夏休み、カナコの香水

滝川 海老郎

本編:夏休み、カナコの香水

やほー。高校一年の夏。

暑い一学期も終わり、夏休みだ。

俺は忙しいんだ。

彼女はいないけどな……ズルですまんな。

俺には幼馴染がいるんでね、毎日忙しいのだよ。


「なにしてるんの、スルガ」

「え、いや、なんでもないぞ、カナコ」

「どうせまたツマんないSNSの壁打ちアカウントでもやってるんでしょ」

「ぐぬぬ、どうしてそれを」

「スルガの行動なんて『お・み・と・お・し』」

「おもてなしみたいに言うなや」

「あはは、ごめん、古かった?」

「そういう問題じゃないわい」

「何人なのよ、関西人じゃないくせに」

「移っちまったんだ、ネットのやつらの口癖でな」

「その、ごめん、あんまり、変な人と付き合っちゃダメだよ?」


あ、カナコの顔がマジだ。心配し過ぎなんだけどな。


「いや、大丈夫、分別はつけてるから」

「それならいいけど、だって、もごもご」

「なんだ、言いにくいことか?」

「スルガが知らない人と仲良くするの、ちょっとヤだなって」

「なに、ネットの知り合いったって名前も住所も性別も知らないんだが」

「そうなの?」

「ああ、匿名だからな」

「そっか、でも女の人かもしれないんでしょ」

「いや、あれは四十代のおっさんらしいが」

「らしい?」

「自称だからな、写真もなしに分からないって」

「そっか、そだよね」


ところでカナコ、さっきから顔が近い。


「なあ、いや、あうん」

「え、なに?」

「なんでもない」

「私には言わせて自分は言わない気?」

「いや、別に気のせいかなって」

「え、なになに」

「あのな、カナコ、なんかオレンジ食った?」

「えっ、食べてないよ、えへへん」

「なんで偉そうなんだ」

「だって、スルガなら気が付いてくれるかなって」

「なんだそれ」

「分からないかなぁ、やっぱ子供だもんねぇ」

「もう高校生だ、同い年だろ」

「マジレスしちゃやだよぉ」

「わるい」

「それで? ほーらほらほら」

「あ、うん、香水、つけてるだろ」

「うん、やっぱ分かるか」

「そりゃ、そんだけ近ければ」

「ちかっ、ってえ、そんな近い?」

「いつもより十センチは近いぞ」

「そ、そそそんなことないもん」

「いや十センチは近い」

「いじわる。スルガのいじわる」

「なんで近いって指摘するといじわるなんだ」

「あ、女の子の機敏ってわかんないもんね」

「あ、うん、ごねん」

「ううん、素直に謝られると思わなかった、ごめんね」


なんだかほっぺが赤いけど、怒ってるのかな。


「あ、いや、すまん」

「大丈夫、大丈夫。えへへ、なんだか暑いね」

「そうだな、夏だもんな」

「そうだよね、夏休みだもんね」


うん、知ってる。

なんだか気まずいのも、暑いのも、確かに夏休みだけど。

本当は、俺がカナコを好きなせいだって。

まだ、気持ちはお互い伝えられないでいる。

カナコの初めての香水、こうやって大人になっていくのかな。

なんだか寂しいような、うれしいような。

複雑な夏の夕暮れの匂いがした。

甘酸っぱいのはオレンジの匂いか、それとも違うものの匂いなのだろうか。


「スルガ、いこ」

「おおう、カナコ、わかった」


いつまでもお互いを呼び合える仲でいられるかな。

今年の夏休みはまだ始まったばかりだ――。


【終わり】


□◇□────────


Twitterのユーザー企画「#ひと夏なんかじゃない2023」お題①「香水」参加作品です。

よろしくお願いします。

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