第16話.ハリの鏡



 俺たちは支度して、長老のもとに集まった。

 長老は魔力を流すにつれて肌艶も良くなっていき、すっかり元の調子を取り戻しているように見えた。


『さて、参りましょうか』

 長老は俺たちを部屋のより奥の方に促す。

 部屋の奥には人間の半分ほどの高さの穴が開いており、長老を追って俺たちはそれを潜り抜けた。


『この先に大きな階段があるのよ』

 小さき民もなぜかついてきており、極秘の場所のはずなのに大丈夫なのか、と俺は長老に問うた。

『孫のビビは将来、鏡の巫女になりますので。今のうちに作法を教え込んでいるところです』

と、むしろ自らが促しているようだった。

 ただ、めったにいけない神秘的な場所に向かうだけあって、小さき民ビビは至極高揚しており、長老の意図があろうとなかろうと勝手についていきそうな風だった。

 わくわくした顔で、俺に「来て来て」とビビは促す。



 穴を抜けると扉があり、長老が呪文を唱えて解除する。

 扉の先は外につながっており、遺跡を構成するものと同じ石で出来た階段が森の中をすり抜けるように上に伸びていた。階段の上を覆うように遺跡の壁も伸びており、縁のところどころから森の中で自生する植物の長いツルが垂れている。


『この先です』

 長老は全身のばねを使って跳ねながら階段をのぼっていく。

 流石に子供はきついと感じ、俺はビビを抱えて長老を追っていった。


 石は露で湿っており、足元は悪かった。

 用心して一段一段、俺たちは階段を登っていく。


 しんと静まった森の中、まるで秘境に存在する神社へ向かっているような感覚。

 イェヌが言っていた“魂が試されている”感覚の一端が少しずつわかってきたような気がした。


『鏡が喜んでる』

 俺の腕の中でビビがうきうきしながら言った。



 階段を上がると洞窟になっていた。

 結界が張られており、長老が再度呪文で解除する。その奥に進むと、通路の脇にあった灯篭が勝手に灯され、行き止まりの方に大きな鏡が見えた。

 特にらしい装飾もなく、神社にある鏡を人間大に大きくしたようなものが中央にたたずんでいた。

 ただそこにあるだけなのだが、その澄んだ鏡面は並々ならぬ気を纏っており、評判通り、なんでも見通すような魔力を感じた。



『さて、王女よ。尋ねたいことはいくつでしたかな』

「2つです」

『でしたら鏡に問いましょう』


 長老は鏡の隣の台に置いてある、10㎝ほどの3本の鉱柱のうち2本を取り、王女の元に持って行った。

 その鉱柱は赤い鉱石と青い鉱石で出来ており、表面にルーンのような古代文字が彫られている。


『お仲間と問いたい内容を一致させてください』

 長老の言葉に、ジル王女は周りを囲む俺たちの方を向いて言った。

「今回はグリス兄上の命の下、『竜国ドレク・ゴーンの至宝“ズメイの眼”はいずこか』『禁術“月の幻惑グッテ・デ・ルヌ”を使った人間は誰か』を確かめるためにここに来た。皆の者よいな」


 イェヌとリーとフォルテは覚悟を決めたように頷く。

 ただ途中参加だった俺はドレク・ゴーンの経緯についてはほとんどわからなかったので、つい眉をしかめてしまった。


「なんだ、ダヴ。どうした」

 ジル王女も眉をしかめて俺の顔を覗き込む。

「ズメイの眼ってなんですか?」

「あ。アルガドに邪魔されたから言えてなかったな」

 リーは板をタップして、ある画像を俺に突き出した。


 それは青い球体で中は澄んでおり、複雑な回路のような模様が浮かんでいる。

 球体の右上には金のラインが引かれていた。


「今回、ドレク・ゴーンが我々に戦を吹っ掛けたきっかけになったものだ。ズメイというのは竜国ドレク・ゴーンを建国した竜人の祖。その瞳を模した魔工機器マジーネらしい」

「いや、魔工機器マジーネどころじゃないです。その緻密さはオーパーツと言ってもいいくらいのモンです。全世界の魔工技師エンジニアが集まってもここまでのものは作れやせんよ」

「その“ズメイの眼”が偽物とすり替えられたというのだ。それが発覚したのが、ちょうどエル・オハラの特使団がドレク・ゴーン王城を訪問した日のこと。訪問後に先方から使者が来て、この旨を伝えられた。特使団に不義理がないかこちらで鑑定官アプレイザーを呼び確かめたのだが、特に問題はなかった。ただ、訪問当日に特使団の人間が怪しい動きをしていたと先方は言い張っててな。その疑念がドレク・ゴーンの民の残虐性に火をつけ、あの戦に至ったというわけだ」


 その話を聞いて、状況のおおまかな輪郭をようやっと掴めた気がした。

 俺はジル王女とリーの説明に概ね納得し、「わかりました」と語調を強めてジル王女に返した。


「よし」

 仲間たちと質問の内容、意図を合致させたジル王女は長老の方を向きなおして、長老から、赤と青の鉱柱を受け取った。


 ジル王女は片手に1本ずつ鉱柱を持つと、目を閉じ、それらを上を放った。

 2本の鉱柱はくるくると宙を舞い、カラン、と音を立てて床に落ちた。



『……ともに表ですな』

 長老は印のついた面がこちら側を向いていることを確かめる。

 ジル王女はゆっくり目を開けて、長老の方を見ると

「それでは、2つ、問わせていただきます」

と言い、向かうあうように鏡の前に座った。


 俺も王女についていこうとしたが、それをイェヌが制した。

「見たいんですか?」

「え?」

「鏡に姿を映すと、本質が見えます。見てください」


 イェヌが鏡の方を向くと、王女と鏡はしっかりと向かい合っているはずなのに、鏡に映っている王女の姿は、変身した竜の姿となっていた。


「鏡は人の本質を見せるので、それが受け入れられない者はことごとく精神を破壊されます。打ちのめされたくなければ、離れて鏡を映すものを確認しましょう。ジル様もそれでいいと過去に言っておられましたので」

 そのイェヌの言葉が聞こえたのか、ジル王女は鏡に向かったまま

「その通りだ、雄雛はそこでおとなしく待っていろ」

と俺の方に指を差した。


 それからジル王女はふぅ、と息を吐いて鏡に問うた。

「ハリの鏡よ、竜国ドレク・ゴーンの至宝“ズメイの眼”は今いずこか?」


 すると、鏡面がゆらゆらと歪み、ゆっくりと、ある輪郭を描出しだした。

 それは、リーが見せてくれた“ズメイの眼”そのもの。“ズメイの眼”は台の上に置かれており、厳重に管理されているようだった。鏡の視点は“ズメイの眼”から徐々に手前に引いていき、部屋全体を映し出す。台から少しずつ離れると、“ズメイの眼”の両脇5mほど離れたところに、2人の兵士が立っていた。兵士の左胸にはドレク・ゴーンの国章が見える。


「“ズメイの眼”はドレク・ゴーンに……?」

「なんだよ、ってことは向こうの勘違いなのか?」

 俺たちがざわめいていると、「待て」とジル王女が制した。

 それから映像が進むのを待っていると、途端に場面は変換し、部屋の中にドレク・ゴーンの宰相らしき人間が兵士たちを連れて大きく騒ぎ立てている様子が映し出された。

 台の上には“ズメイの眼”が変わらずあるのだが、彼らの様子が明らかにおかしかった。


「……ラインの色が違う」

 俺はリーの板に映された“ズメイの眼”と鏡が映し出す“ズメイの眼”を見比べる。

 映像の“ズメイの眼”の右上に引かれたラインが金色から赤色に変わっていた。そして、中の模様がより複雑に絡み合っているように見える。


「偽物……?」

「いやでも、“ズメイの眼”が発動した一環かもしれんし……」

「すごくパニックになってますね、ドレク族……」


 そこで、映像は途絶え、鏡は再び竜の姿の王女を映し出した。


「なんだったんでしょうか」

 イェヌは首をかしげる。

「そもそも“ズメイの眼”の効果がわからんとな……あの焦りようから言って結構あぶねぇシロモノっぽかったし」

「いずれにしろ、兄上に集まった情報と再度照合せねばなるまい。戦でなぜ急に退却を始めたのか気になるところだしな」


 ジル王女は伸びをしてふぅ、と息をついた。

 それから長老の方を向いて、特に問題ないことを確認すると、また鏡と向き合った。


「ハリの鏡よ、我が国で禁術“月の幻惑グッテ・デ・ルヌ”を使用した者は誰か?」


 鏡面はジル王女の質問に応じるように再び歪み始めた。

 それからぱっと、満月の映像を映し出した。満月の光が真下の川の表面に溶け出しており、ゆらゆらと揺らめいている。幻惑のイメージを映し出しているらしい。

 その小川の脇に一人の人間が立っている。暗がりでよく見えないが、月光に照らされた左手には、何かの紋様が描かれていた。

 テト・アルガドたちの前に現れたフォルトンという男かと思ったが、ただ聞いていた印象とは異なり、体つきは細く、女のようだった。

 その人物は黒いフードを被っており、はじめは顔立ちがわからなかったが、鏡は次の場面に映像を転換した。


 学府アカデメイアの第一講義館の脇の小さな倉庫が映し出される。そこから出てくる一人の青年。

 両手には白グローブ、そして、癒術士ヒーラーの外套を羽織っている。外套のフードには下級を示す赤いライン。

 青年はどこかに急ぐように駆けていく。左腕の脇に何か書物を抱えながら。

 彼は薄緑の癖毛で、体格は小柄でひょろひょろしている。


「下級癒術士ヒーラー……?!」

 イェヌは禁術を使った者の正体に驚いていたが、俺の感情はそのさらに上を行っていた。


 俺はこの人間を知っている。

 先の戦で"紅爪の王女"軍の兵士に絡まれていた、あのひ弱な下級癒術士ヒーラーだ。


 青年は速足である場所に向かっているようだった。

 学府の端にある東屋だ。そこで一人の男が彼を待っている。しっかりとした体格で、黒い外套を羽織っている。

 その男は、フォルトンとやらの男の姿書きにそっくりだった。


 鏡は2人が会ったところで、映像を止めた。



「……ダヴよ、今の映像で何か思い当たることは?」

「この癖毛の癒術士ヒーラーは先の戦に駆り出されていました。理不尽に巻き込まれていたのでてっきり自分と同じ被害者側だと思ってたんですが……」

「もう一人は評議会を名乗っていたフォルトンという男と特徴が一致してますね」

「こちらも禁術の被害範囲を確かめねばならんな。癒術士ヒーラーだけに留まっているのならば、その周辺に意図がありそうだが」


 ジル王女は右手を口元に当て、少しだけ思考すると、「うむ」と何か納得したようにつぶやき、その場で立ち上がった。

「長老。良き土産を頂戴しました。いつもありがとうございます」

 ジル王女は剣を持ち、切っ先を天に向けて、自らの前に持っていき、長老に礼を述べた。

 長老は深々と頭を下げてからにっこりと笑った。


 それからジル王女は剣を腰に戻すと、「では参りましょうか」と長老を促した。

 長老は頷いて快諾する。


「ジル様、どちらに?」

 イェヌがジル王女に駆け寄る。


「決まっておろう。“ギの泉”が無事か確かめにいくのだ」

「えっ、てことはダヴを……?」

「それは泉の気分次第だろう」


 え、俺が何?と俺は2人に詳細を聞こうとしたが、イェヌは「そうですよね」と言って、俺をかわして入口の方に向かっていった。


「じ、ジル王女」

「なんだ?」

「俺、なんかされるんですか?」

 俺がそう恐る恐る尋ねると、ジル王女はからかうように「さぁな」と笑った。


 一行は次の目的地がわかると、向かうべくぞろぞろと入口の方に歩き始めた。

 俺はこれから何が起こるのか全くわからず、まごついたが、もうついていくしかないと腹を決め、彼女たちを追うことにした。


 最後にちらり、とハリの鏡を見た。

 その鏡には、案の定、くたびれた白衣姿の男が映し出されていた。




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