第5話.巣の中の雄雛
アデレード王女は俺たち3人の姿、そしてその向こうにいる逃げ延びた負傷兵や
「状況を説明できる者は?」
その鋭くも澄んだ声に核心を突かれたような気がして、俺の背筋はびくっと跳ねた。
すぐさま、隣のクルル・リュブルが名乗り出る。
「第2国王軍所属のクルル・リュブルです。指揮官テト・アルガドの代わりに副指揮官として状況をまとめておりました!」
「代わり?そのテト・アルガドとやらはどうした?」
「実は……失踪しまして」
俺とゴルディは知らされてなかった事実にぎょっとした。
確かにあの状況で知らされたら混乱しか生まれなかったわけでここまで彼女が伏せていたのは英断ではあるのだが。
驚きと「あぁ、やはり」という諦念が心の中で混濁する。
「失踪?逃げたのか?」
「それが、わからないのです。現地到着時にはともに行動していたのですが、急に……竜人が現れる前だったので彼らに殺されたとは思えないのですが……」
「ふむ……その後の状況は?」
クルル・リュブルは黙った。
そのあとのことなら、俺たちもわかる。
竜人の襲撃によってうやむやになりかけていたが、そこにかこつけるほど、クルルは狡猾ではない。
「……」
「何かやましいことでもあるのか?それともお前らの政治か?」
「あ、あのっ」
気まずさに思わず声が出てしまった。
アデレード王女は激甚な爬虫類のような瞳でこちらを見た。
あまりの威力に小動物にように動けなくなる。
この手の沈黙が前世からひどく苦手な俺は、のどの中で息が空回りするのを感じた。
「なんだお前は?
俺が標的にされて焦ったのか、クルルは気を持ち直して
「彼は……私の補佐を懸命に務めてくれた者です。彼の妙案で一時状況はまとまりました」
と俺を庇った。
アデレード王女は珍妙な物を見るような目つきで
「こやつが?お前、名は?」
と俺に尋ねた。
「だっ、ダヴァン・エドモントです」
喉に息が引っかかって情けなくつまずいてしまった。
それも当然だ。年相応でかわいらしい顔立ちなのに似合わぬ覇気。先程の変身を見れば、それくらいの圧力を湛えていて当然なのだが、脳が処理を拒否してしまうのだ。
「
ふふっとアデレード王女は滑稽なものを見るように笑った。
かわいらしい顔に笑みがこぼれて、本来はこちらもそれでほころぶはずなのだが、そんなことは全くない。顔に似合わぬ恐ろしさだ。
それから彼女はじろじろと俺を見ていたが、それ以上興味をそそるものがなかったようで、すぐにゴルディに視線を移した。
すると、アデレードの背後からドドドド、と音がした。
見てみると、こちらに早馬が駆けてくる。
「ジル様ーッ!!ジル様!」
馬の上から女性がアデレード王女に呼びかける。
彼女を追ってきたようだ。
アデレード王女の
かなりの勢いで駆けてきたためか、俺たちの前に止まると同時に、あたりに砂埃が舞った。
「イェヌ遅いではないか。竜人どもはとうに片づけたぞ」
アデレード王女は慣れた様子でイェヌに向かってため息をつく。
「ジル様が速すぎるんですよ!」
イェヌも負けじとため息をついて、馬を降りた。
「それがッ!ジル様!大変なんです!」
「騒がず、事実だけ言え」
「それがッ、ドレク・ゴーンが撤退を始めたんです‼」
「何?」
イェヌの言葉に俺たちもざわついた。
「いつごろだ?」
「ジル様がこちらに向かってからすぐ……」
イェヌという女性は乱れた髪を整えながら、息を切らしてアデレード王女に詳細を説明し始めた。
アデレード王女がドラゴンの姿になって俺たちの元に飛んで行ってすぐに、ドレク・ゴーンが戦闘をやめて退却し始めたと。
彼らを追うこともできたが、戦闘を指揮していた第一王子グリスの判断で追撃はやめになったと。
大体一段落ついたところで、イェヌは俺たちに気づいたのか、目の前の状況を見回した。
そのあまりの凄惨な状況に目を見開いて
「うっわ!流石にやられすぎなんじゃないですか?!」
と遠慮もなく言ってのけた。
彼女の言動に俺たちもぎょっとした。
(そんな、言わなくてもいいじゃないか)
おそらく読めないタイプなんだろう。
アデレード王女は彼女を諫めることなく
「それで、兄上は?」
と淡々とイェヌに尋ねた。
どうも彼女の読めなさに慣れているらしかった。
「あ、あぁ……まだ戦線におりますよ。退却はドレク・ゴーンを見送ってからになるかと」
「そうか。こちらでも気になることが起きていてな。早々に状況を確認する必要がありそうだ」
それからアデレード王女は戦場の方に数歩進み、頭上に光の魔法陣を出現させた。
光の魔法陣がアデレード王女の方に降りゆくとともに、彼女は紅いドラゴンの姿へと変身していく。
ドラゴンの姿になったアデレード王女はイェヌに向かって
「戻るぞ、ついてこい!」
と言い、大地を強く踏んで、天空に向かって飛びあがった。
イェヌを向いた後に、一度こちらを見たような気がしたが、彼女はあっという間に空に弧を描き、戦場の方へと飛んで行ってしまった。
イェヌは焦って馬に飛び乗り、
「もう!私は飛べないんですから!ジル様‼」
とぼやきながら、アデレード王女の後を追った。
また、辺りは静かになった。
彼女たちが現れた衝撃で現状を飲み込むまでに時間がかかったが、イェヌの姿は見えなくなってようやく、戦が終わりつつあることに気づいた。
ゴルディも力が抜けたのか、大きくため息を吐いて、ぐっと伸びをした。
「終わったな」
ゴルディは俺の背中を軽くたたくと、逃げ延びた
藍色が空を占める割合が増えてきた。
本格的に暗くなる前にいつでも戻れるように準備をしておかなくてはならない。
「行きましょう、クルルさん―—」
とアデレード王女たちを黙って見送っていたクルルに呼びかける。
(えっ)
その横顔には、涙。
彼女の瞳から一筋の涙がこぼれていたのだ。
一瞬、悔しさ故かと思ったが、どうも違ったようだった。
彼女は涙を流しながらも高揚していたかのように見えた。
まるで歓喜だった。
そのときの俺は、無事に帰れること、なんとか責務を全うできたことに感極まっているのだろうと楽観的にとらえていた。
―—あの日が来るまでは。
その後、俺たちは無事に王都に戻り、各々の日常に戻ることになるわけなのだが。
日常がすぐに異形のものへと変わることに、このころの俺はまだ気づいていなかった。
すべては、テト・アルガドの遺体が発見されたことから始まる。
→第一章へつづく。
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