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 俺が異世界に転生されてから大体3ヶ月が経った。やはりというか俺は浮浪者になっていた。ラノベだと能力や装備が与えられてパーティーを組んだりしている頃だろうが、流石にそこまでのファンタジー要素はないらしい(本音を言うと少々面白くないが)。だがこの生活に大きな不満はなく、この世界の仕組みや動きを見るのにはちょうど良かった。浮浪者同士で組まれた共同生活体に歓迎されたのも幸いだったかもしれない。あの窮屈な日本の縦社会で身につけた人付き合いや教師としての知識が役に立ったのか、彼等にも博識な浮浪者として迎え入れてもらえた。


 『なぁ、サクマ、コレ教えてくれよ』前方から低い声で呼ばれた。フィクションでいうとドワーフのようなオークの様な出立の男が近寄ってくる。

 彼の名は「カブロ」。この共同体の長的な人物であり、この男が街に持つ幅広いコネクションによって俺達は今生かされていると言っても過言ではなかった。彼について詳しく知る者は少ないが、どうやら昔は商人の類だったらしい。現在持っているコネはその時に築き上げたのだろうか。過去のことはお互いに詮索しないことがこの共同体のルールなので俺は聞かないことにしている。

 その彼が持ってきた紙は新聞だった(この世界の新聞は現在の分厚いものではなく、江戸時代の瓦版のようなものである)。そしてこの世界の文字は日本語に近い、というかまんまローマ字だった。言語の壁が無い事は俺にとって助かるとはいえ、この世界を作った神様もいい加減なものだと思った。


『なになに、「エレキテルスチーム」ってのがついに完成したと。カブロ、「エレキテルスチーム」って何か知ってるか?俺は知らないんだ』

『なんだ、サクマも知らなかったのか。それはすまんな。俺もちょろっと聞いただけなんだけどさ、釜で湯を沸かすだろ、その湯気の力で人の数倍のエネルギーを生み出せる?機械を作ってるらしいんだよ。労働者殺しもいいところだぜまったく…」渋い顔でカブロが教えてくれた。


・・・それってまんま「蒸気機関」じゃねーか。なんだよ「エレキテルスチーム」って。俺は厨二病から我に帰った時の様に恥ずかしくなった。


 『どうしたんだ?サクマ』カブロが「何一人で頭抱え込んでるんだ…?」と言わんばかりの不思議そうな顔してこちらを覗き込む。その視線が余計に俺の恥ずかしさに拍車をかけるのであった。

『あ、いや、なんでもない』俺は顔を上げ、カブロに苦笑いをする。考え方を変えると俺はこれからとてつもないスピードで目眩く展開されるのであろう「産業革命」の事象を目撃できるのかもしれない。そう考えれば少しワクワクすると言うのも本音だった。


『飯にしようぜ』

『ああ』


何気ない日常のの会話を彼と交わし、俺はその新聞を共同の古紙入れに突っ込んで彼とその場を後にした。

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