第7話 真希と雅人の出会い

 私と雅人が初めて出会ったのは、ついこの間、大学の入学式だった。出会ったといっても、一度言葉を交わしただけだったけれど。入学式の会場に遅れそうになっていた私は、競歩の選手なんじゃないかってくらいの早歩きで、いっそ走ればよかったと今になっては思う。それでもなんとなく、スーツ姿でビシッとキメたかったのだろう。

 式が行われる講堂の入口で、私は手に持っていたスマホを落としてしまったのだ。別に躓いたとか、何かにぶつかったとかじゃなく、ただ手からするりとスマホが逃げて、床に吸い込まれていったのである。

 そして、早歩きの私はスマホを置き去りに二メートルくらい進んでしまった。ああ、振り返って、拾いに行かないと、と思ったそのときだった。


「あ、これ、落としたよ」


 後ろから声を掛けられた。それが、雅人だった。


「あ、えっと」


 突然のことで、混乱した。何もないところでスマホを落としたこと、ありえないくらいの早歩きで移動していたこと、かっこいい男の子に話しかけられたこと。頭の中が一瞬でごちゃごちゃになり、出てきた一言。


「あはは! スマホに嫌われてんのかな私! ありがと!」


 何言ってんだよ、私。過去の私よ。

 その直後のことは覚えていない。多分、雅人からスマホを受け取って、逃げるように空いてる席に着いたのだろう。これが、私の雅人のファーストコンタクトだった。

 それから、私と雅人は徐々に距離を縮めて――いったわけではない。時折、挨拶したり、講義で席が近くなることもあったけど、お互い別々のコミュニティに属していたし、特に仲良くなるきっかけはなかった。

 そんなある日。五月末頃だったと思う。私は、告白された。

 三つ上の先輩だった。名前は確か……御船みふね朝哉あさや。会話はおろか、姿を見た覚えすらないが、あっちは私のことを知っていた。四年生はほとんど単位を取りきっていればキャンパスに来る必要はなくて、御船先輩も例外ではなかったようだった。

 それなのに、私のことを知っていてくれているなんて、素直に嬉しかった。だけど、断った。

 容姿はその人の入口であり、看板であり、評価だ。容姿がよくなければ、どんなに中身が良くたって、知ろうと思えない。そして、私は御船先輩のことを知りたいと思えなかった。


「……そ、そっか。で、でも、キミを振り向かせられるよう、が、頑張るから」


 キャンパス内の、人気の少ない小道。建物と建物の間に挟まれた日の当たらないベンチに二人座って、そんな言葉を聞かされた。それ以来、御船先輩のことは見ていない。

 この話が雅人と関係あるのかって? どうだろう。あるかもしれないし、ないかもしれない。でも、雅人と距離が縮まる前日にあったことだから、話そうと思ったのだ。雅人と仲良くなったのは、翌日のことだったから。

 のえりーは知っていると思うけど、私は個人経営のカフェでアルバイトをしている。一人暮らしの家から電車で一駅、行こうと思えば徒歩でも通えるところにある、寂れてもないけど人気でもない、地域密着型って感じのカフェ。その日はシフトが終日入っていたのだけれど、客足が極端に少なかったので、店長が午後を休みにしてくれた。

 暇になった私は、なんとなく池袋に行ってふらふらしていた。高校生の頃、東京に出て遊ぶぞ! ってなったら大体池袋だったから、たまに来たくなる。でも、もう遊びつくしたって感覚が強い場所だったので、来てみたはいいものの、特にやることもなく歩いていた。

 池袋駅前、やっぱり帰ろうかと中央分離帯から横断歩道を渡って歩いていたそのとき、見覚えのある顔が人混みに混じって目に入った。一瞬、誰だっけと思って立ち止まったそのとき、あっちが私に気づいて近づいてきた。


「あ! 帆波さん!」


 私は駆け寄ってくる高身長イケメンに気圧されながらも、平然を装って挨拶した。


「あ、海原うなばらくん。どうしたのこんなところで」


 まだお互い苗字呼びなのが初々しい。いつから名前呼びになったんだっけな。とにかく、私たちはこの日初めて大学以外で顔を合わせることとなった。


「いや~、実は今日高校の頃の友達と遊ぶ約束してたんだけど、ドタキャンされちゃって……めっちゃ暇になったところなんだよね~」


 一緒だ。私も、突然暇になったばかりである。だから咄嗟に、口から出ていた。


「わ、私も……! 友達じゃないけど、バイトが突然なくなっちゃって……あ、そうだせっかくだしさ、この後一緒に遊ぶ?」


 早口だったかも。がっつきすぎって思われたかな……。なんて頭の中がぐるぐるし出す。やっぱり撤回しよう、「なんてね」って言えばかわいい女の子のジョークで終わる。


「え! いいの!? 行きたい!! 行こう!!」


 ……まさかの反応だった。だって時々挨拶するくらいの関係性で、しかも異性ってだいぶハードル高いと思うんだけど……?


「お昼食べた? 俺まだなんだよね~」


 分からなかった。どうしてこのとき、雅人は快く私と遊ぶことにしたのか。私が目の前のイケメンに舞い上がって、から回って出した突飛な提案に乗ってくれたのか。ただ、間違いなくこの日、私たちの距離はグッと縮まった。それから私たちは放課後や休日に定期的に会って遊ぶようになり、初めて学外であったあの日からたった一週間で、雅人からの告白により付き合うことになった。

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