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「可哀想にな、こんなに若いのに」

「この子、もしかして魔法使いの子供じゃない?」

「髪も赤いしな…そうかもしれん」

「こりゃただ事じゃ済まないかもしれないぜ…」

「また暴動かよ…勘弁してくれ」


そんな事を野次馬が口にしている。


 この世界で技術革新が起きたのと同時に、多くの不可能が可能になった。そうなると世間でなにが起きたかは明白だった。魔法使い達の地位の下落である。俺が元々いた世界で印刷技術が発明された際に写本業が廃れたのと似たような現象が起き、その結果、一部の魔法使い達による暴動が起きた。多くの工場が襲撃され、多数の死傷者が出たらしい。国王は暴動を鎮圧するために軍の精鋭魔法部隊を投入し、同士討ちをさせてしまった。結果魔法使い達の間でも派閥が生まれ、技術進化を肯定する派閥と否定する派閥による絶妙な緊張状態が続いている。そんな中のこの事故である。


 この時代にもちろん運転免許なんていう制度や講習などはなく、交通ルールも周知されていないので事故は日常茶飯事だった。たった今起きたこの事故も、もう暫くは頻繁に起こる不幸の一部分なのだろう。


「この月に入って何度目だよ、もう」

「まったくだ。俺たちより若い子供が不安定な世界で簡単に死んでいく。そんな発展に意味なんかあるのかね…」


そう呟いたエルの顔は苦虫を噛み潰したようだった。元々いた世界が子供や弱者を犠牲にしながら発展した世界なのを知っていた俺は簡単に否定できなかった。すぐに答えを出せない自分がもどかしい。


「今はまだしょうがないさ…、世界の急激な発展に世間は追いつけていないんだ。もう少し、もう数年すれば法が周知されてきっと…変わるんだと思う」


俺にはそういった言葉しか浮かばなかた。俺は子供の体に向かって手を合わせた。


「きっと…ねぇ。それがいつになるやら。」

「まだ課題が多すぎるのさ」

「ところでなんだいサクマ?その手を合わせるポーズ…」

「俺が昔住んでた東の国では何かあるとこうやって手を合わせて神に祈るのさ。今回は『この娘が無事天国に行けます様に』ってね」

「そうか…」


エルも胸元で両手を組んだ。この世界の宗教の祈りの方法らしい。どこか元の世界の宗教と似ている。祈りが済み俺とエルがその場を立ち去ろうとしたその時、


「ん…んっ、…ん~っ」


横たわっていたその娘が突然目覚めた。勿論辺りは騒然となり、所々から歓喜の声が啜り泣く声が聴こえた。


「生きてる‼︎この子生きてるぞ‼︎」

「なに⁉︎」

「今声が聞こえたわ…良かった…」

「早く、早く病院へ‼︎」

「移動救護をはやく呼ぶんだ‼︎」

「今知らせに行ってる‼︎」


「退いた退いた‼︎」

 そこへ憲兵隊が到着した。事故が起きてすぐに誰かが知らせたのだろう、思いの外到着が早かった。テキパキと事後処理をし、運転手は事情聴取のために憲兵隊と共に移動した。そして虫の息の彼女は到着した救護隊によって早速病院へ運ばれt…運ばれ…いや、まてまて。なんか嫌がってない?ねえ、すごく拒否してるよあの子。凄い「とんでもないことになった」顔して拒んでる…。


「あ、なんか無理矢理担架に乗せられた…。すげー暴れてんだけど」

「hjdshfjdlshflkdshきえfjっdぽsjkfdsk;fl…」

「おいおい、雁字搦めだよ…。怪我人にあそこまでするかよ」

「gしゃgdksじゃhdさjlsdじゃ…‼︎」

「あの子は状況がまだ掴めてないんだろ、それなのにあんな…可哀想に…」

「ほら、言葉だってうまく喋れてないじゃない…」


いや…ただ焦ってるだけな気がする。もしかして彼女…本当は事故になんて…いや、やめよう。


 先程まで彼女の生存に歓喜していた群衆の声は救護隊を非難する声へ変わっていった。どこの世界でもそうなのだろう、悪い話ほど足が早い。嫌なものだ。騒ぎはあっという間にそう広くはない町全体に広がり、野次馬はさらに増えた。「救急隊が事故にあった可哀想な女の子相手に乱暴を働いている」なんてデマとともに。そんな最中、俺の抱いていた疑惑はほぼ確信へと変わっていた。


「あの子本当は無傷なんじゃね…?」


・・・うん。とりあえずもう少し見ていることにしよう。面白い。それにさっきお通夜気分にさせられた分痛い目を見てもらおう。うん。そうしよう。


「もうすこし見てようぜ、エル」

「は?」

「多分あの娘、無傷だぞ」

「え、いやいや、だってあんなに血が…」

「まぁまぁ…見てようぜ」

「君は凄い性格してるってたまに思うよ…そんなんじゃ良い死に方しないよ」


 喧騒とした街中で少し冷静になった俺と心配しているエル、この騒動の結末を眺めてみることにした。俺もエルも酒への未練はとっくになくなっていた。

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