ゾンビトリセツ

クロノヒョウ

第1話



「可愛い~」


「な、どれにする?」


 私は一緒に住んでいる彼、拓実たくみくんとペットショップに来ていた。


「ねえ、本当に飼っていいの?」


「いいよ。前から欲しがってたろ? だから誕生日プレゼント」


「嬉しい拓実くん。ありがとう」


「さあ、どの子にしようか。オス? メス?」


「うーん。この子イケメンじゃない?」


「確かに。まだ若そうだしな」


 年は二十歳前後といったところか。


「いらっしゃいませ」


 店員の女性が声をかけてくれた。


「この子気にいっちゃいました? けっこうイケメンですよね」


「ですよね!」


「おいおい。俺の前でそんなこと言う?」


「あはは。拓実くんヤキモチやかないの。じゃあ、この子にしようかな」


「わかった。すみません、この子でお願いします」


「はい! お買い上げありがとうございます!」


 私たちはこうやってペットショップで出会ったゾンビを買って家に帰った。


「名前決まった?」


「決まった。シュウくん。ちょっと臭いがキツいから」


「ああ、思ったよりもひどいよな」


 家の中はシュウくんの腐敗臭で鼻がどうにかなりそうだった。


「シュウくん、もうちょっとどうにかならないかな~」


「無理だって。ゾンビに話しかけても通じないよ」


「えー、でもちゃんと聞いてる感じはするよ?」


「お前ちゃんと取説読んだのか? けっこう分厚いけど」


「まだ読んでない。何だって?」


「あ? まず噛まれたり引っ掻かれたりしないよう注意すること」


「あはっ。そしたら私たちがゾンビになっちゃうもんね」


「決してゲージから出さないこと。散歩する時は首輪とリード、口輪もあると安心でしょう。お勧めは手錠です」


「なるほど、だね」


「お風呂は嫌がります。暴れると引っ掻かれる危険性があるのでお勧め出来ません。臭いについては市販の消臭剤等をご利用ください」


「やっぱお風呂はダメか~」


「ゾンビは常にお腹を空かせています。エサはゾンビ専門ショップで人肉をご購入ください。だって」


「じゃあ明日買いに行こ!」


「そうだな。今日はもう寝るか」


「うん。お休みシュウくん」


「シュウお休み」


 私たちは寝室へと向かった。


 ――ガシャン


「ウウゥ……アアァ……」


 ――ガシャガシャッ


「うるさいな」


「シュウくん! 静かにして!」


 そう叫ぶもシュウくんがゲージを揺らす音はいっこうになり止まない。


「映画みたいだね」


「お前なぁ、映画みたいだけどこれじゃうるさくて寝れないだろ」


「お腹空いてるのよ。今日は我慢して。ね?」


「くそっ」


 私たちは寝不足のままエサを買いに行った。


「すげえ。こいつ人間の腕を食ってるぞ」


「拓実くん、言い方!」


「このエサも臭いキツいな」


「消臭スプレーもいっぱい買ったし、芳香剤も使おう」


「うえっ。俺気持ち悪くなってきた」


 拓実くんは口を押さえながらトイレに駆け込んでいた。


「もう、失礼ね。シュウくんごめんね。いっぱい食べてね」


 ところがエサをあげてもシュウくんの夜泣きやゲージを揺らす音は毎晩続いていた。


 私たちは毎日寝不足だった。


 寝不足とこの腐敗臭でどうにかなりそうだった。


 特に拓実くんはだんだんとおかしくなっていった。


「ふざけんなよてめえ! ぶっ殺すぞ!」


「拓実くん! やめて!」


 拓実くんはわざわざグローブを買ってきてシュウくんを何度も何度も殴っていた。


「お前もうるせえんだよ。ゾンビなんてどんなに殴っても死なねえし痛くも痒くもねえだろ!」


「でもかわいそうだよ!」


「あ? だいたいお前がゾンビなんか飼いたいって言ったからだろ? もうこんなの捨ててしまえ! エサ代だっていくらかかってると思ってんだよ!」


 拓実くんはゲージからシュウくんを出すと口輪と手錠をかけてさらに殴り出した。


「やめて! 拓実くん! ねえやめて!」


「うるせえ!」


「キヤッ……」


 私は拓実くんに殴られて倒れていた。


 ひどい。


 こんなひどい人だとは思わなかった。


 私は迷うことなく拓実くんの足首をおもいっきり引っ張った。


「わっ!」


 拓実くんが床に倒れたすきに私は急いでシュウくんの口輪を外した。


「行け!」


 シュウくんは倒れている拓実くんの上に馬乗りになっていた。


「うわぁー!!」


 そう叫ぶ拓実くんの顔をガリガリと食べているシュウくん。


「ヒッ」


 私は思わず目を背けた。


 静かになったリビング。


 こんなに静かになったのはいつぶりだろう。


「シュウくん、ハウス!」


 私がそう言うとシュウくんは拓実くんをくわえたままゲージの中に戻っていった。


 ゲージの鍵を閉めた。


 私は熱いシャワーを浴びてベッドに横になった。


 なあんだ。


 最初からこうすればよかったんだ。


 久しぶりの静かな夜。


 明日になったらゾンビが二匹になってるのかな。


 それとも……。


 そんなことを考えながら私は深い眠りについた。



           完





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゾンビトリセツ クロノヒョウ @kurono-hyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ