第6話 霊能力者、勉強する。
ハナに案内されて来たのは、十畳ほどの部屋だった。部屋の中央に長机があり椅子が二つある。すでに仁志が椅子に座っていた。仁志も、煌希と同じような衣装を着ている。テーブルと椅子の正面には教壇の様なものがあり、その左右には本がギッチリ詰まった本棚がある。教壇には六十過ぎぐらいの男性がいた。
煌希が部屋の中に入ると、ハナが扉を閉める。ハナはこの部屋には入ってこないようだ。
「おはよう、斉藤君」
「おはよう。俺の事は仁志でいいよ。みんなにもそう呼ばれてたから」
「それじゃ、俺の事も煌希でいいよ」
「分かった」
「朝の挨拶も済んだようだし、早速勉強を始めよう。スギムラ殿は空いている椅子に座ってくだされ」
煌希は仁志の隣に座る。
「私はギリアン。お二人の講師になった者だ。私はこの世界のことや魔法やスキルについて教える。剣術は他の者が担当する」
「よろしくお願いします!」
仁志が目を輝かせて返事をする。
「まずはお二人のこれからについて話す。お二人は一週間、必要最低限のことを学んでもらう。その後のことだが、勇者殿は魔王を倒すためにレベル上げや様々な魔物との戦い方を学んで強くなってもらうために旅をしてもらう」
「やっぱ異世界って言えば旅だよな」
仁志は小さな声で呟く。嬉しいのかその声は弾んでいる。
「スギムラ殿は、この王都に家を用意するのでそこで生活してもらおうと思う」
「家ですか?」
「さすがに、城で生活するには色々と不自由だと思うので、家を用意した。だが、安心してくれ。家族が出来る事を見越して大きな家を用意した。生活費は家族分用意する。詳しいことは家に案内した時話す」
そうか。この世界で生きて行くなら、こちらで家族を作るってことだもんな。城の中では気兼ねなく色々と出来ない。
「ありがとうございます」
「お礼はしなくていい。この位は当然です」
この人は格好いいな。こんな人、日本では滅多にいないよ。
「勇者殿も、魔王を倒した後はスギムラ殿と同じようにする。それじゃ、早速始めるか。まずはこの世界について教えよう」
ギリアンは後ろの棚から大きな紙を取り出す。その紙を煌希たちの前にある長机に広げる。
左右に大きくい歪な円があり、中央が繋がっている。ダンベルのような形をしている。国名が書いてあり、それを囲うように線が引かれている。この線が国境なのだろう。
「これはこの世界の地図だ。今私たちがいるマドリガル王国は二つの大陸が繋がっている所の中央にある。東にある大陸が太陽の地、西にある大陸が月の地と呼ばれている。太陽の地には三つの国があり、月の地は四つの国がある。細かい所は追々知っていけばいい。まあ、勇者殿は旅で知っていけばいいし、スギムラ殿は旅行に行くときにでも調べればいい。自分の住んでいる国以外知らないという人が多いから、知らなくても困らないな」
「へー、そんなもんなんですか」
「勇者殿たちの所は違うのか?」
「国によって違うとは思いますけど、俺たちがいた日本では学校で他の国の事を習いますね。後は数学や歴史なんかですね」
「学校でそのような事を学ぶのか」
「こちらは違うんですか?」
「この世界の学校は魔法やスキル、後は卒業後の進路に合わせてそれぞれ分野別に学んでいるな」
「世界が違うと学ぶことが違うんですね」
「面白いな。色々聞きたいが、時間が出来たら聞かせてもらいたいな」
「ええ。俺たちで良かったらいつでもどうぞ」
仁志の言葉に、同意するように頷く煌希。
「あれ? そういえば、この国の文字が読めるな」
仁志の言葉を聞き、煌希は地図に目を落とす。落書きにしか見えない文字を見ると、なぜか意味が分かる。煌希はこんな文字を見たことない。読めないのに、分かる。その感覚に不思議な気分になる。
「それは指にはめている魔道具のおかげだな」
「これって喋っている言葉だけじゃないんですか?」
「いや、それは文字も分かるものだ」
その後も、ギリアンによる勉強は続いた。
この世界には四つの種族がいて、煌希たちの様な者を人族、耳が長く長命な者をエルフ、背が低く力強い者をドワーフ、動物の様な耳や尻尾がある者を獣人という。それらを併せて人間という。
獣人の説明をギリアンがした時、「獣耳キタァァァアアアア!」と仁志が叫んだ。
次にお金だが、すべて紙で出来ていた。お金の単位はガルで、1ガル、10ガル、100ガル、1000ガル、10000ガルの種類があった。これは日本と似ているので難なく理解できた。
仁志が、「金貨とかないんですか?」と聞いたが、昔はあったようだが、金が様々なことに利用されて硬貨に使われなくなったようだ。仁志曰く「異世界なら金貨がないと」とのこと。煌希が首を傾げたのは言うまでもない。
その紙幣だが、煌希と仁志は現物を見て驚いた。それぞれ精密なデザインが描かれていて日本の紙幣と比べて遜色ない。また、この世界の紙幣は破れないし燃えないし濡れないしと紙の常識を越えていた。ギリアン曰く、「特殊な魔法がかけられている」とのこと。
「次は魔物について説明しましょう。魔物とは、獣とは違い、魔素によって生まれた物だ。これらは人を襲うので、冒険者ギルドに登録している冒険者などが討伐をしている」
「やっぱ冒険者はいるんだ」
仁志の目が輝く。獣人の説明の時と同じような輝きだ。
「そちらの世界にはいないんですか?」
「いないですね。動物はいても魔物はいないんで」
「魔物がいない世界ですか。羨ましいですな」
「こちらの世界の冒険者は物語の中だけで、ある意味男にとってあこがれの職業でしたね」
俺も男だけどそんな憧れ持ってないです。
「まあ、冒険者は危険が多いですが、報酬もいいですからな。一財産手に入れるには冒険者が一番ですな。勇者殿が冒険者として活躍したら一躍有名になれるでしょうな」
「魔王を倒したらやってみたいですね」
「話しが出たので魔王について説明します。魔王とは、魔物が進化した生物だと言われています。魔王には魔法が効かず、剣で切っても皮膚も切れないほど丈夫、腕を振るえば何十人もの命を奪ったと書物に記録されています」
「なんだそのチート。めちゃくちゃだな。そんな奴を倒せるのか?」
「その魔王ですが、ただ一つ、光属性の魔法だけは効果があるんです。なので、魔王が出ると信託があった場合、勇者を召喚できる我が国が勇者を召喚することになっています。書物によると、以前異世界の方が召喚されて以降は我が世界の人間が召喚されています」
「今回は異例だったのか」
「勇者殿の言うとおりですな」
「あの、信託って言ってましたけど、信託ってなんですか?」
「信託とは、この世界の神であるイアン様の言葉を巫女が受け取ることをいいます。世界の大事にはイアン様が信託をくださるのです。この信託により、1年後に魔王が生まれると分かったのです」
「信託って絶対当たるんですか?」
「神の言葉ですから当然です。そちらの世界には神がいないのですか?」
「いることにはいますけど、信託とかはないですね。あ、でも神話とかだと神の言葉を聞いたとかありますけど、現在はないですね」
「そうなのですか。そちらの世界の神は遠いのですね」
煌希にしてみれば、こちらの世界の神が近すぎる気がする、と感じる。日本人は神が実在していると思っている人は少ないだろう。ちなみに、煌希は神はいると思っている。一度、死神と会ったことがあるからだ。
「神様についてはここら辺までにしましょう。魔王討伐ですが、魔王が出たらこの世界中のあらゆる国の兵が出兵して、勇者殿を魔王の所に連れて行きます」
「兵が一緒に行くの?」
「当然です。魔王の周りには万を超す魔物がいますので、いくら勇者殿といえど万を超す魔物相手に勝てるかどうか分かりません。万が一があったら魔王を倒せなくなってしまうのですよ」
「確かにそうだな」
仁志は納得したように頷き、「それじゃ小説の勇者はなんで少人数で魔王を倒そうとしてるんだ?」と首をひねっていた。
それは小説だからじゃない、とは煌希は言えなかった。
「その辺のことは魔王が現れたら詳しく話すことになるでしょう。それまでに戦い方と旅の仕方を学ぶために、様々な国へ行ってもらいます。では、次にステータスについてお話しましょう。昨日、洗礼を受けてステータスを見えることになったので、まずは表示してみましょう」
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