懺悔

 震えと寒気だけが確かなものとしておれを包んでいる。

 体調が悪いといい、ご飯は半分しか食べなかった。風呂にも入らず寝間着に着替え、自分の部屋でひたすら布団を握りしめ震えていた。

 些細な会話をする気力さえ今のおれからは失われていた。いつもは妹と十二時前まで駄弁りながら絵を描いていたが、今日はそんなことは出来なかった。つけていた電気を消し、再び布団の中に潜り込む。寒かったが、布団をきつく握りしめ続けていると次第に熱を帯びた。容易く生まれる熱さえも、今のおれには憎らしかった。それでも震えは止まらなかった。家族に真島のことは打ち明けなかった。知られたくなかった――おれの愚かさも、残酷さも。

 悶え、眠ることも出来ずに、おれはスマートフォンを見つめ、握りしめる。YouTubeの履歴――真島についてのニュースで埋め尽くされている。おれは目に入る、真島についての動画を片っ端から再生し、字幕とコメント欄に目を通していく。見たくない――見ずにはいられない。コメント欄――画面をスクロールする。指先が震え出す。心の奥の暗い何かが蠢き、膨らみ出す。

「殺人が許されないのは前提としても、犯人に同情してしまう。きっと、日頃の積み重ねで疲弊してしまってこんなことをしてしまったんだと思う」

「死にたくても死ねなかったって、相当荒んでたんだな」

「こういう人を救わない社会にも責任はある」

「国が安楽死を認めていればこんな事件起きないのに」

「毎日職場で怒られ続けて、かなり辛い。死にたい。被害者の方は本当にかわいそうだけど、真島容疑者も私と同じように追い詰められていたとしたら……やっぱりかわいそうだと思う」

「最近こんなニュース多いよね。これとは別に自殺しようとした高校生を助けようとして死んだおじさんのニュースがあったけど、自殺したいほど辛い思いをしてる人を死なせてあげるのも優しさだと思う。自殺者を救った!的なニュースを見るとどうしてもその後に責任もてるの?って思っちゃう」

 スマートフォンの文字が輪郭を失う。目の眩みに視点を合わせられなくなる。頭の中で言葉だけがぐるぐる回っている。おれが真島を止めなければ。あのまま死なせてあげていれば。

 こんな身勝手な犯人は許せない――真島容疑者を批判するコメントもある。ただ、コメント欄の上位にある高評価の多いコメントは殆どが社会に対する嘆き、容疑者に対する同情だった。

 真島を追い詰め、逃げ場を無くしたのはおれだ――眩暈に倒れそうだった。無責任に講釈を垂れ、命を絶つという、真島の最後の決意を阻んだ。その結果、三人が死んだ。

「おれのせいか? おれが三人を殺したのか?」

 おれの声がくぐもっているのは布団に遮られていることだけが理由ではないはずだ。これがおれの声か?――リビングでニュースを見たときにも、浮かんだ疑問がぶり返す。

 誰もおれのやったことを知らない――それでも、おれは罪人だ。真島さんは刑務所でおれを恨んでいるだろうか。たまらず布団をはねのけた。ベッドからおり、電気もつけずにドアの前で体育座りをする。

「無理」

 干からびた声が口を突く。

「無理無理無理」

 干からびた声を部屋の隅に吐きつけても何も変わりはしない。

 おれが殺させたのと同じだ。あそこで自殺を止めなければ、三人は死ぬことはなかった。

 さっきまで感じていた温度はいつの間にか消えていた。代わりに悪寒が舞い戻る。おれは放り出した布団を掴み、ベッドに引き上げた。布団の中に入り、縮こまる。気味の悪い感情に悶え、怯え、震えながらも寒気に耐えることは出来なかった。

 真島が許されないように、おれも許されないのか。それでもおれは罪をさらけ出す度胸もない。ただ、一人で震えているだけ。寒気と苦痛しかない世界。ここは地獄か、それとも煉獄か――

 布団にくるまったまま、おれはスマートフォンの画面を凝視し続ける。全身を包む震えが高まっていく。


 

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