第2話 伝説の配信 その2

 紅蓮の光が蒼天を駆け抜ける。

 真っ赤に燃えさかる炎弾を目の端に捉えたオーガーが顔を向けた瞬間、それが胸部に命中して爆発を起こした。


「グガァアアアア!!」


 爆炎を受けて片膝をつく怪物。想定外の出来事に唖然とする少女と隊員たち。

 そこへ鳥のような甲高い声がフロア内に響き渡る。


「ギャーーーーーーーン!」


 ほぼ同タイミング。今度はドガン、という別の大きな衝撃音が空気を揺らし、オーガーの巨体が遥か後方へと弾き飛ばされた。

 まるで交通事故でも起きたかのようだった。

 砂埃が辺りを包み、少しの間キララの視界が奪われる。


「なに⁉ なんなの⁉」


 押し寄せるトラブルの数々に思考が追いつかない。

 もういい加減にしてよ! パニックを起こす寸前だった。

 徐々に視界が晴れていくと、キララの正面にオーガーとは別のなにかの背中が映った。


「と、鳥……?」


 全身を紅い羽に覆われた巨鳥だった。

 体高二メートルを越える鷲のように力強くスラッとした胴体、真紅の羽をまとった大翼、体と同様の長さを持った尾長鶏を思わせる華麗な尻尾、猛禽類によく似た形の脚部、頭頂部には風に漂う薄紫色の長毛。

 顔はシュッとしていて、比較的くちばしの短くなったサギに近い。

 まるでおとぎ話に出てくる不死鳥のようだった。

 キララが言葉に反応した巨鳥が彼女の顔をアイスブルーの瞳で一瞥する。

 一瞬、体が震えたもののキララは不思議と恐怖を感じなかった。

 むしろ「心配するな」と言いたげなその瞳に安心感を覚えたほどだ。


「冒険者か⁉」


 今度は後方から武装した冒険者らしき男がやってきた。

 男は二十代中頃で、黒髪短髪のやや鋭い黒目に面長な顔を持ち、背丈は一般的な日本人男性よりも一回りほど大きかった。

 上半身には改造された黒いハンティングベストを着用し、下半身は厚手の灰色ズボンと黒いブーツ。

 右腰に両手剣、左腰にホルスター、右肩に大型ライフルを掛け、背中にはモスグリーン色のリュックを背負っている。

 キララのようなキラキラした衣装ではなく、純粋な冒険者の格好だった。

 彼はキララの肩に手をかけ、安否を確認する。


「大丈夫だったかい?」

「は、はいっ、なんとか」


 その風貌からおそらく冒険者だと察したキララが返事した。


「逃げれそうか?」

「いえ、足を挫いちゃって……」

「そうか、わかった」


 男は巨鳥のほうを見た。


「彼女は俺のほうでなんとかする。警備員の救出及び敵の制圧を頼む」


 巨鳥はうなずいてから翼を羽ばたかせ、モンスターたちが密集するポイントに勢いよく飛び込み、強靭な脚爪を器用に動かして敵を蹴散らしていく。

 力の差は歴然で、脚をつかもうと近寄ったオークたちが軽く蹴り飛ばされて失神するほどだ。

 数分もしないうちにカタがつく。

 男がそう思いながら周囲を観察する。

 森へ逃げていくモンスターたちもいれば、こちらに一直線に向かってくる者たちもいる。

 怒りに身を任せているのか、恐怖からか、または両方か。どちらしろ戦闘は避けられない。


「向かってくるか――お嬢さん、ちょっとうるさいけど我慢してくれ」


 男は右腰のホルスターからハンドガンを抜き、近づこうとする先頭のゴブリンに狙いを定めて引き金を引く。

 銃口が火を拭き、耳をつんざくような発砲音をともに放たれた弾丸が獲物の頭部を派手に撃ち抜く。

 その威力はかなりのもので、ゴブリンの額から上が消し飛ぶほど。

 あまりの威力にキララが銃を凝視する。

 シルバーの銃身にやや太めのフレーム、さらに大きめのグリップが特徴的なハンドガンだった。形からして高威力のマグナム弾を使えるデザートイーグル、そのカスタムモデルだろう。

 彼はそれをあろうことか右手一本で扱い、的確に命中させた。

 魔力による身体強化があるとはいえ、相応の訓練を積んできたことが伺い知れる。

 続くように数匹の敵を弾丸にて仕留めるも、いかんせん敵の数が多く、ハンドガンだけではさばききれない。

 弾丸を掻い潜ったオーク三体が男を黙らせようと飛びかかってきた。

 瞬時に状況を判断した彼はハンドガンを左手に持ち替え、右手で両手剣を抜刀――近寄る敵を迎撃する。


「ギャシャアア!」


 棍棒で殴りかかるオークの攻撃を剣でそらし、すれ違いざまにがら空きとなった側頭部に銃弾を打ち込んで即死させる。

 仲間の死をもろともせず、残り二体が左右から同時に彼に向かって棍棒を振り下ろす。

 彼はバックステップで攻撃を回避、大地を踏んだ瞬間に銃身を左の敵に合わせて連射――豚男を蜂の巣にする。

 残る一体が大きく獲物を振りかぶる中、彼は剣の先端部分を相手に向けた。


「ファイアボール」


 詠唱とともに切っ先から産み出された火球がオークの顔面を襲った。

 着弾による爆発で武器を落として焼かれた顔を覆っている。

 男は弾切れを起こした銃を捨てて両手で剣を持ち直し、間合いを詰めて袈裟斬りをお見舞い――豚男の肩から胃袋までを切り裂き、絶命させた。

 ほとばしる血しぶきをもろともせず、剣を体から引き抜き、すかさず彼女の正面を陣取って剣を構え直す。

 その洗練された動きにキララは思わず「すご……っ」と言葉を漏らした。


「まだ安心するのは早いな」


 男がつぶやくと武器を持ったレッドオーガーがこちらにゆっくりと歩を進めてくる。

 体から鼻や口から血を滴らせながらも、まだ余力を残しているようだった。


「アイツの火球と空襲蹴りをくらっても立ち上がるなんて。……なかなかやるじゃないか」

「グウゥゥゥゥ!!」


 完全に回復しているわけではないのか、体の動きがおぼつかない。

 男は剣を地面に突き刺し、肩に掛けていたライフルを構えた。

 太いバレルに大型のカートリッジがセットされた、いわゆる対物ライフルだ。


「コイツを食らっとけッ」


 スコープを使わずに目測のみで狙いを定め、トリガーを引く。

 衝撃が彼の体を揺らすも、体の軸が一切ブレることはない。

 対戦車ならぬ対魔物用に作られた弾丸が凄まじい速度で飛翔し、数秒足らずでオーガーの左胸に深々と突き刺さった。


「グォォォオ!」


 しかし分厚い筋肉に阻まれ、致命傷とは至らない。


「思ったより硬ぇな!」


 男は舌打ちしながらトリガーの引き続ける。

 発砲音に警戒したオーガーが両腕で顔を庇う。そのせいで腹筋や右上腕、左腕、太ももにヒットするもどれも決定打とはいかなかった。

 弾切れを起こし、カートリッジを取り替えようと手を伸ばすも、オーガーが防御を解き、地面を蹴り出そうとしているのが見えた。

 後ろには動けない少女がいる。相棒と思わしき巨鳥を戻すにもある程度の時間を要する。


「しゃあない」


 ため息吐いてライフルを地面に置いた。


「ちょっとここを離れる。動けそうなら逃げてくれ」


 地面に突き刺した剣を再び手に取り、男は地を蹴って走り出す。オーガーもまた同様の動きを取る。

 互いの距離が縮まり、男がオーガーの間合いに突入すると、巨鬼が右手に構えた斧を叩きつけた。

 彼はそれを察知――寸でのところで右側に飛び退って回避する。割れる地面の破片が横顔を襲うも、一切を無視してオーガーの足元に潜り込む。

 狙うは左足のふくらはぎ。決まれば骨を断つよりも遥かにラクに機動力を削ぐことができる。

 が、相手もバカではない。右脚を軸に回転させるように左足を引いて、男の攻撃を空振りさせ、反撃の一撃を放つ。

 影が自分の真上で動いたと悟った彼は体を捻り、忍者のような空中回避で相手の攻撃をいなした。


「味な真似をッ」


 着地後すばやく体勢を回復、すぐさま股下まで掻い潜ってふくらはぎに横一閃を放つ。


「グガァァッ」


 鋭い刃に脚を抉られ、声を上げる巨鬼。


「――傷が浅い」


 走りながら片手で斬ったこともあって骨に止められてしまい、大したダメージを与えられない。

 もう一撃、と考えたときにはオーガーの体が男のほうを振り向こうとしていた。仕方なく足元から離脱するとその場所に斧が降ってくる。

 バゴォン、とひび割れる地面。

 様子を窺いながらオーガーとの距離を適切に保ちつつ、男は続く攻撃を連続で避け、彼女のいる方角を背にして体勢を立て直す。

 機敏に動き回る相手にオーガーがピタリと動きを止めた。

 どうやら一筋縄ではいかないと判断したらしい。


「グルゥゥ……」

「ん。どうした、こないのかい?」


 鼻を鳴らして余裕をかましたものの、単純な腕力なら向こうが上。しかも負傷者を抱えている。

 流し見るようにもう一つの戦闘の顛末を見届けてから男がオーガーへと視線を戻す。

 敵は怒りをほとばしらせながら、斧を両手で構え直した。まるで男の構えを真似するかのように。


「……冗談キツイぞ」


 片手で地面割れるほどの威力のある攻撃を両手で行うというのか。タダでさえも受けるのが困難な攻撃を。

 さすがに男の顔から余裕が失われる。


「グガアアアア!!」


 目一杯振り上げられた斧が叩きつけられ、周囲が激しく揺れる。

 それを真横に大きく飛んで避けるも、オーガーは攻撃の手を緩めず、もぐらたたきの要領で手当たり次第に斧を振り回す。


「グガガガァァァ!!」

「オイオイ、お前は薩摩武士かよ!」

「ガァァアアアアアアア!!」


 初太刀を外そうがお構いなしに攻め立てるオーガー。

 二、三、四回と行われた薩摩風もぐらたたきをギリギリで躱し続けたが、何度も後退させられたせいで、いつの間にか少女の目と鼻の先まで下がってしまっていた。


「くっ!」


 これ以上は下がれない。動きが鈍った男の前で巨鬼が両手で斧を天高く掲げた。


「ガァァァァァァアアアアアアア!!」


 男の真上から最大の一撃が見舞われた。

 一段と大きな音を立てながら、地面に無数の亀裂が走る。

 男と少女はダンジョンの塵と化したに違いない。

 オーガーは勝ちを確信した。

 しかし、斧の感触がどこかおかしい。ギリギリと揺れているのだ。

 巨鬼は気がついた。相手はまだ潰れていない、と。


「一発くらいならなぁッ」


 体内の魔力を限界まで滾らせ、身体を可能なまで強化して男はオーガーの一撃を受けきった。

 だが体が軋み、いたるところの筋肉がプチプチとちぎれ、その上両足がスネまで地面にめり込んでいる。

 これ以上の攻撃には対応できない。

 オーガーは一旦斧を引いて、また振り上げた。

 もう駄目だ、キララが両手で頭を抱える。

 反対に男は笑みをこぼす。


「ちょっとだけ遅かったな」

「――ガァ⁉」


 時すでに遅し。猛スピード戻ってきた巨鳥に右頬を回し蹴られて真横に吹っ飛ばされた。その拍子に斧が手から離れる。

 地面を転がされながらも、なんとか立ち上がろうと足掻いたが、正面を向いたときには中空にて巨鳥が大きく息を吸い込んでいた。


「ギャーーーーン!!」


 鳴き声と一緒に吐き出される灼熱の火炎放射がオーガーの体を激しく包み込む。


「ガアアアアアアア!!!!」


 皮膚が焦がされ、筋肉が露出し、粘膜が焼き切られる。黒炭になりつつある巨鬼だが、まだ息があった。

 最後まで諦めずに手を動かそうとする中、地面から抜け出した男が相棒の背中に飛び乗り、勢いをそのままに肩まで駆け上がり、空中へと大きく跳躍した。

 宙に浮く彼は前転したのち、両手で剣を握り、必殺のモーションに入る。


「ハァァァァァァァァァァァァァア!!」


 回転を加えた状態で大量の魔力と全体重を乗せた渾身の大回転唐竹割り。

 オーガーに避ける気力は残っておらず、それを迎え入れるしかなかった。

 裂孔とともに放たれた一撃は脳天をかち割ってなおも進み、顎、喉、鎖骨を断ち切り、心臓を抉ったところで停止した。


「グォォォォォォォォォ!!」


 断末魔が周囲にこだまする。

 レッドオーガーは両膝をつき、力なく後方に倒れていく。

 足で相手の胸板を蹴っぱって剣を引き抜き、そこを踏み台に跳ぶと、まもなく巨躯が大自然のリングへと沈んだ。

 これ以降、このモンスターが動くことはなかった。

 着地した男は疲労から地面に座り込み、深呼吸する。

 一部始終を見ていたキララが唖然としながら「勝ったんだ。……あのモンスターに」と言った。

 まさか自分が死地から生還するとは思っていなかったのだろう。足の痛みを忘れ、亡骸のある方向を凝視している。

 そこへ視界の端から巨鳥が歩み寄ってきた。

 キララは紅い鳥をジッと見つめながら、なんとしたらよいのか迷っていた。どう考えても味方であり恩人であるからだ。


「えっと、あの……」


 ――怪我はない?


「え?」


 声らしきものが聞こえた。感覚的にはテレパシーに近い。キョロキョロと目を動かすもこの距離で人語を喋る存在はない。

 首を傾げるキララに巨鳥が納得したようにうなずく。


 ――あー、ごめん。こっちの姿のほうがいいね。


 巨鳥が虹色の粒子を放出し始めた。奇妙な光景にキララは目を見張っている。

 まもなく粒子が徐々に人形を形成するように集合。

 やがて彼女の前に顕現する。


「これでいいかな」

「えぇ⁉」


 そこにいたのは紅い羽で編まれたような真紅のワンピースに身を包み、薄紫の長髪を漂わせ、クリっとしたアイスブルーの瞳と陶磁のように白い肌を持つ十代前半の少女であった。

 キララは二重の意味で言葉を失う。

 一つは鳥が人間に変身したこと。もう一つは――。


「か、かわいい……」


 かわいいと視聴者にもてはやされる娘が口走るほどの美貌。それが目の前にいる少女の容姿への評価だった。

 巨鳥の少女がじいっと、配信少女の目を覗く。


「うん、大丈夫そうだね!」


 笑顔を作ってから、少女が後ろを振り返った。


さとるぅ〜〜、この娘は無事みたいだよー、みっしょんこんぷりーとぉ!!」

「おう、ありがとなアイシャ」


 白い歯を出してダブルピースサインを送ってきた少女に男が感謝とともにサムズアップした。

 こうして、レッドオーガーたちとの戦いは幕を閉じた。

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