第13話.心映すもの
「どうしましょう……?」
俺達は目の前の丸いモンスターを前にたじろいでいた。
黄色く丸い体躯、ふわふわとした毛皮、あどけない黒い瞳。見るからに攻撃性が乏しい外見をしているが、警戒するに越したことはない。
今まで同じ人間の見てくれであったというクオルツの民は、今回油断ならぬモンスターとして、俺達の前に現れている。
すでに何度もこの異世界を旅しているイェヌたちの方が俺よりも警戒心が強かった。本来軽くクリアできるはずの“外見”に今回ゲートはまさかの味付けを施してきたからだ。
まったく想像つかないが、あの体躯が変形して禍々しい牙を持つ姿に変身したり、体が溶け出して形態変化により我々を惑わせたりすることがあるのかもしれない。彼らはそこまでの可能性を考えて、警戒を強めているのかもしれない。
(と言ってもそういうの抜きにすれば至極癒される場面なのだけれど)
ここで変に出張ってもどうにもならないので、俺はイェヌたちの動向をうかがうことにした。
ジル王女とフォルテはただそこでじっとたたずんでいる。
イェヌはどうしたものかと戸惑っているが、呆けている割合の方が大きい。
「ちくしょう……どうすれば……?!」
俺達の中で一番焦っていたのはリーだった。
目の前の事象をなんとか読み解こうと板をタップし続ける。
「え、あんなの見たことねぇし……え?今までのクオルツの傾向は?解析不足だったな……今までこの時点では特に問題なかったし……」
呆けてる俺とイェヌ、焦るリー、だまって状況を眺めるジル王女とフォルテ。
クオルツの民ははじめは俺達を不思議そうに眺めていたが、俺達が戸惑うままで動かないことが気になったのか、互いにこそこそと話をし始めた。
「リーよ、交流を図らねばならん。翻訳機を持て」
ジル王女はリーに板を差し出すよう指示をする。
「だって、正体がまだわからんし……!」
「正体も、何も、今回のクオルツの民が彼らというだけだ。あとは今までと本質は変わるまいよ」
ジル王女は警戒しつつも落ち着いているようだ。流石の器量である。
「ッ
リーはジル王女に向かって叫んだ。
彼の声で周りはしんと静まり返る。
クオルツの民たちの意識は取り乱すリーの方を向いた。数多の溢れそうな黒い瞳が、彼の魂を覗くかのように、じぃっと彼の有様を見ている。
「ちょっ、見るんじゃねぇよ!!」
リーは思わず睨んだ。
それに驚いたクオルツの民たちは数歩退いて、ぶるぶると震え始めた。そのさまを見てリーはさらに取り乱す。がしがしと頭を掻いて「くそっくそっ」と苛立ちながら地面を蹴る。
(なんだこれ)
俺はリーに対して違和感を覚えた。
ギュレン・アルガドに対して抱いた違和感だ。精神が何かしらに汚染されているような、そんな印象だ。
「クオルツの民は、“心を映す”」
ジル王女が呟いた。
それからだ。クオルツの民のうち一人がそのリーの動向に恐怖心が芽生えたのか、地面にある石をリーに向かって放り始めたのだ。
はじめの数個はリーの体を逸れたが、運悪く次の石がリーの膝に当たってしまった。
「ッてめぇ!!」
リーの怒号が飛ぶ。
怒号に応じて、クオルツの民からも威嚇の声がわいた。
一気に緊張が走る。
(やばい……!!)
その瞬間、ふわっとリーの体が浮いた。彼がクオルツの民に飛び込もうと前進するや否や、ジル王女が彼の懐に飛び込み、軽々しく上に投げ飛ばしたのだ。
羽のように、ふわっとリーの体が浮き上がる。
「頭を冷やせ」
ジル王女はリーの体を受け止めると、そのまま地面にたたきつけた。
「がッ……!!」
リーはその衝撃で意識が飛び、その場で伸びてしまった。
「皆、落ち着け」
「ジル様……」
「……クオルツの民は鏡のごとく、私たちの心を映す。“わからないもの”に耐えかねたリーの恐怖がそのまま表れたのだろう」
ジル王女は伸びているリーをそのままにしておき、クオルツの民の前に立った。
彼女は意を決したようで堂々としている。
「手順は前回と変わらんはずだ。まずはこちらに敵意がないことを示す。フォルテ殿、イェヌ、ダヴ。武器を右側に置き、坐して待て」
そう言ってジル王女はその場に座り込み、自らの剣を右脇に置いた。
彼女にならい、フォルテも剣を、俺たちは杖を右脇に置いてその場に座った。
ジル王女の言う『心を映す』という意味がなんとなく分かった気がした。
あのあどけない外見。黒い瞳。それは純粋性の塊であり、妙に気を回す人間であればあるほど、その裏を勘繰りたくなる性質に満ちている。
旅の中で終始あらゆることに気を回していたのはリーだった。というか、普段からそうなのだろう。個性的なメンバーの中でもなんとかうまくバランスを取らねばと気を揉んでいるのは生来の性分か、はたまたなんらかのきっかけでそうなってしまったのかわからない。
もし後者なのであれば、なんとなく気持ちはわかる。『常に最悪の事態を想定する』というのは前世の俺もかなり気にしていたことだ。人命の最高責任者は医者だ。この言葉に何度苦しめられたかと坐して待っている間、ぼんやりながら思い出していた。
まだ
「……××?」
俺の前に先程助けた小さい丸いものが駆けよってきた。
その親に当たる2人は自らの子供が危険に駆け寄ったと感じて、子供を追い、なんとか俺から引きはがそうとしたが、子供はそれに抵抗し、じぃっとこちらを見ている。
(鏡か……)
俺は子供の目を同じくじぃっと見た。まるで黒曜石のように美しい瞳がきらきらと輝いている。
その先にあるものはわからない。ただ心の中で何か絡まっていたものが解けていくような感覚がした。
目は口程に物を言う。
「……あ」
ふと視線を外し、子供の右腕を見た。
毛が濡れて固まっている。よく見るとその奥に擦過傷があった。
「怪我してるね」
俺は杖をとろうとしたが、ここで魔法を使うと驚かれるかもしれないと考え、カバンから軟膏の入った容器を取り出した。それから、その両親に軽く会釈して、子供の手を取り、ゆっくりと擦過傷に軟膏を塗りつけた。
「むしろこれくらいの怪我で済むなんて、クオルツの民って頑丈なんだな」
軟膏を擦過傷に塗り、上からガーゼを巻いて固定した。
子供やその親たちは物珍しそうに俺が治療する様を眺めている。彼らからはいつの間にか警戒の表情は消えていた。
なるほど。やはり彼らは鏡なのだ。
純粋な鏡なのだ。
おびただしい純粋性を前にしてどう振舞えるか。ゲートはそれを試そうとしていたのでは、とふと考えた。それから、前世の俺であったら今頃リーのように伸びていたのかもしれないということも。
周りにいたクオルツの民の表情も少しずつ柔らかくなっている気がした。
ありのままでいる、がどうも最適解だったようだ。
俺たちはそれから坐して彼らの反応を待った。敵意はない。悪いようにはしない。むしろ交流を求めている。と念じながら待った。
しばらくして、別のクオルツの民が俺の前にやってきた。左足の動きがどうもぎこちない。
『診てほしい』と言わんばかりに俺を見上げた。
「え?あぁ、わかるかな……ちょっと見せて」
俺はそのクオルツの民を座らせて、左足の可動性を確かめる。毛皮で見えなかったが、彼らにもしっかりと足首が存在しており、そこを触っただけでクオルツの民が顔をしかめるのがわかった。
「ちょっとじっとしてて」
俺は右脇に置いてる杖を取り出して、患部に当てる。回復魔法の呪文を詠唱して様子を見た。
回復魔法の呪文は外傷の程度によって若干、呪文の文法が変わる。まずは捻挫程度の外傷に当たる呪文を詠唱してみた。
「……××××」
魔法を受けたクオルツの民が左足を挙げる。ちょっとましになったらしい。
その様子を見たクオルツの民は、俺が
「ちょっと待って…」
リーはまだ気絶しているので翻訳機は使えない。数人来たかと思ったら、その後ろから同じく何か診てほしいのか十数人くらいの民が集まってくるのが見えた。
「ちょっと待って!あ、あの人、あの人も
俺はこれ以上捌けないと悟り、ジェスチャーでイェヌも
「えっ、わっ私?!」
イェヌは自分を指差し、後ずさりした。
が、時すでに遅し。俺の意図が伝わった民たちは次々とイェヌに診てもらおうと近づき始めている。
思ったよりも診てもらいたいという民が多く、状況から察するに、先程の嵐による受傷が影響しているように見えた。
いつから発生しているのかわからないが、こうして受傷者が多いということは、嵐への対応に慣れていない可能性がある。
とにかく、俺とイェヌはクオルツの民の治療に当たることにした。
「××××」
俺が治療を開始してしばらく経った頃、次に待っていたクオルツの民を呼んで診察を始めようとすると、その民がふと俺の後ろを指差した。
ごうごうと強風が集落の周りを廻り始めている。
消し去った嵐は俺たちが治療を始めた頃はまだ姿かたちもなかったが、治療を進めるにつれて、また少しずつ、姿を現し始めたようだった。
「また出てきたんだ……」
ある程度、嵐への対処法はわかっていたので、俺は治療に戻り、順番待ちをしている残りのクオルツの民の治療にあたった。イェヌも元上級
ギュレンとの確執からして、回復魔法を行うこと自体に難色を示すのかと思ったが、そうでもなく、むしろやりがいを以って取り組んでいるように見えた。
ひとしきり、治療を終えた。
「あーこんなに
イェヌは空を見ながらぽつりとつぶやいた。
もう既に空は暗くなりつつあり、集落にも明かりが灯されていた。
夢中になっていて気づかなかったが、ジル王女、フォルテは他のクオルツの民と交流を図っていたようで、気が付いたリーも先程の非礼を詫びつつ、彼らに混ざっていたようだった。
「礼に飯をごちそうしてくれるようだ」
俺とイェヌの元にフォルテがやってきた。
なぜかふんどし姿だった。
「なんで脱いでるんですか」
「こちらの方が彼らとより深く繋がれる気がしてな」
「まぁ前回もふんどし姿でしたしね……」
イェヌは疲れているのか呆れながらも状況を受け入れているようだった。
前回となると、クオルツの民は人間だったはずだが。
「×××!」
向こうから俺が助けた小さいクオルツの民がやってきた。
やってくるなり、俺のボトムの裾を掴む。ついてきて、ってことらしい。
「え、どうしたの?」
俺は彼女(治療途中でしっぽが二股にわかれているものはメスとわかった)の後についていく。
彼女は集落の奥の遺跡まで走っていくと、遺跡の入口の奥を指差した。
「×××××!」
それから入口に入り、奥へと消えてしまった。
「え、どうしたの」
俺は彼女を追った。
遺跡の奥に入ると、明かりはついているものの、薄暗い道が一本伸びており、その先に彼らのサイズからしたら大きな扉があった。
扉は観音開きになっていて、中央には金属製の輪がついていた。どうもドアノブの役割を果たしているようだった。
彼女に促されて、俺はその輪っかに手をかけた。
ギィ、と音を立てて扉が開く。
扉の向こうは一つの部屋に繋がっており、部屋の奥の方は明かりが多く灯されていてより明るかった。
部屋の奥には敷物があり、その上には寝具が敷かれ、中で成人と子供の中間くらいの大きさのクオルツの民が横たわっていた。
「×××!」
小さきクオルツの民は心配そうにその病人の民に駆け寄った。
その様子を見るに、彼女の身内のようだった。
病人の民は頭部にコバルト色の大きなピアスのような装飾物をつけており、上位の身分であることを示していた。
病人の民はよく見ると高齢で、ぜぇぜぇと息をしている。
顔の火照りを見ると、発熱しているようだった。
「××××!」
小さきクオルツの民は俺に向かって何かを叫んだ。
どうも、この身分高き民を診てくれってことらしかった。
(感染症の類?にしてはちょっと妙な…)
俺は小さきクオルツの民に向かって、うなずくと、身分高き民の脇に座り、診察を始めることにした。
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