第10話.反逆者



 イェヌは俺を連れて、謁見の間から数分歩いたところにある大きな扉の前に立った。扉には“紅爪の王女”のマークがついており、鍵は魔法で施錠されていた。

 イェヌは呪文を詠唱して、扉を開けた。中に入ると、魔術書、剣、精密機器のような道具、イェヌたちの所持品らしきものが多数おかれており、はっきりとした仕切りはないものの、各々のスペースを所持品で区切っているようだった。


 彼女は中央に置かれたソファーに俺を座らせて、俺の状態を確かめながら、回復魔法の詠唱を始めた。かなり手慣れた様子で、癒術士ヒーラーとしての訓練を積んだ人間の所作にしか見えない。

 先程のギュレン・アルガドのやりとりと彼女の言う“古巣”。


「もしかして……イェヌさんって……」

「え?あ、あぁ、元上級癒術士ヒーラーですよ。完全除籍にはなってないでしょうけど、今はジル様直属の魔導士ウィザードってことになってます。ジル様と一緒にいると、他にもいろいろやらなきゃいけないですからね。さっきの体術もその副産物です」


 彼女の魔法で、体の奥の倦怠感が薄まってくる。

 

「あとは栄養状態……これは魔法じゃどうにもならないから、ポーションですかね……」


 関節に残っていた炎症を取ってから、イェヌは窓側の棚に置かれた瓶を手に取った。中身を確かめて、俺に手渡す。

 俺は渡されたポーションを飲みながら、イェヌが俺の足首を包帯で固定する様を眺めていた。



「……反逆者」

 イェヌがぽつりとつぶやいた。


「え?」

「さっき、ジル様が“禁術”って言ったでしょう。癒術士ヒーラーの中に反逆者がいるようです」

「えっ……」


「リーの代わりに、説明しておきましょうか」


 イェヌは先の戦で何が起きていたのか、現時点でわかっていることを教えてくれた。


 先の戦——ドレク・ゴーンの襲撃。

 急な襲撃に国境に配置されていた部隊は応じることができず、すぐに王都に救援要請が出た。30年の休戦協定を結んでいた国の襲撃、ジェイド・ウィル・エスペランサ国王はドレク・ゴーン国王へ真意を問う書簡を送るとともに、戦闘経験が豊富なグリス第一王子とアデレード第四王女の軍を、襲撃を受けた国境、ベセデに送った。

 国王の迅速な決断の甲斐もあり、1日足らずでグリス王子、アデレード王女の軍はベセデに到着。相手にコンタクトをとろうと試みたが、ドレク・ゴーン軍は竜人化の代償により理性が失われており、ちょっとした会話すらも叶わなかったようだ。

 彼らは竜人化により、強大な攻撃力を持つ。予想以上の勢いに、軍に同行した癒術士ヒーラーだけでは治療支援はとても足りず、グリス第一王子は王都に癒術士ヒーラー応援要請を出した。


 そしてこの応援要請。国王から評議会に命が下った時、評議会所属のケネスという男が王都にいる癒術士ヒーラーに招集をかけ、応援部隊を組む手筈だったという。

 癒術士ヒーラーは下級として活動を認められてすぐに、第1~第7国王軍のいずれかに配属される。グリス王子、アデレード王女はそれぞれ第5国王軍、第7国王軍の指揮権を有しているため、このときは第1~第4、第6国王軍配属の癒術士ヒーラーが招集対象になっていた。

 ケネスは評議会で日頃使用する連絡網より、第1~第4、第6国王軍配属の癒術士ヒーラーで参加可能な者を確かめ、招集リストを急いで作成した。当初招集予定の人数は実際の3倍だったという。それに、上級癒術士ヒーラーの割合を多めにする予定だったそうだ。しかし、実際に招集に応じて集まったのが―—先の戦に参加した人数だったというわけだ。

 指揮官を命じられたテト・アルガド、副指揮官を命じられたクルル・リュブルは、招集時の癒術士ヒーラーの少なさを見て、評議会に意図を確かめようとしたらしいのだが、招集時には、招集をかけた張本人のケネスはいなかった。

 そこにはケネスの代理で評議会から来たというフォルトンと名乗る男がいて、彼ら2人に「問題ない」と返したそうだ。“双頭白蛇ドゥラクレイドスの杖”のメンバーであった2人は、評議会の人間に強く逆らうことができず、そのまま出発するしかなかったという。


 しかし、実際にはフォルトンという男は評議会にはおらず、招集を取りまとめたケネスは部隊出発した2日後、精魂が抜かれたように王都郊外で放浪しているところを保護されたのだった。

 部隊は部隊で現地到着してまもなく、テト・アルガドが失踪。現状を把握しに彼が負傷兵の元に駆けていくのをクルル・リュブルが見たのが最後、彼は後日遺体となって発見されている。

 あとの惨状は俺が経験したとおりだ。


 まずそのフォルトンとやらが何か工作したに違いないのだが、招集時に現れて以降、その姿を見たものはなく、クルル・リュブルの証言をもとに似顔絵を作成し、グリス王子直属の憲兵団が捜索にあたっているものの、手掛かりすら見つからないらしい。

 並行して保護されたケネスの精神鑑定も行われた。これがなかなかに難航したという。精神鑑定は思想を一切排した鑑定官アプレイザーによって行われる。何らかの術式がかけられていることは間違いないが、どの術式か解き明かすことがなかなかできなかった。結局、鑑定官アプレイザーのトップを呼び出す羽目になり、そのトップが、現国王即位時に禁術と認められた“月の幻惑グッテ・デ・ルヌ”がケネスにかけられていると見抜いたのである。


「ギュレン・アルガドもその禁術をかけられていたと?」

「そういうことになりますね」


 なんなら俺が閉じ込められていた地下牢にいた見張り兵もかけられていたらしい。拘束した法執行官コンスタブルは、惑わされたギュレン・アルガドに脅されていただけらしいが。

 ただ、そうやって複数名に“月の幻惑グッテ・デ・ルヌ”がかけられているのが事実なら、事態は深刻だ。どこで混乱の種が撒かれているかわからないし、今のところ癒術士ヒーラーの中でのみ被害者が出ているとは言え、先の戦では国王軍にも多大な影響を及ぼしていたわけなのだし、まわりにまわって国王に対してなんらかのたくらみを持つ者が状況を引き起こしていたのだとしたら、早急に対処しなくてはならない。


 つまり、俺は運悪く惑わされたギュレン・アルガドに振り回されていただけだったようだ。ただ、異様にエドモント家のことをギュレンが口にしていたことは気になる。状況が落ち着けば、詳しい事情を知ってそうな身内に後日話を聞く必要がありそうだ。

 いつ状況が落ち着くかわからないが。


「現国王は自主性を重んじます。評議会がそれに甘えて好き勝手したのも状況をわかりにくくした原因だと思うのですよ。ジル様は今、グリス王子に評議会メンバーを始めとした早急な精神鑑定を提案しているはずです。あとは、」


 イェヌはコート掛けから一着のローブを取り出し、保護用の布を取り除いた。


「この状況を引き起こした人間が何者なのかっていうのと、“どうしてドレク・ゴーンは休戦協定を破って襲撃したのか”を、これから調べに行く。ってわけです」


 左袖に“紅爪の王女”のマークがつけられた黒いコートを俺にあてがい、イェヌは「わかりましたか?」と首をかしげて尋ねる。


「え、え?……調べる?ってこれは?」

「急ぎだったんでお古ですけど、貴方のコートですよ!このあと、出発するんで、それ着てってください!」

 そう言ってコートを俺に押し付けると、イェヌは自分の準備を始めた。


「え?俺?アデレード王女と?」

「元気になったんですから脳みそ回してください。ジル様は、貴方を新しい仲間として迎え入れたんです。このあと、現状の手がかりを探すため、王都を出ます!」

「え、王都を?!」

「だって、今、癒術士ヒーラーたちのところに戻ったって、スキャンダルの的にされるだけですよ?禁術かけられてる人まだいるかもしれませんし。もうね、無駄無駄!はいっあとはこれとこれ持って、ジル様のところに行きますよ!」


 片腕しかコートに袖を通していない俺に向かって、何か道具を入ったカバンをほいほいとイェヌが放ってくる。

 俺はなんとかそれを受け取り、コートをしっかり着込んで、カバンのストラップを肩に引っ掛けた。


「え、ていうか手がかり探すって、どうやって?!」

「もうなよっちぃですね!四の五の言わずついてきなさい!」




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