第12話.丸いもの
フォルテを追って進むと、その嵐とやらが肉眼でも確認できるようになった。高さは数mほどの大きな竜巻が一帯を包み込むのが見える。
「イェヌ、穴を開けろ」
ジル王女がイェヌに命じると、イェヌは杖を取り出して、嵐より10mほど手前の茂みに向かって杖を突き付けた。
イェヌが呪文を詠唱すると、茂みは四方に逸れ、着地できるほどの穴が瞬時にそこに現れた。
グライダーはゆっくりとその地点に向かって下降しはじめる。
着地点に近づくと、ちょうどその穴の中心でふんどし姿のフォルテが待っていた。
徐々に近づくとともに、イェヌは先程拾っていたらしきフォルテの衣服を彼の方に放った。
「いつも拾わせないでくださいよ!」
イェヌが不満を吐き捨てると、俺たちを迎えるフォルテは「かたじけない」と言わんばかりに片手をあげた。どうも常習犯らしい。
俺たちはゆっくりと着地し、開いた茂みが徐々に閉じられる様子を見た。
着地点では嵐の轟々とした音がすぐ近くにあり、木々の隙間から強大な風が吹き荒れる様が確認できる。
リーはグライダーを元の布に戻してリュックにしまい込んだ。
「この術式もあと数回持つかだなぁ。また作り直さないといけねぇ」
「それ、リーさんの手作りですか?」
俺は先程からリーの扱う器具が気になっており、ふと尋ねてみた。
「ん、あぁ、知らん?“魔術工学”って」
「あー
「物質に術式を込めて、自動的に発動する器具にすんの。
リーはリュックから板を取り出して、表面をタップし、操作する。
「これもそう。これはもっと複雑なシロモノでよほどのことがなけりゃ壊れない一級品。今までの戦闘、探索などなどの情報を格納してて、部品で拡張すれば、ここから呪文を詠唱する音声を発することだってできる。……って、おっさん!また勝手にいくなよ、今その嵐の解析してんだから!!」
前世でいうタブレット端末のような板をいじりながら、リーは突き進むフォルテの方に進み、文句を垂れた。
フォルテは嵐のすぐ近くのほうまで進んでおり、白い長髪が風に煽られて方々に乱れてしまっている。
イェヌはフォルテがリーを追う様子を見ながら、ジル王女に耳打ちした。
「何かの魔法なんでしょうか?人気はないようですが……」
「イェヌ、足元を見よ」
俺たちは嵐の前で足元を確かめた。
草花に覆われていた地面があるところを境に、石畳に変わっている。
ある部分は違った配列で石が組まれており、嵐の奥に向かって、まるで通路かのように伸びていた。
「クオルツの集落と同じ地点だというのは納得がいく。おそらく、この先に何かしらの建造物があるのだろう」
「もしかしたらこの嵐のおかげで家に籠ってるのかもしれませんね」
「フォルテ殿、その嵐破れるか?!」
ジル王女がフォルテに向かって呼びかけた。
フォルテは剣を抜く前の構えを取りながら、嵐の前で目をつむり黙っている。
「…………」
吹き荒れる嵐、巻き込まれて散りゆく草木。
その轟音を前にフォルテは像と化したかのようにぴたりと止まり、不思議と彼の周りだけは状況が静止しているように見えた。
「……ふっ!」
フォルテはカッと開眼すると、一気に抜刀した。その勢いで剣を天に向かって振り上げる。その衝撃が大きな刃となり、嵐に飛び込んだ。
すると、ぶおっと嵐が垂直に割れ、一瞬だけ奥が見えたが、すぐに元の形へと戻ってしまった。
「ダメか」
リーは眉をしかめて、解析に戻る。
「なんらかの魔法ですよね?ここら一帯でしか起きてないですし」
イェヌは嵐の幅、高さを確かめる。
「回転を相殺する術式だったらいけるかもしれませんが」
と言って、どの魔法を使おうか、ぶつぶつと言いながら考え始めた。
「……あ」
俺ははっとした。
兄直伝のあの魔法だ。先の戦でやむを得ず使ったために大量の報告書を生み出しやがったあの。
ただ、この大きさの渦までは生成できないが。
「イェヌさん」
俺は考え込んでいるイェヌに声をかけた。
「どうしました?」
「エドモント家の魔法で渦を使ったものがあるんです。ただこの大きさには自力でできないので、何か策があれば……」
「あぁ、
「できます。この嵐と逆方向に」
俺はフォルテほど前に進み、嵐を見上げた。
それから後ろのイェヌの方を向いて
「行きます!!」
と宣言し、杖を天に向けて呪文を詠唱した。
「
杖の延長線上に水平方向の渦を発生させた。その渦をもっと上の方、嵐の上縁のほうまで移動させ、勢いに持っていかれないように杖の方向を定めた。
後ろでそれを確認したイェヌが、
俺は杖を両手で支え、巨大化した渦を嵐と中和させる位置に持っていく。
渦はぐるぐると嵐と反対方向の気流となり、嵐の勢いを減弱させていく。
「ぐっ……」
勢いに持っていかれないように、脇と足を締めて、意識を渦に集中させた。
ぐらぐらと勢いに呑まれそうだったが、両足を前後にずらしてふんばり、嵐に変化が起きるのを待った。
その甲斐もあり、嵐は少しずつ勢いを緩め始め、奥の方が見えるほどとなった。
俺は追い込みをかけるべく、さらに杖に力を込めた。
そして、ついに嵐は姿を消したのだった。
「……やった」
俺は肩で息をしながら、空を見上げた。
嵐のせいか、森は開けており、空がしっかり見えるほどだった。
使い慣れない魔法で普段は魔力が吸われがちなのだが、イェヌの支援がかなり功を奏したようだった。
「見事だ」
気づけば俺の隣にいたジル王女が、ぽんぽんと俺の肩を叩き、ねぎらってくれた。
石畳の通路の先には看板があり、その奥に集落があることを示しているようだった。
フォルテ、リー、ジル王女が先を進むさまを見ながら、俺は気が抜けて、しばらくその場で突っ立っていた。
「ほら、あなたの手柄で進めますよ。さっさと行きましょう」
後ろからイェヌの声がして俺ははっとした。
急いで彼女の背を追った。
辺りは嵐に巻き込まれた草木の残骸でめちゃめちゃになっていて、むしろ開けて進みやすくなっていた。
イェヌたちの後を追ってしばらくすると、地面の一部が黒くなっていることに気づいた。
それは影のようになっていて、少しずつ大きくなっている。
「え?」
俺はふと、空を見上げた。
なにか、丸いものが落ちてくる。
丸いものは俺に目掛けて降下しており、四肢のようなものをばたつかせていた。
(え、生き物?)
俺は思わず、それを受け止める体勢に入った。
大きさとしては大きめのビニールボールほど。重さは未知数だ。
そして、ずどんっと俺の胸の中に、丸い生き物が飛び込んできた。
なかなかの勢いだったので、俺は受け止めた状態で地面に倒れ込んだ。
「だっ!」
丸いものを抱えつつ、俺は後ろに倒れ込む。
頭を手前に向けていたため、脳震盪を起こさずに済んだ。ただ、背中全身が痛い。
痛みに体をよじらせていると、自分の腹に重量感を覚えた。
落ちてきた丸いものの重量だった。
その丸いもののはずしっとしているが、表面がふかふかとしていて、癖になりそうな感触だった。俺は倒れながらも何度も手を滑らせてその丸いものを確かめていた。
「ダヴ!大丈夫ですか?!」
先に進んでいたイェヌが戻ってくる。
俺は丸いものを抱えたまま、ゆっくりと起き上がった。
ふかふかした丸いものは俺の腕の中でじっとしており、俺は起き上がってようやく、その正体を目の当たりにした。
丸くてふかふかとした黄色い体躯。
「×××××××××!!」
何かしゃべっている。
それから特徴的な黒い瞳。口から見える前歯。
見るからにモンスターである。
ただその様子は人間のように豊かであり、どうも俺を心配しているように顔をゆがませていた。
「あ、あぁ大丈夫だよ。君はけがしてないかい?」
俺はぽんぽんとその丸いものの背中にあたる部位を叩いた。
「え、あ、え?!ダヴ、なんですかそれは?!」
丸いものに気づいたイェヌが叫んだ。
「モンスターかなと思ったんですけど、どうも知性があるっぽいです。受け止めた俺を心配してくれてる?みたいで」
丸いものは泣きながら俺に抱きついている。
「こ、ここらに住み着いてるんですかね……?知性のあるモンスターってなかなかいませんが……」
イェヌは俺のそばでしゃがんで、その丸いものを観察している。
丸いものの表情にはあどけなさがある。モンスターの中でも子供にあたるようだ。
「おーい!ダヴ!イェヌ!ちょっと来てくれ!!」
向こうからリーの叫ぶ声が聞こえた。
俺はその丸いものを抱え、イェヌとともに奥の方へと駆けていく。
石畳の通路に沿って進むと、向こうのほうに遺跡のような建設物が見えてきた。
徐々に、フォルテ、リー、ジル王女の姿も見えてくる。
「どうしたんです……かっ、ってえ??」
俺たちはリーたちの元までたどり着くと、その先の有様に面食らった。
先の空間は確かに集落のようになっていて、あちこちに木製の家屋や蔵が建てられている。奥には向かうときに見えた遺跡のようなものがそびえたっている。
そして、その手前には、丸いもの。
黄色くて丸い生物たち。
「××××!××××!」
俺が抱えていた小さい丸いものが叫びながらじたばたし始めた。
すると、向こうのほうから成人らしき丸いものが2匹、こちらに向かってくるのが見えた。
俺はゆっくりと小さい丸いものをおろすと、それは2匹に向かって鳴きながら駆けていき、うち一匹に抱きついた。
「××!××!」
その様を見た丸いものたちは明らかに歓喜の表情を見せ、飛び上がる。
恐らく、行方不明だった子供が集落に戻ってきたことに喜んでいるようだった。
「なんだ……?モンスターにしては人間じみた……」
ジル王女はその様子を見て首をひねる。
「……まじ?」
板をいじっていたリーが呟いた。
「どうした?」
ジル王女が声をかけると
「今、彼らの音声ひろって解析かけてたんですけど……一緒です」
「何と?」
「クオルツの民の使う言語と、一緒です。
つまり、彼らが今回のクオルツの民です」
俺たちの目的であるハリの鏡の秘密を知る民族、クオルツの民。
ジル王女たちが驚く様子を見ると、前回の探索時とは全く違う見てくれをしているようだった。
「今まで……人間だったのに……」
イェヌがぽつりとつぶやいた言葉を聞いて、俺は彼らに追うように口をあんぐりと開けた。
そして、これがゲートの引き起こす変異なのだと身をもって知った。
ふわふわとした黄色く丸いもの。
あちこちにいる丸いものたちは、明らかに自分たちと見てくれの違う俺たちをじっと見ている。
「ど、どうしましょうか……」
俺たちは、どうすることもできず、その場で立ち尽くしていた。
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