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渦中の彼女は相変わらずオロオロキョロキョロとしている。綺麗な紅い髪が真っ青な顔を引き立たせている。目線なんて超高速で反復横跳びをしている。俺とエルはそんな彼女を見ていた。
「あれは『どうにも引っ込みがつかなくなった、どうしよう』って顔だな」
「サクマ、君ってやつは…」
明らかにエルは俺にドン引きしている。彼は事故だとまだ信じているのだ。
「確かに俺がお前だったら俺自身にドン引きするな…」なんて思ったが俺は確信と好奇心に勝てなかった。
彼女はこれ以上騒ぎを大きくしたくないのだろう、急に静かになり、ピクリとも動かなくなった。今の今までスロットマシンのようにクルクルと変わっていた表情を今にも天に召されそうな病人の顔の様に蒼白にし、ぐったりとした。最早プロの役者である。とても良い役者になれるだろう。伝手があるなら推薦してあげたい(笑)。
「おい、見たか、エル」
「ああ…、サクマ。うん…、流石に…、ひょっとしたら……君のいう通りかも…しれ…ない。うん……」
ああ、エルの顔が段々と引きつっていくのが目に見えてわかる…。この状況でまだ少しだけでも信じてるなんて…お前は本当にいい奴だな。今度一杯だけ奢ってやるぞ。
そんな俺とエルのやりとりの間も大衆は忙しなく場面を転換していく。街の喧騒は止むことなく、かつてないほどに炎上していた。
「おい‼︎また意識がなくなったぞ‼︎大変だ‼︎」
「なに…本当だ、ぐったりしてるぞ…」
「ひょとして…救護隊が無理に抑えたから…具合が悪くなったんじゃないか⁈」
「なんだって」「おいおい…」
「「「救護隊が彼女の怪我を悪化させたぞ‼︎」」」
誰かのこの一言によって全ての民衆の標的は救護隊となった。
「お前ら本当に医者の端くれかよ‼︎」
嗚呼…仕事をしただけなのに可哀想すぎるだろ…。誰か気づいてあげてくれ…、真実に。
「私ちょっと憲兵呼び戻してくる‼︎」
「そうだ!そうしろ‼︎」
事態の収拾はつきそうにない。彼女は…もうなんか涙を浮かべていまにも死にたそうな顔をしている。「もういっそのこと本当に殺せ」と言わんばかりの顔だ。というか、半分だけ開いた涙目が周りにそう訴えている。
「サクマ、俺もう見てらんない。なんかもう…可哀想すぎる」
エルがさっきまで神に捧げていた両手で顔を覆う。
「…うん」
「助けてあげようよ…」
「え、この中に飛び込めと?熱々の揚げ油鍋のような騒ぎの渦中に…?正気か…」
「いやだって…、このままじゃ事態は真実から遠ざかっていく一方だ…」
「確かにそうだけど…俺は行かんからな」
「わかったよ…じゃあ俺だけでも行ってくる」
嗚呼、本当になんて真っ直ぐな男だよ、エル。お前が転生者なんじゃないか…?本当は。そして多分この世界の主人公はお前なんじゃないか…?なんて俺が思っていた時、渦中の彼女が俺たちの方を向いた。
「じゃあいってくるよ」
「気をつけろよ…」
「おう」
そういってエルを送り出そうとしたその時、彼女と俺は目が合ってしまった。なにかを見つけたような目で俺を見てくる。そして彼女は確信を持ったような顔で…
「「「うわぁぁぁんっ…‼︎おと────さぁ─────────────ん‼︎」」」
こちらを見て叫んだ。
「・・・は?」
その声に反応して一斉にこちらを見る大衆。
「・・・は?」
「え?・・・は?」
「え…?」
「え…?」
俺とエルは顔を見合わせる。「エル、お前の子か?」なんて一瞬思ったがそんな訳はない。俺は彼の子供達と会ったがあるから知っている。となると…俺?いやいや、そんな訳。なんて思考が巡っている間も彼女は俺達の方を向いて叫び続けている。
「おとーさぁーん‼︎パパ…父君‼︎そこの…父君ィィィ────ッ‼︎」
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