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 こちらを向いて少女は叫んでいる。「いくらなんでも呼び方雑すぎだろ……」なんて冷静なツッコミは光速で訪れるアクシデントの前には間に合うわけもなく…ともかく、面倒な事が彼方からアクセル全開で突っ込んできたことだけは理解できた。救護隊を非難していた群衆の視線が皆一斉に俺の方を向く。いやもうほんと統率力が高すぎるだろ…。俺はというと全身の毛穴という毛穴が開き凄い寒気に襲われていた。


「おいあんた、この娘の父親なのかい?」

「いや、ちg」

「何ぼーっとつったんってんだ‼︎」

「大事な娘だろう‼︎」

「だからちが…」


いや知らんが。娘じゃないが。罵られる理由ないが。だんだん腹が立ってきた。


「とんだ人でなしだね全く‼︎」

「こんなに可愛い娘が死にそうだってのにさぁ‼︎」


 逃げたい。今すぐこの場から逃げ出したい。積み上げたものぶっ壊して、身につけたもの取っ払ってでも今この場から逃げたい。だって無関係だから。俺は無関係だから。俺は一歩後ろに足を引k…おっと、引けそうにない。もう後ろまで包囲されてやがる。抜かりない連中だぜ。


 その間もあの小娘は俺の事を父と宣い助けを求めてくる。大声で。クソガキ……覚えてろよ。我慢して助けてあげるしかないのか。まあいい、後でコッテリと絞ってやる。


「はぁ────────っ…」


 俺は小さく息を吐く。


「…サクマ?」


 エルが心配そうに俺の方を見ている。この状況でたった一人の味方はとても頼もしく見えたが彼に火の粉がかかることは避けなければならない以上頼ることはできないだろう。


「まぁ心配すんな、、、よし‼︎」


 気合いは入れた。俺は足を前に踏み出し、少女の方へ向かっていった。魔王に向かう勇者の気分だった。


「…すみません、事故の知らせを受けてたった今、着いたところなn──────ヴフォォッ」


 なななななにが起こった。頬が痛い。俺はいつの間にか地面に倒れていた。そして俺の目の前にはカブロにも劣らない程の巨漢が仁王立ちしている。隣は奥さんだろうか、フライパンで素振りをしている。……とりあえずその鈍器すぎるフライパンは懐にしまってはくれないだろうか。いい大人が粗相してしまいそうだ。


「お前みたいな父親…俺がぶっ殺してやる‼︎貴様…当たり屋だな‼︎あんな小さい子にさせやがって…当たるならお前がやればいいんだ‼︎憲兵隊に突き出してやる‼︎」

「さぁそこに座んな‼︎安心しな、殺しゃしないよ‼︎全身が腫れる程度で我慢してやるさ。その後は兵隊さんのお仕事だからね、覚悟しな」


 ……あらまぁ大層お怒りのご様子、小さい娘があんな状態になってるんだしごもっともですな…なんて言うものか。いやいや、とんだとばっちりであるの上こんな仕打ちはたまったものではない。しかし、こんな事でしょっぴかれるわけにはいかないな。なんとかしなければ。俺は出来る限り頑張ってみることにした。だって怖いもん、その夫婦(多分)の後ろにも鈍器みたいなモノ持って睨んでる奴らが見えるんだもん…。死にたくないし。


「もmmmmもし…、もしも本当に当たり屋だったらこんな所でぼやぼやしてないと思いますよ‼︎「素早くカツアゲしてその場を去る」が奴らの手口じゃないですか‼︎今さっきそこの彼から話を聞いて駆けつけたら本当に目の前で娘が倒れていて…今とても頭が混乱してて…。すみません…こんな腰抜けで…」


「すまない、エル。巻き込んで本当に申し訳ないが少しだけ付き合ってくれ…」俺は目線で訴える。彼は「わかってる」といった目で見てくる。本当にすまない。


「本当なんです、たった今さっき俺がコイツを呼んできたところで…急に殴るなんて酷いじゃないですか…っ‼︎」

「本当に…どうしよう…どうすれば……嗚呼」


 俺たち二人で役者でも目指すか。


「確かにそうだよな…娘がこうなってたら確かに誰だって動揺するよな…」

「「うんうん…」」


非難と怒号に塗れていた声にちらほらと同情の声が混じり始める。この街の住人ってやつは…‼︎流されやすいにも程があるだろ…‼︎


「いきなり殴ってすまねぇ…‼︎早く娘のとこに行ってやんな‼︎」

「立てるかい?全くアンタ!強く殴りすぎなんだよ!すぐ手を出して‼︎」


 アンタも鈍器級のフライパン両手に抱えてたじゃんよ…。なんて思ったが今はいい。もうどうでもいい。俺と少女の間に道ができたので急いで彼女の元へ歩いていく。小娘より俺の殴られた頬の方が重症だと思うんだがなあ。


「お父さんですか?」

「アァ…ハイ……」

「「……………」」


 俺は一体そんな顔をしているんだろう…。救護隊のお兄さんに凄い心配されている。少女じゃなく、俺が。さっきまであんなに罵られていたというのに…。なんて優しいんだ。多分、救護隊の彼らも俺が実の親でないことに勘づいてはいるのだろうが、この場を収めるため、俺を親として話を進めてきた。俺もあくまで彼女の父親としてこの事態を解決へ向ける。俺と彼らの間に謎の団結感のようなものが生まれた気がした。口裏をあわせる上で思ったのだが、血縁を示す身分証やDNA鑑定などがない時代で良かった。もし血縁を示すものが必要だったならこうスムーズに話を進めるのはもっと難しかっただろう。


 俺はエルに別れをつげ、救護車に乗せられた彼女の付き添いのために救護隊の彼らに同行した。事後処理と検証もどうやら終わったようだ。野次馬もだんだん減り、皆が日常の生活風景に戻っていく。


 救護車が走り出してしばらくして、事故現場を数百メートル離れたところだろうか。車の中で彼女は彼女は起き上がった。出血(?)量の割に怪我が見当たらなかったので救護隊の彼らも、最初から事故は嘘だと思っていた俺はそんなに驚きこそしなかった。というか車内は怒りで満ちていた。暫く皆の無言が続く。


「いや…まじ…ごめん。」


 少し気まずさを感じたのか彼女が口を開いた。茶目っ気を少し含んだ顔で謝罪をしてくる。成る程、此奴は天誅を下されたいようだ。勿論無言の空間は続く。


「本当に、、、ごめんなさい…」


 我々の顔を見て彼女は言葉を言い直した。救護隊の皆さんが復讐に取り憑かれた鬼の様な顔を裏側に隠しながら「大丈夫そうで良かった」と彼女に言った。もう本当に…人を助ける側は大変だ、頭が上がらない。気を取り直して救護隊と俺の間で簡易的な聴取が始まる。


「あの…お兄さんとこの娘はどの様なご関係で…」

「他人です…面識も何もない赤の他人です」

「じゃあ身元引き受けは…」

「あ………」

「……………」


 嗚呼、困ってる。とてもとても困ってる。


「俺…引き受けします………」

「あ、よかt…ありがとうございます…」


数秒で終わってしまった。


 九割暗くなった紺色の空の下で、先程の騒ぎの事など忘れ夜の顔に変わった街の賑やかな声はこの場の俺たちの耳に入ってなどこない。ただ静かに、乗っている救護車の車輪とピストンの音だけがただずっと車内に響いていた。

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