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 陽は完全に落ち、街は完全に夜の時間になっていた。俺とロナリーはどこかへ向かう訳でもなく街中を歩く。見るからに未成年の彼女を俺が住んでる所に連れて帰るわけには行かないからだ。あそこでの俺の人権が危なくなってしまう。


「……」

「……」


 俺が先程彼女にした質問からこっち、しばらくの沈黙が続いていた。俺はもう限界なまでに空腹だったので、正直「答えを知りたい」なんて欲より「空腹を満たしたい」という欲に頭が支配されていた。

「…腹減ったな」

「…はい」

「飯食うか」

「……え?」

「俺の空腹はもう限界が近い、そろそろぶっ倒れそうだ、だから飯にしよう」

「え…でも私この国のお金持ってない……」

「…そうだよな」


 もうそんな当たり前のことに考えが及ばない程に俺は腹が減っていた。


「いいよ、俺が奢る。ただし見てわかる通り俺だって裕福じゃないからな、高いのはダメだぞ」

「…ありがとう」


 俺とロナリーは街の中央通りと貧民街の間くらいにある「夜明け前の鶏小屋亭」へと足を運んだ。そこは所謂「大衆食堂」と呼ばれるもので、安くて量が多い。味は二十一世紀の食事と比べると劣るが、それでも十分に美味いので、平民、貧民街の住人達に人気でいつも客が絶えない。昼は食堂、夜は酒をメインに販売しているようで、ちょうど今は程よい酔っ払い達で溢れている時間だ。


「どうも」

「あらあらどうも、サクマ先生じゃない、珍しいわねこんな時間に」

「ちょっと用事が飛び込んできてね。カミラさん、席は空いてるかい?二人なんだ」

「二人ね、あらあら、夜の酒場に人を連れてくるなんてどんな娘って………アンタ、そういう趣味だったのかい……」

「ちがう‼︎断じて、断じて違うわい‼︎」

「冗談よw」


 カミラはこの「夜明け前の鶏小屋亭」を店主の旦那と共に切り盛りしている女性で、とても世話焼きが良い。俺も転生してきた直後は何度も助けられた。俺が先生と呼ばれているのは、何度かメニュー開発の手伝いをしているうちにそう呼ばれる様になってしまった。


「おーい、サクマ、サクマじゃないか!こっち空いてるぞ、来いよ!」


 聞き覚えのある声が奥の客席の方から聞こえる。どうやらさっきも聞いた声だ。


「……おい、エル……。結局ここで呑んでるのかよ…てっきり今日は帰ったものかと……」

「まぁまぁ言うなって、今日は俺一人じゃないんだぜ、ほら」


 おっとりとした女性と元気な子供が二人、彼の横に座っている。彼の奥さんの「シシリー」、娘の「サリー」、息子の「ルーク」だ。


「こんばんは、主人がいつもお世話になっています…」

「おじちゃんこんばんわ!」

「こんばんわー‼︎」

「どうもこんばんわ。そうか、家族と一緒だったのか。………ってあれ、元々その予定だったっけ?呑みに行こうとは…」

「ゴフゥッ‼︎…ンンッ‼︎」

「おいおい、大丈夫…」


 まずい事を言ってしまったかもしれない。彼の隣に座っているシシリーの笑顔が少し怖い気がする。「崩れない笑顔ほど怖いものはない」なんてピンポイントな諺がこの世界にはあるが、まさに今の彼女みたいな状態を指す諺なのだろう…。


「エル?」

「…いや、いやいや、あの騒動の後まっすぐ帰る予定だったんだけどな、帰り道でシシリーと子供達にバッタリ会ったんだ。そんで折角だし外食デーにしたって訳さ。偶には外食したいな…なんて思ったからさ」


そう言いながら彼は奥さんの肩を抱き寄せる。奥さんは笑顔のまま抱き寄せてきた彼の手の甲を抓った。


「イツッ───ッ‼︎」

「…帰ったらお話ししましょうね、エル」

「ん、ああ、え〜…」

「…しましょうね」

「………はい」


 「すまない、エル…。俺が余計なこと言ったばかりに家族との楽しい外食が一気に修羅場に…」なんて思いながら子供達の方を見る。「折角の楽しい食事が気まずくなってないだろうか…」と流石に心配に……おっとぉ、「またか」って顔をしたと思ったら二人共すぐに切り替えて美味しそうな顔でお子様ランチを頬張っているじゃないか…………。なんとたくましい。そのまま強く育ってくれたまえよ…。俺は空気を変えようと子供二人に話し相手を移すことにした。


「なるほどな、そんな経緯が。ルーク君もサリーちゃんも良かったね。まさに『棚から牡丹餅』だ」

「「………?」」


 ピンと来ていない。……当たり前か。この世界に牡丹餅なんてないしな。ソダヨネー。


「んと、偶然お父さんに会えてよかったね、今夜は沢山ご馳走してもらうんだよ」

「「うん!」」


 おぉおぉ、とても元気で眩しい笑顔だ。隣の大人や俺とは大違いだ。そのまま可愛く育ってくれたまえよ…。


「ところでおじちゃん、そのお姉ちゃん誰?」

「おじちゃんの子供?」

「んーと、んとね…………、遠い親戚ぃ…みたいな…?」

「ふーん、お姉ちゃんお名前は?どこに住んでるの?何歳?魔法使える?」


 「おいおいおいおい、グイグイくるな、ルークくんよ、このお姉ちゃんに惚れでもしたのかい…?」なんて冗談は置いておいて俺もその辺りは知りたいのでこのままルークに任せようかな。が、しかし…


「とりあえず何か先に頼まないか…?俺もう限界で…」


今は何よりも食事が最優先だ。何か食べながら話は聞くことにしよう。

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