「夜明け前の鶏小屋亭」にて

 病院からの帰り道、俺は先程の小娘と一緒に歩いていた。


「あの…ありがとうございます。えっと…サクマさん」

「本当にいい迷惑だ…結局お前は怪我なんてしてなくて殴られた俺が自分で治療費を払っただけじゃねぇか」

「いやぁ…あっははh…」


当たり前だが空気が気まずい。


「んで、なんでロナリーさんはあんな所で倒れてたんだよ?全く。あの運転手も可哀想すぎるだろ」


 俺は先程病院で手当を受けた腫れた頬の痛みを感じながら聞いてみた。にしても本当に痛い。あのオヤジはオークの亜種なんじゃないか…。


「実は私も何が何だかわからないんですが…」


ロナリーと名乗る少女は歩きながら少しずつ話してくれた。


「今いるこの場所…?は一体何なんですか?ちょっと前まで全く別の場所にいたのに急に路地に出ていて、目の前にあの車が停まってて…」


 俺は彼女の発言に耳を疑った。俺じゃなくても疑うと思う。だって俺の目の前にいる人間は俺と同じ世界から転移してきた同じ「転生者」なのかもしれないのだ。俺がこの世界に突如飛ばされて約一年、やっと巡り逢えた同郷かもしれない人間。俺はとてつもなく嬉しかった。今の感情を言葉で現すとするなら、逆立ちして街中を歩けるレベルだと言っても過言ではない。

 

 そして、これは俺が立てているただの仮説だが、もしもこの世界が一つの物語のシナリオ上で動いている世界だとするなら、彼女はまさにこの世界における「主人公」と呼べる存在なのかもしれないのだ。(俺自身もその可能性があると考えたりもしたが、何のスキルも与えられずに一年近くが過ぎたのだからきっと違うのだろう…)そうとなると、彼女を丁重に保護しなければならない。多分それが俺がこの世界で「すべき事」なのだろう。たいして元の世界への未練もないが、もしかしたら彼女が元の世界へ帰る方法も見つけてくれるかもしれない。


 俺は歩きながら質問を続けた。


「『別の場所』ね…、最後に覚えてるのはどこなんだ…?」

「最後に覚えてる場所…。…私、学校から帰ってた途中だったんです。電車に乗る駅でホームに向かう途中の階段で躓いちゃって…、そしたらこんな所に…ここは何処なんですか?」


 なるほど、彼女も階段から落ちるところで転移してしまったらしい。それだけではないのだろうが、「階段から不意に落ちる」が転移への一つのトリガーなのだろうか。


「ここは……簡単に言うと『異世界』ってことになる。俺たちの知ってる言葉だと」

「異世界…え…嘘…」

「嘘じゃない。見てみろよ。現代日本にあんなレトロな形の車走ってるか?歴史の教科書で似た様な絵をみた事あるくらいじゃないか?」

「…確かに、今の時代にあんな車なんてあったっけ。っていうかこんな街並み聞いたことも見たこともないわ」

「だろう?多分だけど「階段から落ちる」瞬間に君はこの世界へ飛ばされたんだろう。多分その行為の何かが日本とこの異世界を繋ぐトリガーになってるんだと思う」

「………信じられない。………本当に異世界なら、異世界だって言うならなんで貴方は、サクマさんは私と言葉が通じてるんですか⁉︎」


 それはごもっともな疑問だと思う。だから俺は自分の素性を話すことにした。


「信じられないかもしれないけど、俺も二十一世紀の日本からこの世界へ飛ばされたんだ」

「嘘…お兄さんも…別の場所から…」

「ああ、もとの世界では中学の教師をしていてな。生徒が階段から落ちそうになった所を助けた時に俺が落ちちまって、結果この世界に来たってわけさ」

「そうなんですね…」


 彼女は少し安心したような顔をした。俺が自身と似た境遇にあることを知って不安が少し和らいだのだろうか。よかった。


「ところで…あの……」

「ん?」

「さっきから気になってたんですが『日本』ってどこですか…?」

「…ん?」

「……『ニホン』なんて国初めて聞きました。本当にお兄さんは私と同じ世界の人間なんですか?」

「………ん?」


 少女が俺に向けている目線に疑念が混じっていくのが見てわかる。俺も予想していなかった質問に返答が詰まる。マジか。日本を知らないということはやはり俺とは違う国、もしくは違う世界の住人なのだろうか。まぁよく見たら顔立ちが日本に多いタイプとはかけ離れている。


「えっと、日本、、、『ニッポン』とか『ジャパン』って国聞いたことない?」

「『ジャパン』‼︎『ニホン』は『ジャパン』なんですね‼︎それならもちろん知ってますよ‼︎サムライマンガニンジャアニメ……東の方の国ですよね‼︎」

「よかったぁ〜、知ってるんだ。そうそう、俺はそのジャパンの出身なんだ」


国は違うようだが同じ世界の住人らしい…。よかった。少しは常識の共有ができるだろう。


「ところで、俺と同じじゃないとすると君はどこの出身なんだ?」

「私はしんかi…、んんっ‼︎………シンガポールの出身です」

「…そうか、シンガポールか……シンガポール…ふむ」


名前は知ってる国でも急に浮かぶ情報はなかなか出てこないものだ。シンガポールね、なにがあったっけな…えっと…とっさに俺は脳を回し会話の話題を探す。


「シンガポールってマーライオンの国だっけ…?」

「なんですそれ…?」

「え?」

「…え?」

「……え?」

「……え?」

「え……。あれだよ、口から水が出てるやつ。…ってあれ、マーライオンってシンガポールじゃ無かったっけ」


会話が続かない空間はとても気まずい…。うーん、まぁ知らない人もいるだろうしな。でもこれ以上の話題を俺は持っていない…。どうしようか。


「さぁ、知らないですn……………、あっ⁉︎いえいえ‼︎いえいえいえいえ‼︎知ってますよぉ、もちろん知ってますとも。マーライオンね、そうそう、シンボルだよね、有名‼︎マーライオン‼︎水がビャ────ッて‼︎ドビャ────ッてね‼︎」


…なにその顔。さっき見たぞその懸命に誤魔化そうとする顔。まぁ俺が知ってるだけで現地の人でも知らないってことも多分あるしな…、うん。


「あ、知らない?知らないなら知らないで別に良いんだk」

「知ってる知ってる、めっちゃ知ってるし‼︎前に旅行に…ンンッ、毎日学校行く時見てるもんね‼︎」

「いやだから…別に…」

「『マーライオンの申し子』と言えば私の事よ‼︎」

「……………うん」


 もしかして、いや、何もかも疑うの良くない…良くはないが、コイツ…またしても嘘を吐いている気がする…。ちょくちょく目線が泳ぐし、明後日の彼方向いてるし…。今の彼女は必死に会話を成り立たせようとする子供のようだ。そして俺は興奮からか見落としていた彼女の会話と身なりの違和感に気づいた。彼女の「服」だ。学校帰りだという彼女が着ている服がどちらかというと「こちらの世界寄り」なのだ。どうも都会の学校帰りとは思えない。俺は教師をやっていたからか、人間の吐く嘘に対して敏感なところがある。なので彼女が言っていることに嘘が混じっている事もなんとなく判る。そしてなによりこの娘、先程から感じてたのだがこの状況を見ての「焦り」が見受けられない。少し不気味な程に。


「さてと、どうしたものか」

「…?」

「いや、こちらの話だ」

「あっそう」


 回りくどく外堀を埋め、逃げ場をなくしていくのが確実に真相を知る為には良いのかもしれないが、先程の一件の所為で今日の俺はいつもに増して疲れているので、一刻も早く帰りたかった。だから俺はもうダイレクトに彼女に質問をぶつけた。


「ロナリー、君は本当はどこから来たんだ?」

「え…?だからシンガポー…」

「あぁ、そういうのもういいから…嘘なんだろ…」

「え…なんで…」

「教師を甘く見るなよ…」

「…………はい」

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