少し歩くと住宅街がある。そこは生活水準に応じて様々な規模の家屋が立ち並んでおり、それぞれがなんとなくエリア分けされている。家賃の安いアパートのエリア、小規模な戸建のエリアを抜けて中規模の戸建エリアに彼の家がある。


「ここだ、汚い所だが入ってくれ」

「『汚い所』って…、いつも汚すのは貴方でなくって?」


即座に奥さんが彼の世辞に反論した。バツが悪そうな顔で笑うエル。「…君は喋らない方が安全かもしれない、良くも悪くも」なんて思いながら俺とロナリーは家に入った。


「みんなお茶でいいかしら?」

「ありがとうございます、いただきます」

「ロナリーちゃんは?ホットミルクがいい?」

「いえ、私もお茶で…」


奥さんが湯を沸かす間にエルと俺は子供達を部屋に連れて行きベッドに寝かしつける。


「ほら、サリー、家に着いたよ、靴を脱いでお眠り。パジャマにちゃんと着替えるんだよ」

「う〜ん、はーい……」


返事はしたものの殆ど意識が飛んでいる彼女の服を脱がしパジャマに着替えさせる。きちんと父親をしているエルを見て俺は関心してしまった。いつも陽気で事あるごとに酒に誘ってくる彼も、家ではきちんとしたお父さんをやっているのだ。


「ん…おうちついた?」


俺の背中に乗っかっているルークが目覚めた。


「ついたぞ、ルークくん。パジャマに着替えてベッドに入りな」

「お姉ちゃんは?」

「お姉ちゃん?お姉ちゃんは君のパパがお部屋に連れて行ったぞ」

「違う…、赤髪の…」

「ああ…、ロナリーのことか。今お母さんと一緒にいるよ。どうかした?」

「お姉ちゃんと一緒に寝たい…」

「oh………それは…また後でな。お話があるんだ」

「じゃあ僕もお話しする」


おっと、これは本格的に惚れたな。


「子供は寝る時間だからダメだ。また明日お話しような」


娘を寝かしつけたエルがこちらにきてルークの服を着替えさせる。


「うー」

「はいはい、おやすみルーク。良い夢をみるんだよ」

「………おやすみ、パパ、サクマ」

「うん、おやすみ、ルークくん」


 子供二人を寝かしつけて俺とエルはシシリーとロナリーがいるテーブルにつき、シシリーが淹れてくれたお茶を頂きながら先程の話の続きを再開することにした。

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