転生編

ちょっと神様⁉︎この世界適当すぎませんか⁉︎

──足裏に伝わる振動、軋む石畳。遠くから近づいてくる車輪と馬の蹄鉄の音。馬車が目の前を通る度に目を開けていられない程の砂埃が舞う世界──


 いやいやいやいや、おかしい。俺はたった今まで中学校で教鞭をとっていたはずである。階段を駆け足で降りる生徒が踊り場でふらついて、俺はその子を助けようとしてその後…。


『一体何処なんだ、此の世界は…⁉︎』


 所謂「なろう系ライトノベルの主人公」が真っ先に発するような台詞が口から出てしまった。

 俺は日々アニメや漫画を嗜む方の人間である。しかし「なろう系」と呼ばれる転生モノは基本観ることはない。100%有り得ない出来事で現実味が微塵もないからだ。そう信じて疑わない俺の目の前に広がっているその光景は、そう、まさに「その世界」なのである。


『おいおいおいおい……、ちょっと待てよ』


 木●●哉ばりの迫真の「待てよ」が出た。いや多分本家を超えた「待てよ」が口から出た。今なら俺は役者になれるかもしれない。

 「空を飛ぶドラゴン」、「街の道路の真ん中を走る馬車」、「馬車で走りやすいとはお世辞にも言えない街中の石畳」、どれも現代日本の街中では見る事はないだろう。特にドラゴンの存在が俺がさっきまでいた世界とは別の世界であることを強く強調していた。周りの景色を見渡していると、俺の目の前を一人の女性が通り過ぎていった。


『なんだありゃ、魔法使いか…?』


 いかにもな装束に美しい胸元…、もとい大きなとんがり帽子。チャイナドレスを彷彿とさせるスカートのスリットがなんともけしかr…、真紅の瞳に林檎のような唇、瑞々しい肌。『中世のヨーロッパだったら絶対許されないな…』なんて呑気にも思ってしまった。


 とりあえず冷静になってみる。『まずは状況を理解して、早めにこの世界の価値観と生活基盤を整えなきゃな…』極限に追い込まれてると逆に思考は冷静になるようだ。よかった。多分、転生初心者は冒険者ギルドとかの建物を探すのが無難なのだろうが、そのような建物は近くには見当たらない。少しお腹が空いていたので俺はまずマーケットを探し、アニメで出てきそうな屋台街を見つけた。果物の屋台を見つけたので、店番の子供にこの世界に存在しないであろう五百円玉を見せて、引き換えに食料を手に入れた。(騙しているようで少し申し訳なかったが…仕方ない)


『大人相手なら通じなかったな。しかし、食べ物はそんなに変わりはなさそうだ。よかった』


 俺はさっき買った林檎を齧りながら街中を歩く事にした。時間は夕方くらいだろうか、店仕舞いを始めているマーケットと入れ替わりに酒場のような建物に照明が灯る。


『んんっ‼︎』


 2個目の林檎は中身が腐っていたようで変な味がした。『この部分だけ取りたい…』なんて思ったが飛ばされた時の持ち物にナイフなんてない。学校にいたんだから持っている方がおかしいか…。今はキーケースと小銭入れ、職員室に向かう途中だったので出席簿は持っているが、これがこの異世界でどれほどの役に立つというのだろう。今の俺はほぼ無一文の状態である。マーケット街の入り口近くの路上で刃物を売っている老人がいたことを思い出し、そこに向かった。


『旅人さんかい?見ない格好だねぇ』


 老人は男だと思っていたが老婆のようでもある。浮浪者のようだがどこか不思議な雰囲気を感じる。


『小型のナイフが欲しいんです。できれば折り畳めるものが欲しいんですが…』

『追い剥ぎでもするのかい?』老人は俺に笑った。なんて物騒な老人だろうか…。

『いやいや、この果物ちょっと腐ってて。果物が切れる程度のものでいいんです。でも私はこの国の貨幣を持っていなくって…』そう言いながら先程の屋台と同じように五百円玉を老人に見せた。

『あんた、これは…いやいい。そのコインで売ってあげるよ。どれがいいんだ?』

『ありがとうございます』


 俺は老人が見せてくれた数本のナイフの中から折り畳めるナイフを探していると、一際目につくものがあった。

『これって…これでもいいですか?』

『やっぱりそれを選ぶのかい、正解だと思うよ』

『はぁ…、ありがとうございます』


 俺が手に取ったのはアーミーナイフだった。仕込んであるツールこそ少なかったが、間違いなくアーミーナイフだった。金を払い、礼を言って立ち去ろうとした時、老人が俺に聞いた。


『兄ちゃん、そういえば今は西暦何年だったけな』

『二〇二〇年です』

『そっかそっか…こういう生活してるとつい忘れちまっていけねぇな』

『はぁ…、では。ありがとうございました』


『これからどうするかな……』

 今後の予定は上質のコピー用紙よりも真っ白だ。当然といえば当然だと思う。次何をするか決めなければいけない。じゃないと野宿が続く事になってしまう。それは避けたい。『とりあえず此の世界で収入を得ないと…』フィクションの世界だけだと思っていた冒険者ギルドの門を俺はとりあえず叩いてみるのであった。

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