第15話.変作用




 俺とイェヌが長老の部屋に戻ると、長老の様子が明らかに変わっており、顔は赤く、呼吸数は上がり、顔を左右に振って苦しみに耐えていた。


「×××××!!」

 小さき民が長老に駆け寄り、泣きながら懸命に呼びかける。


「どうしましょう」

「まずは熱を下げなきゃ」


 俺達はありったけの氷を生成し、長老の全身で太い血管が通っているところに氷嚢を当てがった。

 長老の毛を避けて表皮を見てみると、赤い発疹のようなものが出ている。それも全身にだ。発疹は全体的に浮腫んだように膨れ上がっている。


(アレルギー?)


 呼吸困難、腹痛、全身の膨疹と言えば前世で言うアナフィラキシーの症状だ。

 もし長老がアレルギーに似た症状を引き起こしているとして、一体何のアレルギーなのか、何に対して感作されているのかわからない。

 それに、この数日で急に起きた症状とは言え、何故今急激に症状が進行しているんだろうか。



「なんだこの強い匂いは。その御仁が長老か」


 俺達が治療に戸惑っていると、入り口の方でジル王女の声がした。

 ジル王女は匂いとやらに圧倒されているのか、鼻と口にハンカチーフを押し当てながら、俺達の方にやってきた。


「え?匂い??」

「ん、あぁ、お前たちにはわからんか」


 ジル王女は長老のそばでしゃがみ込み、翻訳機を使って語りかける。

「"ご無沙汰しております"長老。此度の苦難、いかほどの痛みか想像も尽きません。かつての恩に報いるべく、速やかに対処いたしますので、しばしお待ちを」

 長老は目をつむりながらもじっとして聞いている風だったが、ジル王女の言葉が終わると、耐えきれずに胸を上下させ、また荒い呼吸を見せ始めた。


 ジル王女は翻訳機の筒を口元から外し、

「魔力の匂いが濃すぎる」

と呟いた。


「魔力の匂い?」

「ジル様は嗅覚で魔力を感知できるんです」

「イェヌ、リーを呼べ。長老の魔力を測定する必要がある」

 ジル王女の命を聞いたイェヌはすぐに部屋を出て、リーを探しに向かった。


「ダヴよ」

「はい」

 ジル王女は懐から小さな瓶を取り出し、俺に差し出した。

「この瓶をフォルテ殿の元へ。嵐の一部を採取するよう伝えてくれ。恐らく嵐の下にいるはずだ」

 俺は「わかりました」と頷き、瓶を受け取ると遺跡を飛び出して、嵐の方に駆けていった。



 やはり嵐の下で嵐を攻略しようと奮闘していたフォルテに俺はジル王女の言伝を伝え、瓶を手渡した。フォルテが快諾したのを確認すると、俺は礼を言って踵を返し、また遺跡の方へに戻っていった。


 走りながら今まで起きたことの情報を整理をする。

 長老、アレルギーのような症状、急激な進行、膨大な魔力。


 ジル王女の言葉が重大なヒントになった。

 長老というのは他の民よりも魔力を持ち得るもの、だとすれば。


 感作のきっかけになったのは己自身だ。


 つまり、己の魔力に感作しているのだ。

 膨大な魔力を持つがゆえに、体が耐えきれず、免疫系が自己を攻撃する方に向いてしまっているのだ。


 俺が戻ると、ジル王女に呼ばれたリーが板を使って、長老の容態の解析を始めていた。


 短時間で遺跡と嵐の間を急いで往復していたので、部屋に到着したときにすっかり息を切らしていた俺は、ろくに内容の吟味をせずに、ジル王女たちに近づきながら

「長老は自分の魔力にやられてる」

とつい口を滑らせてしまった。


 ジル王女、リー、イェヌはそれを聞くと驚いた様子でこちらを見た。

 混乱させたか、と思ったが、ジル王女は俺の言葉を聞いてすぐに、にやりと笑みを浮かべ

「ほう、どこでそう思った?」

と尋ねてきた。


(あれ?)

 想定していた反応と異なる。

 とりあえず俺は話を続けることにした。


「さっきのジル王女のお言葉です。診察を始めたばかりの頃、症状から何かの流行り病の類かと思ったのですが、他の民はピンピンしてますし、心の臓に魔力が溜まるのは老衰の前触れという見解があったので、どちらかというと老衰の影響かと考えてました。ただ、長老は老衰に値するほどの齢には至ってないということ、老衰にしては症状が目立っていること、そして先程の魔力の匂いについてのジル王女のお言葉、現在の症状、それらを総合して、"長老の魔力が長老自身を攻撃しているのではないか"と、そう思い至りました」


 息継ぎを入れずに一気に話したので、俺は仮説を述べ終わると、大きく息を吸って、肺に勢い良く空気を取り込んだ。


「お前、冴えてんよ。確かに長老の魔力は日頃より過剰になってるっぽいぜ」

 リーもにやりと笑って、板に描かれた図式を見せてくれた。


「魔力を測定してみたんだが、成人の他の民より現在の長老の魔力は約50倍。通常はいかほどかはわからんのだが、長老の毛を数本頂いて解析をかけたら、毛が魔力によって変異していることがわかった。つまり、自分の形、生命維持機能が保てないほどに魔力が増えちまっているってことだ。頭部の装飾物が魔力を吸収する役割を担ってて、今まではそこで上手く調整していたくさいんだが、それも叶わなくなってこうなった、ってことらしいぜ」


 長老を見てみると、長老の額、胸、脚の付け根に紅い琥珀のような物が乗せられていることに気づいた。


「なんですかこれ?」

「これ、ジル様の皮膚ですよ」

「えっ」

 イェヌの言葉に今度は俺が面食らった。


「正確には竜の姿でいるときの私の皮膚だ」

 ジル王女は飽きれたように補足した。


「代謝の一環なのか、ジル王女が竜の姿でいるときに、たまに皮膚の欠片を落とすんですよ。それを私が勝手に拾ってて。そしたらこの皮膚も結構魔力をため込むことがわかりまして。こうしてアイテムとして再利用させてもらってるんです」


 一時しのぎではあれど、ジル王女の龍の皮膚は長老の多すぎる魔力を吸い取るのに効果的らしく、わずかながら、長老の熱も引いているように見えた。



「御免。待たせた」

 追ってフォルテが小瓶を片手にやってきた。

 中には轟々と小さな嵐のようなものが渦巻いている。


「回収できたか。リーよ」

 ジル王女の言葉に応じて、リーはフォルテから小瓶を受け取り、解析にかけ始めた。


「嵐って採れるんですか?」

「どういうわけか、可能であった。ジル殿、どういうことだ?」

「この瓶は魔法を一時的に閉じ込めることができる特別製だ」

「魔法?」

「限局した場所に突発的に発生する嵐が自然由来のものなわけなかろう。クオルツの民の魔力に関連性があるのなら、突破口が見つかるかもしれん」

「突破口?」


 ジル王女にはまだ何か、考えがあるようだった。


 その後、リーは小瓶の中の嵐の解析を続けていった。

 俺とイェヌは“自らを攻撃する”病態に対し何か有効な術式はないか吟味し、長老の治療にあたっていた。


 それから数刻ほどして、長老は少しながらも解熱し、手足は温かくなっていた。

 ただ、決定的な術式が見つかったわけではなかった。どれをとっても対症療法であり、ここで処置をやめれば、症状が再燃するのも時間の問題だった。


「……まじか」

 リーが板が導き出した結果を見て、声をあげた。


「どうした?」

 ジル王女がそばに寄り尋ねる。

「この嵐、自然物の魔力を色々巻き込んでいてどんな魔法が絡んでいるか解明するのにめちゃ時間かかったんですが、根底にありましたよ。土台となる決定的な魔力」

「なんだそれは?」


 リーは長老を指差した。

「長老です。あの嵐は長老が起こしてます」


 それを聞いて、俺たちははっとした。

 嵐はちょうど集落を囲うようにしてあたりを包むように起こっている。

 つまり長老は無意識に魔力を流そうと、集落の周りに向かって魔力を放出し、嵐を引き起こしているということになる。


 俺とイェヌが嵐を消そうとするや否や、長老の容態が急変したのにも、魔力の匂いが濃くなったのにも納得がいく。


「となれば、あとはこの長老の魔力をどうするかだな……」

「ジル様、答えは簡単ですよ!」

「イェヌ、何か策があるのか?」

「要するに、リーの罪滅ぼし、私たちのご奉仕ラストスパートってことです!」



 次の朝、俺たちは作業に取り掛かった。

 フォルテは周辺の木を切り倒し、それらを使って8本の柱を作り上げた。彼はクオルツの民とともにその柱を運び出し、イェヌに指示された位置に各々の柱を打ち込んだ。

 リーは長老の部屋の床にフォルテが打ち込んだ柱に対応する位置にジル王女の竜の皮膚を埋め込み、その位置を確認したイェヌが、床全体に魔法陣を描いた。

 それからリーは同じ魔法陣を長老の頭部の装飾に描き込み、消えないように保護用の薄い膜でそれを覆った。


 俺は彼らの作業を見守りながら、長老の対症療法に当たっていた。

 ジル王女は彼らを監督しながら、少しずつ話ができるようになった長老の話し相手になっていた。

 その脇で小さき民が昨晩のことで疲れ切っていたのかうたた寝をしている。


 俺は2人の話を聞きながら作業していたのだが、その中で長老だけは、他のクオルツの民と違い、今までジル王女と他の次元で会った記憶を持っていることがわかった。


「なるほど、“ギの泉”はこの世界にもあるのですね」

『我々の祭祀に必要な存在です。私の嵐で異変が起きてないかあとで見に行かないと』

「処置が終わったら同行いたしましょう」



 しばらくすると、装置の作動経路を何回も確認していたリーとイェヌが

「できた!!」

と叫んだ。


「おい、長老の御前で叫ぶな」

 ジル王女は2人をたしなめる。

「すんません、結構ややこしかったんで」

「長老、どうですか?ちょっと楽になってませんか?」

 イェヌは長老に尋ねた。


『む……少し、魔力の流れがよくなったように思いますな』

 そう答える長老の頭部の装飾が淡く光っている。


「長老の魔力を使って、集落全体に守護の魔法陣を敷きました。集落のあちこちに柱を打ち込んで装置を作り、長老の頭部の装飾から魔力が集落全体に自動的にいきわたるように工夫してます。もし装置が壊れたとしても、あとで魔法陣と呪文を伝えますんで、それを使えば同様の魔法を使用できます。ただそうすると常に魔法に意識を集中しておかないといけないんで、しばらくは装置に任せてるとよいですわ」


 リーは数時間でそれだけのシロモノを作り上げたらしい。

 改めて彼の才に俺は感嘆した。


「でかしたぞ、皆」

 ジル王女はほほ笑んだ。


『本当に、本当に皆さん。ありがとうございました』

 長老は起き上がると俺たちに深々と頭を下げ、礼を述べた。


『それでは王女よ、参りましょうか』

「長老、少し休まれてからでよいのですよ」

『いえいえ、あなたがたの砕身に報いねばなりません。


“ハリの鏡”にお連れします。どうぞ皆々様、支度なさいませ』



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