「お父さん」じゃありません‼︎
いつもと変わらない、日雇いのバイトをこなしてその日の飯を食べる。たまに酒場に安い酒を呑みに行き、翌日は酔いが残ったままででまた仕事に向かう。そんな日々に慣れてしまう程度の時間が過ぎた。俺はというとこの生活にこれといった不満がある訳ではなく、むしろ背負うものの無かった学生の頃の身軽さを感じてちょっと楽しいなんて思っていた。
「あ~、今日のバイトは疲れたな、エル」
「あぁ、そうだな、サクマ。しかし飛行船の動力機関用の部品を作れるなんて今日の仕事は当たりだな、久しぶりに楽しかったぜ」
「確かに。俺たちが作ったパーツで飛行船が飛ぶと思うとワクワクするよな」
「はやく飛ばねえかな。俺は乗りに行くぜ、そして船の中で自慢するんだ。『この船は俺が作ったパーツで飛んでるんだぜ‼︎』ってさ」
「身綺麗にして一番高い酒を頼まなきゃな」
「いーや、この労働者然とした格好だから説得力が出るってもんよ、わかってないねぇ…」
「そうかいそうかい、それは失敬…」
他愛もない会話をしながら俺の隣を歩いている彼の名はエルレ・ロメル=ミシャク。職業斡旋ギルドで出会った日雇いバイト仲間だ。最近何かと同じ現場になることが多いので会話をするようになった。彼自身はは別に浮浪者というわけではない。この世界の産業革命における移動手段の発達はこれまでの運送業に大きな衝撃を与えた。馬車で数日かかっていた道も蒸気車が登場してからは一日で行けるようになり、馬車の需要が大幅に減ってしまった。彼の家業は馬借だったので、経営が厳しくなった家業の傍ら、こういった日雇いの仕事で生計を立てているらしい。しかし彼は悲観的ではなく、蒸気車を購入して家業の再建を図るのだと日々汗を流している。眩しい奴だ。
彼との会話の中でたった今一つ疑問が湧いた。普段何気なく使っている言葉、俺のような現代の日本人同士の会話であれば、「部品」「パーツ」などの複数の言語が混在していても自然に意味を解釈することで会話が成立する。なにも不思議な事はない。この世界の住人達はそれができてしまうのだ。この世界に飛ばされて違和感を様々な場所に確かに感じたが、そのなかでもとりわけ大きな違和感だった。いつか解明できるのだろうか。なんて考えてみたりする。
「蒸気車が一般に流れてきてからこっち、色んな地域の食い物を見る様になったな」
「あぁ、見ろよエル、あの店は異国の酒が楽しめる酒場みたいだぞ」
「異国にまで簡単に行けるようになっちまったな。『鉄製のレールのを走る早くて安全な蒸気車』なんてのも作ってるらしい。あの建物が中継地点になるんだと」
蒸気機関車のことだろう。もうそんなデカブツが作れるようになったのか。さすが異世界というべきか。一年近く生活していると流石に慣れてきた。
「今日はすげぇ頑張ったしな、どうだサクマ。一杯だけ…」
「おいおいエル、また奧さんに怒られるぞ…。外で酒飲むくらいなら奥さんと子供に土産でも買ってやりな。ほらあそこ、異国で女性や子供に人気のドーナツってのが売ってるらしいぞ」
「ああ、あの輪っかのやつだろ?このまえ娘が『食べたい』っていうから買ったんだが…どうも甘すぎて」
「さすが流行に敏感だな、手が早い」
「だろ」
既婚者の彼には嫁さんと娘、息子が一人ずついる。挨拶程度だが何度か顔も合わせている。どの世界でも子供というものは可愛いものだと思った。
「んで、どうよ、今日こそ」
「いかんいかん、ほら、陽も落ちてきたし今日は帰ろう」
なんていつも通りのやり取りをしながら飲み屋街を素通りし家に帰る。俺は相変わらずフィクションとしての「なろう系」な異世界感は好きではないが、こんな日々なら悪くはない。『どうせ異世界に来たんだから冒険者になって旅に出よう。そしてヒロインと出会って…ムフフフ』なんて思考には残念ながら至らなかった。冒険者がもうこの世界ではトレンドではないからというのもあるが、そもそも疲れる事はあまり好きではないからという理由のほうが大きい。この世界に送り込んだ神とやらがいるのならば期待はずれもいいところだろう。申し訳ない。俺は毎日を気楽に生きていくことにやりがいを感じていた。
しかし、その楽しみは一人の少女との出会いによって悉く打ち砕かれるのであった。
「おいっ‼︎蒸気車に人が轢かれた‼︎」
夕暮れのゆったりとした街の空気を切り裂くように鳴り響いた声。その声に誰もが振り向き、声の方に関心を向けた。俺とエルも例外なくそちらへ振り向いた。ぞくぞくと野次馬が集まって出来上がった群衆の真ん中には蒸気車が一台停まっていた。
「なんだなんだ」
「人が轢かれたって」
「今月何度目だよもう…」
「まだ若いのに可哀想に…」
群衆が眼を向ける先、そこには綺麗な赤髪の少女が一人横たわっていた。
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