プロローグ

佐久間三十歳

『ペコちゃんまたね〜』


 ペコちゃんとは一体誰のことだか。いや俺のことなんだが。

 俺の名前は「佐久間 天(さくま あめ)」、今日で三十歳になる普通の中学教師である。ちな可愛い名前だが生粋の男である。名前の由来は父が名付けで煮詰まっていた時にリビングに置いてあったドロップ缶を見て閃いたのだという。タイムマシンがあるならその当時に戻って一発お見舞いレベルの話である。出生届を出した後に母に報告し、その際に数発お見舞いされたらしいので許してはいるが。


『ペコちゃんおたおめ〜』『はいはいあんがと』『またね〜』『はいまた明日』


 学校の生徒と普段と変わらない会話を交わしながら俺は教室から職員室に移動する。教職は腹が立つことばかりだ。特に中学生ともなると尚更である。『今日も疲れた…帰りてぇけどまだテストの採点が……はぁ〜。……あぁ、もうなんでこの学校は渡り廊下が一階にしかないんだよッ‼︎』なんて思いながら階段を降りていると俺の横を生徒が『先生また明日‼︎』と言いながらすり抜けていった。

 普段物静かなうちのクラスの小早川だった。『彼女が急いでいるなんて珍しいな…』なんて思いながら目をやると、目の前の踊り場で彼女が足を滑らせた。


『───ッ‼︎』


 言葉よりも行動が先だった。俺は手を伸ばした。彼女の手を引っ張り、勢いで俺を彼女の位置が入れ替わった。彼女の驚いたような言葉を失ったような顔が落ちながら見えたので俺は「心配ない」と言いたげに笑顔を向けた。その直後後頭部と背中に衝撃が走り、視界が暗くなった。『とんだ誕生日だなぁ…』なんて思いながらヒーローになったような気分になり、そこで意識が途切れた。静かな放課後だった。

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