第3話 冒険者と擬人化美少女、バズる その1
遡ること二十五年前の二◯二五年七月。
太陽フレアによる太陽嵐が地球を襲い、世界中の電子機器を破壊し尽くした。
完全なる復旧には数十年もの年月を費やすとの試算が出る中、突如として地面から多数の構造物が出現する。
それはのちにダンジョンと呼ばれる『生ける迷宮』であった。
対応を検討する人類だったが、内部から大量のモンスターが群れをなして押し寄せ、大きな被害を出した。
その集団には魔族と名乗る者たちもおり、彼らは自らを『アガルタの住人』と称し、地球人に宣戦布告。一方的な蹂躙を開始した。これが『人魔戦争』である。
正体不明の敵との交戦を余儀なくされた人類だったが、インフラをやられている状況では圧倒的不利だった。
そんな中、開戦から数ヶ月後、ダンジョン内部から『アガルタ人』と思われる人間に極めて近い容姿を持った者たちが現れる。
彼らは数メートルの跳躍や剣一本で大型の魔物を一刀両断するなど常識を越えた身体能力を有していた。
当初言語が通じず、困惑するもシュメール語との共通点が多かったことからAIを使用した翻訳システムを使うことで意思の疎通に成功する。
彼らは魔王軍と戦争状態にあるらしく、利害の一致する地球陣営に加勢の意を表明した。
同盟を組んだ地球人は徐々に敵勢力を押し戻し、開戦から五年後に勝利を収める。
戦争終結後、地球人とアガルタ人は互いに文化や伝統、技術の交流を行うようになった。
異世界との交流を深める中、地球人はダンジョンから流れ込んだ未知数の可能性を含む粒子『魔素』によって彼らは体内に特殊なエネルギーを内包するようになり、それらを行使して発動する『魔法』という特殊な力を習得した。
これはアガルタ人の使う技術と同一のものだった。
魔法は手から火や水を出すことに限らず、身体能力の強化、防御壁の出現、傷の回復など様々な応用が可能で、非常に便利な力であった。
地球人はそれを研究――科学との併用する形で『魔法科学』の理論を構築。新たなる文明の礎を築く。
それによりダンジョンは恐怖の象徴から国家運営の資源へと変わり、ダンジョンを利用した『迷宮経済』が確立する。
天然資源採掘や生物由来の素材の活用、アガルタとの貿易路などその利用価値は計り知れなかった。
そしてモンスターを定期的に産み出し、天然資源を増やし続けるダンジョンの存在は現代社会を語るには欠かせない。
中でも『配信業』は、インフラ復旧と技術進歩の恩恵により巨大コンテンツと化し、配信者はもちろん、ダンジョンの奥地や異世界で活動できる『冒険者』は庶民が憧れる花形職業となっている。
故に現二◯五十年はこのようにあだ名される。
『大冒険時代』と。
◇
レッドオーガー討伐を成功させた
入り口に隣接する道路は見物人で溢れており、警備員が大声を張り上げながら通行規制をしていたため、仕方なく事務員に頼んで非常用口を開けてもらう。
「ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ。あれ以上、被害が拡大しなくてよかった」
職員の顔はとても暗かった。
死者を複数名出しただけでなく、見習い冒険者用のエリアでレッドオーガーを含む魔物たちが暴れたのだ。責任を追求されるのは時間の問題だった。
「では、自分たちはこれで」
軽く会釈してから悟はアイシャを連れてその場を離れた。
ダンジョン管轄の駐車場に繋がる通路を歩いていると、救急車のサイレンが鳴った。ふたりが視線を移したとき、音は遥か後方から小さく聞こえるだけで、すぐに野次馬の声でかき消えていた。
アイシャがぽつりと声を漏らす。
「ボクが駆けつけたときには何人か亡くなってた」
「お前のせいじゃないさ」
「わかってる。でも人の死って、いくつになっても慣れないんだよね」
フォローに納得こそするも、浮かない表情をする少女。
その心境を知る悟は、そっと言い添えた。
「今回は救えた命のほうが多かったと思う。元々、俺たちは救助専門じゃない。対モンスター及びダンジョン探索に特化した冒険者とその相棒なんだ。それで救出できた命があった。お前は自分を誇るべきさ」
「……うん」
彼の励ましを受けてアイシャの童顔に笑顔が戻る。
人形のように愛らしい容姿に思わず悟の口もほころぶ。
「ギルドへの報告が終わったら、飯でも食べに行こうか。どこがいい?」
「えーと、そうだね――駅周辺のパンケーキ屋がいいかな」
「ハッピーパンケーキか? それとも」
「今日はトロピカルな気分! 夕張メロンパンケーキとキンキンに冷えたブルーベリースムージーで決めるぜぇ!」
「アーケード街のリトルシングスか。あそこ休日は混んでるから、たぶん90分は待つぞ」
「えー、この暑さでそんなことしてたら倒れるってば」
「各地で搬送されるケースが多発してるらしいし、今回は見送ったほうがいいかもな。代わりになにか作るけどリクエストは?」
「山盛りフルーツとバナナスムージーで」
アイシャが即答する。
「ほんと、フルーツ好きだな」
「野菜やナッツ、魚も好物だけど?」
「健康志向だなぁ。感心感心」
食費はかかるけど。悟は内心で愚痴る。その隣で擬人化少女が「これも無事、大きくなるためだから」と年相応の胸を張った。
いつものやり取りを終え、駐車場のバイク置き場につく。
停められている黒い大型スポーツツアラーバイクに歩み寄り、サイドボックスからふたり分のヘルメットを取り出してひとつを自分、もうひとつを彼女に被せてからバイクにまたがる。
スマホを見やると個人チャットに「すぐギルドにきて!」との連絡があった。
反射的に「すぐ向かうよ」と返事を返し、ポケットにスマホをしまう。
「んしょっと!」
アイシャが後ろに乗り、自分の腰に手を回す。それを確認後、バイクのメインモニターにスマートウォッチをかざしてロックを解除する。
1000CCを誇る愛車のエンジンが動き出した。
特有の乾いた音が鳴り始め、車体が小刻みに揺れる。
「準備はいいか?」
「おっけー」
悟はバイクを発進させ、来た道を戻って花京院通に出る。
いつもはダンジョン関連の職業に携わる者しかいないはずの場所にちらほらとだが一般人の姿が散見され、悟たちを見るや否や、きゃー、きゃーと色めきだっている。
「久々の事件だからか、人が多いな」
「そうだねー。――ん? なんか手振られてる気がする」
通行人たちがこちらに手を振り、若い子に至ってはスマホを向けて喜んでいた。
「配信でもやってんのかねぇ」
こっちは見世物じゃないんだがな。そうつぶやてから視線を切って、そのままギルドを目指す。
勾当台公園周辺に存在していた旧環境省事務所跡地に「冒険者ギルド仙台支部」は建っている。
地球の冒険者は国際規格に則った「冒険者試験」を合格した者だけが活動を許される。
冒険者制度とそれら関連組織は猟友会をベースに形作られ、戦中の混乱も相まってルーズな組織を運営を行っていた。
しかし戦争終了とインフラの回復、ダンジョン被害の継続に伴って組織の見直しが図られ、最終的に環境省の完全な下部組織となった。
冒険者の雇用形態はフリーランスに近いものではあるが、ある程度の支援や補償、依頼達成時のボーナスなどを受けられるので「歩合制の公務員」とも揶揄される。
冒険ギルドの駐車場にバイクを停め、ふたり揃って受付のゲートをくぐった。中ではなにやら対応に追われた職員たちが忙しなく駆け回っている。
飛び交う単語から「花京院ダンジョン」の件なのは理解できた。
(上層にレッドオーガーだもんな。そりゃあこうなるか)
不祥事といっても過言ではない。
もっとも責任の大半はダンジョン運営を統括する市とダンジョン警備員を派遣する民間会社にあるのだが、環境省にも苦情は飛ぶ。
だとしても慌ただしさが尋常ではない。
ひっきりなしに通話担当が応対にまわり、モニターにはお偉いさんたちの顔が映り込み、真剣な顔つきで話に耳を傾けている。
「忙しそうだねー」
アイシャが他人事のように言った。
「そうだな。冒険者同士でのトラブルならわかるんだが」
そんな中、見知った顔の職員がふたりを出迎えた。
「待ってたわよ、悟くん、アイシャちゃん!」
黒いスーツを一分の隙もなく着こなした黒髪の女性。
背が同年代の女性よりも一回り高く、艶のあるミディアムショートヘアに切れ目と、やや冷たい印象を受けるが整った顔立ちをした美人、
「お、ナギちゃん。おつかれ」
「おつかれー、ナギサ」
のんきに挨拶するふたり組。途端、ナギサの目つきが半眼に変化した。
「どうしたんだい。苦情疲れか?」
「その様子だと、やっぱり知らないみたいね……」
彼女は息を吐いたのち「ここじゃなんだから」と耳打ちしてから、ふたりを少し離れた来賓用の個室に移動させた。
ソファーに座るように促し、ふたりが席についたの見計らい、自らも向き合うように腰を掛けた。
そして、彼女は口を開く。
「あなたたちの戦いが配信されてネットで盛大にバズってるのよ」
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