【悲報】擬人化美少女の相棒とダンジョンで暴れる魔物を蹴散らして人命救助したんだが、実は配信されててバズったらしく伝説になった

鳥居神主

第一章 不死鳥使いの冒険者

第1話 伝説の配信 その1


 彼女との出会いは二年前。

 彼が荒れ果てた東の都からほど近い、白い蓋の外れた霊峰を訪れた時だった。

 雲よりも高い場所に立ち込める暗雲の真下で煮えたぎる紅蓮の波濤が牙を剥く。

 天に座す女神の癇癪を前になすすべはなく、彼は人生の終わりを悟った。

 しかしながら迎えはこなかった。彼女がその消えゆくの命を己が身ひとつで守ったからだ。

 呆気にとられている彼に彼女は問いを投げた。


 ――キミの目には私のこと、どう映っているのかな。


 今まで見たものの中で一番美しいかもしれない。

 目の前に現れたその神々しいまでの姿に見とれ、つい口を衝いて出てしまった言葉。思い返せばとても恥ずかしいセリフだった。

 その時の彼女はそれを微笑んで流し、ふたりは身の上話で時間を潰した。聞けば両者ともに心に深い傷を負っていた。

 かたや刹那の中の永遠に刻まれた悪夢、かたや永遠の中の刹那に生じる苦悩。抱えているものは真逆だった。

 けれど不思議と共感できた。それが互いの距離を縮め、心の隙間を埋めていった。

 半日程度の会話ののち、彼女は彼を伴って熱釜の中を覗いた。

 怒りが収まったとはいえ、活動が一時的に静まっただけに過ぎず、いつ中身が噴出するかわからない状況。

 息を呑む彼と対照的に彼女はどこか納得してうなずく。

 彼女は彼を下がらせ、いくつか質問を繰り返した。

 中には明らかに場違いな質問も存在したが、若人は特に疑うこともなく答えてみせた。

 質問を終えた彼女は、満足したように天を仰いでから紅蓮の中へとその身を落とす。

 そこから数瞬。眼前に紡がれた一つの奇跡を、彼は今日に至るまで忘れたことはない。


   ◇


 二◯五十年七月上旬。

 晩夏の時期に入った日本では各地で連日三十度を超える猛暑を記録、本格的な夏が到来していた。

 むろん、ここ宮城県仙台市も例外ではなく、昨日の体感温度は五十度越えと二十数年前よりも確実に気温が上昇した。

 続く翌日も大空の頂点に達した太陽がアスファルトを焦がし、歩道の端を歩く若者たちにうだる声を上げさせる。

 その横を電動ボードに乗った銀髪の少女がサッと追い抜いた。


「ちょっとぉ、日光キツすぎるんですけど」


 キャップのツバを上にずらし、サングラスを定位置に合わせてから、頭上で眩しく光る太陽をチラリと見上げる。

 背負った大型のバックパックが揺れ動き、釣られるように体が後方にガクンと傾く。同時に束ねられた髪の毛がバックの上からサイドへ滑り落ちる。

 彼女ははぁ、とため息をつく。


「これから配信なのにこれはダルいって。一応、室内扱いされてる場所だけど……」


 白い半袖から露出する前腕はすでに悲鳴を上げている気もするが「日焼け止め塗ったからなんとかなるよね」と割り切って先を急ぐ。

 人気の少ない通りを抜けると花京院かきょういん通に出た。このあたりは多種多様な店舗が散見されるも、高層ビルや集合住宅といった大きな建造物はあまり確認できない。

 かつては仙台駅に近いとあってか高級住宅街として庶民の憧れだったのだが、それも今や昔の話である。

 降り注ぐ日光をできるだけ避け、大通りを半分ほど進んだところから左折。そこから間を置かず今度は周囲を鉄柵と有刺鉄線に覆われた区画が出現する。

 さらにその場所を取り囲むように交番やダンジョン警備サービス、さらに『冒険者ギルド公認買い取り委託業者』『アガルタ公認ショップ』などと書かれた建物が次々に少女の視界に入っては消えていく。

 そんな異様な光景にも彼女は特に反応を見せることはなく、淡々と地面を蹴り続けた。

 やがて、電光掲示板に『花京院ダンジョン受付入り口』と書かれた場所に到着する。鉄柵で覆われた施設内に出入りできる数少ない出入り口だ。

 彼女はキックボードから降り、本体を降り畳んでからバックパック左側の定位置にマウントして入り口正面に向き直る。


「今日のソロ配信、絶対成功させないと」


 そう意気込んでからスマホを取り出し、少女は入り口手前にある専用パネルにかざした。数秒と立たないうちに大型端末が音を鳴らす。


『冒険者コード、確認しました。お通りください』


 画面にはID『XK179854BT(仮)』の文字が表示され、彼女がパネルから離れた瞬間にスッと消えた。

 連動して開いた扉から地球上のそれとは異なった独特の空気が鼻先を撫でる。顔をこわばらせつつも、彼女は扉の中に足を踏み入れた。

 世界中いたるところにこのようなダンジョンは存在する。当然、日本でも数十箇所にその存在が確認されており、それらは周辺は鉄柵で覆われ、入り口付近には特殊な施設が作られる。

 それらダンジョンの中でも比較的新しいとされるものが仙台迷宮のひとつに数えられるここ『花京院ダンジョン』だ。

 全30階と規模自体は小さく、各階層も平原、森林、湿地、砂漠とオーソドックスなステージで構成された二級ダンジョンであるため、冒険者仮免許試験に合格したばかりの初心者でも上層に限り探索を許可される。この少女もそのひとりだ。

 女性向け冒険者控室に直行した彼女は急いで着替えを済ませ、人目を気にしつつ、メインフロアに向かう。

 束ねた銀髪をほどき、サングラスを外した彼女の外見はまるで別人のようだった。

 服装は先ほどの地味な服装とは打って変わり、上下が黒い制服風のジャケットに紫のインナー、黒色のスカートとより現代なものになり、シューズもやや生地の厚い黒色のブーツを履いている。

 背中のバックパックも茶色いスクエア型のバックに変更、左腰には皮の鞘に収まったショートソード、右ウェストにも収納用の黄色いポーチが採用されている。

 容姿も整っており、隠されていた紫色の瞳はアメジストの如く輝きを放っている。

 その姿は通りすがった同業者たちが「うお、かわいい。アイドルかな?」「あれ、あの服装、どっかで見たことあるような」「あー、あの娘、知っている! 確か――」と声を上げるほど、堂に入ったものだった。

 彼女は耳に届いた歓声を聞き流し、ゲート脇で監視するダンジョン警備員に挨拶後、そこを通過して一階層に足を踏み入れる。

 平原エリアと呼ばれるこの階層は比較的安全なフロアとして知られている。気候が常に晴れで固定され、大地の起伏が少ないというのもあるが、一番の理由は生息しているモンスターの種類だ。

 現在、確認されるモンスターはゴブリンを中心にスライム、コボルト、ビッグボア、よくてワーグ程度。そのためここは『仮免保持者のレベリングポイント』とまで称される。

 時折すれ違う冒険者に挨拶しながら、左手につけたスマートウォッチに表示されるマップ情報を頼りにフロア内を歩き続けると、やがてちょうどいいスペースを見つけた。


「今日はここにしよ」


 カバンからバスケットボールよりも一回り小さい球体形ガジェットを取り出し、背面のスイッチを入れる。すると音を立てたガジェットが独立飛行を始め、時計側のアプリケーションがピコン、と起動音を鳴らす。

 パネルをスワイプして配信の項目を選んで指を置くとガジェットが宙を移動、正面についたカメラが彼女のバストアップアングルを維持し続ける。

 彼女はスマホを取り出した。


「アングルはこれでオッケーかな。あー、マイクテスト、マイクテスト――問題なし」


 喉の調子は万全。髪も乱れていない。これならどこに出しも恥ずかしくない。

 まもなく時刻は十三時間半。予定していた時刻を迎える。

 深呼吸で気持ちを整え、彼女は迷いなく配信ボタンを押す。


「キラキラキラーン♪ 今をときめく超新星、見習い配信冒険者『綺羅星きらぼしキララ』でーす。皆さ〜ん、お元気でしたかー」


 声音を可能な限り高くしてアニメ声に近づけつつキラキララーン、と言わんばかりに両手を可愛く振って宝石のような目からウィンクを飛ばす。

 狙いすましたかのように待機していた視聴者たちのコメントが押し寄せる。


〝キラキラキラーン♪〟

〝待ってたよ、キララ!〟

〝僕はいつでも元気です〟

〝今日もかわいいよ、キララ〟

「はーい、ありがとうございますっ」


 少女ことキララが画面左端のチャット欄を一瞥すると次から次へとチャットが流れては消えていく。


「わー、皆さん、とてもお元気そうですね! キララも嬉しいです♪ さてさてー、今日は予告通り『花京院ダンジョン』からの配信となりますっ」


〝仮免合格記念配信ktkr〜〟

〝合格できてほんとよかったね〟

〝これでキララもひとりでダンジョン配信できるんか。感慨深いわ〜〟

〝今日は冒険者資格持ちの女性マネージャーさんはなし?〟


「マネージャーさんはいませんね。今回は完全にソロ配信です」


〝ソロでモンスターと戦うんか。見習いなんだし、相手はゴブリン程度にしときなよ〟

〝花京院ダンジョンはレベリング向けダンジョンなんだし、平気平気〟

〝でも数日前、上層で普段見かけないようなモンスターの出現報告があったような……?〟

〝今年に入って上層では大きな事故とか起きてないよな〟

〝あったのは数ヶ月前、迷惑系配信者がダンジョン警備員を振り切って下層で配信したくらいだ〟

〝あぁ、あいつね。確か『ヘルゲート・ワタル』とか言ったっけ〟

〝あれマジ、クズだよなー。今でも各地で迷惑行為続けてるし〟


「視聴者の皆さ〜ん、ホワパレ以外の配信者さんの名前を出すのはNGですよ〜」


〝はいはい、ごめんねー😆〟

〝事務所所属ならおkなんだ〟

〝そりゃあそうだろ。悪口は駄目だけど〟

〝常識定期〟


 開幕からとどまることを知らないコメントの流星群。いまだこの流れに慣れない自分に不甲斐なさを覚えながらも次の段取りへと移る。


「まぁ、あんまり名前だされるのもちょっと困っちゃいますけどね。――それでは、さっそくですけど、ダンジョン内を歩いてみたいと思います。レッツゴー♪」


 陽気な演技とともにキララがこの場を動く。それに合わせて視聴者が「レッツゴー♪」と弾幕を張った。

 切り開かれた舗道を道なりに進むも、配信中に無言であり続けるわけにはいかない。

 中空を見つめながら、彼女は頭を回してトークをひねり出す。


「えー、ところで皆さんはこの『花京院ダンジョン』がどんなダンジョンかご存知ですか?」


〝知っているよー〟

〝初心者向けダンジョンとして有名だよね〟


「よくご存知ですね。では全階層は?」


〝40階層?〟〝18階層〟〝30階層〟〝14階層〟〝30階層〟〝30階層〟


「はい、正解は30階層です。皆さん、博識ですねっ」


〝これくらい当然です😆〟

〝補足を入れておくと、出現したのは五年前。30階層にいたダンジョンボスは巨大な体をした『アークハイドラ』。攻略したのは東北最大の冒険者チーム『ビッグウェーブ』だぜ〟

〝ちなみに現在彼らは郊外にある『秋保あきうダンジョン』下層エリアを攻略してるみたいよ〟

〝へえー、そうなんだー〟


「それも知っているんですか。視聴者さん、やりますねぇ〜」


 彼女がパチパチと拍手を送ると「うらやま」「8888」「パチパチ」とのコメントが大量に流れては消えていく。しかも中には、


〝けど、あそこのリーダー、結構横暴だった希ガス〟

〝確かに評判よくないね。『身内贔屓で頭硬い』って知り合いの冒険者が愚痴ってた〟


 などの批判的コメントもある。

 本来、チーム名もNGコメントの対象だが、このようなふいに出てきた場合は無視することがほとんどだ。

 歩き始めてから数分。フロアの奥側に差し掛かると草木が生い茂る『森林エリア』が見えてきた。


「あそこに森が見えてきましたね。あの森の先に2階層に続くワープゾーンがあるんですよー。――ん?」


 異変を感じて目を凝らしていると、複数の足音が徐々に近づいてくるのがわかった。

 キララは息を呑みつつ柄に手を置いて戦闘態勢を取る。

 やがて木々の切れ目から緑色の体色をしたモンスターたちが飛び出してきた。


「ゴブリン⁉」


 出現したのは人間の子供の体つきをしたモンスター、ゴブリン。知性が低く、最弱ランキングに名を連ねる低級モンスターだが、集団戦を得意とし、場合によっては連携を取ってくるので、調子に乗った見習い冒険者が返り討ちに遭うケースが後を絶たない。

 今、目視できるゴブリンは二匹。雑魚と侮るのは禁物だ。

 走るゴブリンと目が合う。相手は手に持った棍棒を向けて戦闘態勢を取る。

 唐突ではあったが、戦闘の火蓋が切って落とされた。

 キララは抜刀してまもなく残った左腕で右の懐に収めていた長さ20センチほどの棒を抜き出し、正面のゴブリンにその先端を向け、とある言葉を放つ。


「ライトニング!」


 雷の名前が詠まれた瞬間、先端がバチバチと音を立てながら白く光りを放ち、稲妻が宙を駆け抜けた。


「ギャァ!」


 戦闘を走るゴブリンに稲妻が顔面に吸い込まれるように直撃――棍棒を捨ててのたうち回っている。

 もう一体はキララの目と鼻の先まで迫っていた。

 魔法を放っている場合ではない。


「斬り合うしかない――」


 杖をしまう暇はなかった。

 咄嗟に杖を捨て、両手でショートソードの柄を握り、ゴブリンがいる方向に重心を傾けるように踏み出し、ジャンプしての棍棒叩きつけを正面から受け止める。

 こちらの刀身の中腹と棍棒の太い部分が衝突し、押し合う両者。

 衝撃が体を貫いて脳をビリビリと痺れるも、キララは負けずに踏ん張る。助走距離があるぶん、ゴブリンのほうが勢いがあった。

 しかしながら体格はキララのほうが上。少しだけ後方に下がったものの、途中でゴブリンの勢いを殺すことできた。

 下半身に余裕が生まれ、キララは鍔に部分で敵の攻撃を右にそらす。体勢を崩したゴブリンがそのまま地面に滑り込んだ。頭からいったので、すぐには起き上がれない。

 すかさず、キララが剣を振り上げながら接近――狙いを定め、


「ハァァァ!!」


 無防備となっている後頭部へ剣を振り下ろした。


「ギャアアア!」


 先端部が頭蓋骨を割り、脳漿が飛び散る。

 脳を切り裂かれたゴブリンは断末魔を上げ、全身を痙攣させたまま動かなくなった。

 キララが後ろを振り向くと、顔に火傷を負いながらも体勢を回復したゴブリンが後ずさっている。

 彼女と視線が交差したとき、ゴブリンは一目散に逃亡した。

 追撃しようか迷うも、初めてのソロ戦闘に緊張して体が言うことを聞かなくなった。キララは息を切らして、その場に膝をつく。


「す、すみません、一匹逃してしまいました……」


 戦闘を観察していた視聴者たちが、一斉にコメントを始める。


〝うおおおおおおおおおおおお〟

〝ソロ初戦闘で初勝利!! ご祝儀です!! ¥10000〟

〝キララ、ナイスファイト!〟

〝見習いとは思えないほどの良戦闘〟

〝アガルタの民です。いいセンスしてますね、こっちでも全然やれますよ〟

〝初撃のライトニング、ハ◯ポタみたいだったわね〟

〝個人的にはナ◯ツマっぽかった。剣と杖の併用だし。でも好きです。¥10000〟

〝見習いのうちはまだ体内外問わず魔力操作がおぼつかないからね。杖で対象に向けたほうが効果的に魔法を運用できる〟

〝それだけじゃない。魔法の距離じゃないと判断してから杖を捨てて打ち合いする度胸。間違いなく伸びますわ。さすが配信業界第三位の大手「ホワイトパレット」期待の超新星やで〟

〝そりゃあ、そうだろうよ。仮免取る前からそこらの中堅配信者たちをゴボウ抜きするくらい人気だったし〟

〝ちょーかっこよかた。¥25000〟

〝😊 ¥50000〟


「皆さん、ありがとうございます」


 ゴブリンソロ討伐祝として数万円の投げ銭が飛び交う。

 これが現代配信冒険者の世界。

 なお、キララが剣を振り下ろしたシーンはガジェット側のAI処理により直前でモザイク処理を施され、剣で後頭部をかち割る光景はボカされている。

 こうしたAI技術の発展によって、冒険者の配信業は娯楽化していった経緯がある。

 しかし処理が完璧に行われず、死亡シーンが映ってしまうケースもあって批判的な意見も絶えない。

 だが非現実を疑似体験できるとあって需要が尽きず、今なお配信者が増え続けている。


「少し休んだら探索再開しますね」


 そう語って数分ほど雑談したのち、キララは探索を再開させる。

 とはいえ、ゴブリンを討伐してからは無色のスライムをライトニングで焼き払い、コボルトにも同様の魔法を当てて撃退するなどあまり映えない戦いばかりが続いた。

 どうやら、初心者用のフロアとあって他の初心者があらかた狩り尽くしてしまったようで、キララの戦う相手がいなくなってしまったのだ。

 配信時間が一時間半に差し掛かると、マネージャーから個人チャットに「そろそろお開きにしましょう」との指示があった。

 これ以上やっても単調な配信になるだけと判断したからだろう。

 指示に従い、最初に配信を始めた場所に戻ったキララが配信を畳みにかかる。


「えーと、もうじき配信時間が一時間半を超えそうなので、今回はここでお開きにしようかな、と思います。――戦闘らしい戦闘はあんまりできませんでしたけど、ご満足いただけましたか?」


〝最初の戦闘だけでお釣りがきます〟

〝改めてホワパレの超新星だと実感した。プロになるときが楽しみや〟

〝次の配信も楽しみにしてます!〟

〝お布施やで ¥5000〟


 次々にあふれる肯定的なコメントにキララはホッと胸をなでおろす。


「本当ですか、ありがとうございますっ。今配信でご支援してくださったすべての視聴者の皆さまに感謝申し上げます」


 ペコリと頭を下げ、感謝の意を表した。チャット欄が「こちらこそ」という言葉で埋め尽くされる。


「では、今回はこれにて終了です。ではでは皆さま、よき休日をお過ごしを!」


〝おつ〟〝おつです〟〝お疲れー〟


 コメントの動向を見届け、彼女が配信を切ろうスマホに手をかけた、ちょうどその時――。

 急にドスン、という音が轟き、木々に留まっていた鳥たちが一斉に飛び立つ。

 異様さに危機感を覚えたキララが辺りをキョロキョロと見回し、ある方角に視線を固定する。

 音の発生源は森林エリア方面からだった。

 身構えるキララ。次第にひとりの冒険者が走ってくる姿が目に映る。


 ――た、助けてくれー!!


 冒険者の絶叫を皮切りにその後方からゴブリンだけではなく、豚の顔をした大柄のオークや灰色の体毛をしたワーグ、武装したリザードマンの集団が飛び出してきた。その数は少なく見積もっても三十匹はくだらない。


「え⁉ どうして。……ここは一層だよ。あんな奴ら、いるはずないじゃん!」


 演技を忘れ、取り乱すキララ。それもそのはず。見習い冒険者の平均戦闘力はゴブリンやコボルト、ワーグを討伐できる程度で、グレイワーグやオーク、ましては硬い鱗と飛び道具を持つリザードマンなどの相手は務まらない。

 それは他の近くにいた冒険者も同じで、彼らの姿を見るや否や、怯え始めた。


「おい、どういうことだよ⁉」

「このままじゃ、マズイって」

「こ、こっちに向かってくるぞ!」


 不意のアクシデントに対応できず、声を荒らげている冒険者三人。

 震える獲物に手を出さないわけもなく、群れの先頭列を走るリザードマンが挨拶代わりにと、冒険者一行目掛けて口から水弾を吐いた。

 ハンドボールほどの大きさ持つそれは直線を描きながら冒険者の体を抉り、数メートル吹き飛ばした。地面に突っ伏す彼の体がビクンビクンと痙攣を起こす。

 ひぃ、と声にならない悲鳴を上げる仲間ふたりだったが、気付いたときにはオークとゴブリン、グレイワーグに取り囲まれて――。


「うわぁあああッ!!」

「ま、待ってくれ、俺たちはまだ見習いで――」


 命乞いなど聞き入れられるはずもなく、冒険者ふたりは鉄槌と棍棒でボコボコに殴られた上に狼の牙で肉を引き裂かれる。肉がひしゃぐげる音に混じり、断末魔が響き渡るも、次第に声が聞こえなくなっていく。

 その一部始終を目撃し、反射的に後退りしながら吐き気を催すキララ。先ほど自分が行った行為のそれではない、ただの殺戮である。

 逃げようにも足が震えて動かない。先ほどの疲労感からくるものではない、恐怖からくる震えだった。

 次の獲物を定める魔物の集団。一番近くにいる獲物は誰か、そうキララだ。

 自分が狙われている。直感で理解するも体は依然として言うことを聞きそうになかった。もう駄目かもしれない。本気でそう考えたとき、騒ぎを聞きつけたダンジョン警備員四人が現場に駆けつける。


「おい、あそこだ!」

「食い止めろ!」


 警備員たちは防刃ジョッキの他に青い電流が流れるスタンロットと上半身をすっぽりと覆える透明な盾を携帯していた。

 彼らはそのままの勢いでモンスターたちのいる場所に突撃し、シールドチャージでゴブリンやオークたちを殴り飛ばす。

 その後は倒れた敵に高圧電流をまとうスタンロットで殴りつけ、泡を吹かせていく。それでも動こうものなら、馬乗りになってアーミーナイフで急所を抉り絶命させる。


「ゴブリンとオークなら問題ない。他の連中に注意しろ。リザードマンは水弾を防ぎながら弱点の腹や喉を狙え、グレイワーグは出の早い攻撃魔法や銃撃で足を止めてから仕留めろ!」

「倒れている冒険者もいるぞ!」

「了解、手が空き次第、向かいます!」


 隊長格の男が指示を出し、部下たちが機敏に対応する。

 リザードマンの飛び道具を盾で防ぎつつ、距離を詰めてスタンロットを弱点に押し当てて行動不能に追いやり、ワーグは雷や風の刃で動きを鈍らせてからロットで後頭部を殴りつけて絶命させる。

 その統率された動きにキララは「これで助かった」と安堵した。

 しかし、本当の恐怖はここからだった。

 モンスターたちの後方から鉄の塊が高速で襲来――リザードマンを背中から両断するように切り裂き、そのまま戦闘中の隊員ひとりを巻き込んでなおも回転を続け、キララの数メートル前方の地面に突き刺さった。

 刃の部分がギザギザした巨斧。長さは二メートルはあり、刃の部分は一メートルに達する。

 人間が使うには明らかにバランスが悪い。つまり、これは。


「これってまさか、巨人が使う、武器……?」


 キララがつぶやくと、悪い予感を後押しするかのようにズシンズシンと平原が揺れ始めた。その場にいる全員が同じ方向を振り向く。

 そこにはゆっくりと歩くてくる巨鬼の姿があった。


「グオォォォ」


 地鳴りのような唸り声を受けて隊長が目の色を変えた。


「レッドオーガー⁉ 一級冒険者が戦うような相手じゃないか!」


 本来、上層には存在しないはずの化け物レッドオーガー。

 全身が燃えるような特徴的な赤の体色で、全身の筋肉がパンパンに膨らんでおり、その身長も成人男性の軽く二倍以上ある。

 恐怖で硬直する部下たちをかばうように隊長がオーガーの正面に躍り出た。

 まだ距離がある、と踏んだ隊長が後方に目を移す。


「お前たちは負傷者を連れて逃げろ。コイツは俺が抑え――」


 しかし、その言葉は一瞬にして遮られた。


「ガァァァァァァ!!」


 挑発されたと勘違いしたオーガーが猛ダッシュで距離を詰め、そのまま右脚でシールドごと思いっきり蹴り飛ばしたのだ。

 隊長は放物線を描くように宙を舞ってキララの遥か後方へと落下。ピクリとも動かず沈黙した。予想だにしない事態に部下たちは動揺を隠せない。


「そ、そんな隊長が……」

「う、うわあああっ!」

「は、は、早く、避難しないと!」

「グガアアアアア!」

「「「ひぃ!!」」」


 精神的支柱を失い、オーガーの咆哮で戦意を喪失する面々。

 そこに今までの復讐といわんばかりにモンスターたちの残党が襲いかかる。


「だ、ダメだ。俺たちじゃ勝てない!」

「い、一旦退くぞっ」

「でもまだ要救助者が」

「このままじゃ無理だ!」


 そういって、警備員が前線から逃げるように下がっていく。

 ひとり取り残されたキララも逃げようとするが、武器を手に取ったオーガーの視界に入ってしまった。巨人の口元がほころぶ。


「ガァアアアア!!」


 ゲスびた表情で雄叫びを上げる姿はまるで好みおもちゃを見つけた悪童そのもの。

 マズイ、マズイ、マズイ! キララは別の意味での危険を覚え、この場からの脱出を試みる。が、走ってすぐにくぼみに足を取られて転倒してしまう。


「痛ったぁ……」


 関節を痛めたのか、立ち上がろうと足をついた途端、痛みで上手に歩けない。

 その間にも斧を回収したオーガーがゆっくりと迫ってくる。


「ガァァ……」


 視界を覆うほどの巨体を目の前に恐怖で尻もちをついてしまった。正気を失ったキララが叫ぶ。


「こ、こっちに、こないでぇぇぇッ」

「ガァァア!!」


 巨人は威嚇されたと勘違いして先ほどと同じように吠えてから斧を振り上げた。

 それが振り下ろされたのなら見習い冒険者など木っ端微塵。


「いやぁぁぁぁぁっ!」


 少女は両腕で顔を覆いながら死を覚悟した。

 その刹那――入り口側の方角。天の一点が紅く輝いた。

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