第2話.トリアージ②
スックに連絡を任せて、俺はトリアージを続けた。
彼が向かう前にこの方法で重要なポイントを2つ付け加えた。
『間違いを恐れない』
『スピードを優先させる』
一字一字ねちっこくなぞるようにスックに伝えた。
トリアージの肝はその迅速さだ。傷病者がどういう状態かわかるようにタグ付けを行うわけなのだが、この非常事態にタグ付けでチンタラしてたら元の子もない。
とは言え、タグ付けの判断を誤れば、傷病者の命に関わる。だからこそ慎重にやるべきだという考えは非常に理解できる。この惨状の中であれば、プレッシャーはいくらでも膨れ上がるし、正確さに気をとられて当然だ。
しかし、それでも重要なのは迅速に判断し、とにかくタグ付けしていくこと。
たとえ間違えたり、容態が変わるのならば、気づいた者が修正すればいいのだ。
俺の提案をクルル・リュブルは飲んでくれるだろうか。
気がかりなのはそこだけだった。
そう、トリアージは迅速に動くだけでは不完全なのだ。
明確な指示系統を確立していなければ、この手法は最大限に効果を発揮できない。
俺の提案をクルル・リュブルが受け入れ、把握している現状を元に指示系統を構築しなければ、ただでさえ
俺はスックたちの連絡を待ちつつ、負傷兵たちにタグ付けを行った。
黒、黄、黄、緑、赤、黒、黒、黄、赤、赤、緑、黒、赤—
タグ付けは1人あたり1分以内で行う。
加えて、黒を見つけ次第、移動魔法で隅に移す。赤を見つけたら、羊皮紙に護符を描き、負傷兵に貼り付け、呪文を詠唱する。
黄、緑はまだ待機可能のため、治療に赴くまで待つよう呼びかける。
これらをただひたすらやった。
護符の作成はなかなかの労力を伴うのだが、やらないわけにはいかなかった。
それから、途中で惑う
何人かの
世代によって考えの傾向も変わる。今の世代の
一方、
俺は別に、「命に優先順位をつけましょう」と言っているわけではない。
むしろ、トリアージという手法は、
いわば、
黄、黄、緑、赤、赤、黒、黒、緑、赤、赤、黄、黒—
タグ付けを行い、遺体を隅に移動させ、赤の負傷兵に護符を貼る。
護符を貼る瞬間にぐっと手に力を入れ、魔力を込め、呪文を詠唱する。
終えたら立ち上がり、次の者に取り掛かる。
黒、移動、赤、護符、黒、移動、黒、移動、赤、護符、黄、黄、赤、護符、黒、移動、赤、護符、赤、護符、赤、護符、赤、護符、赤、護符—
次第に、脳が膨張していく心地がした。
緑、黄、黄、緑、赤、護符、赤、護符、黒、移動、赤、護符、黄、緑、赤、護符、黒、移動、黒、移動、赤、護符、赤、護符、黄、黄、赤、護符、緑、黄、赤、護符、赤、護符、黒、移動、赤、護符、黒、移動、黄、黄、黄、黒、移動、赤、護符、赤、護符、黄、赤、護符、黒、移動、黒、移動、赤、護符、赤、護符、緑—
赤、護符、赤、護符、黄、緑、緑、赤、護符、黒、移動、赤、護符、赤、護符、黒、移動、黒、移動、黄、黒、移動、赤、護符、黒、移動、黒、移動、黒、移動、赤、護符、緑、赤、護符、赤、護符、緑、緑、赤、護符、黄、黒、移動、赤、護符、赤、護符、赤、護符、赤、護符、黒、移動、赤、護符、赤、護符、黄、黒、移動、赤、護符、赤、護符、黄、黄、赤、護符、赤、護符、黒、移動—
どれくらい―経っただろうか。徐々に脳の情報処理が追い付かなくなってくる。
地平線を飛ぶ戦火や轟音がより遠くから聞こえるような気がする。
高音を伴う衝撃波、地響き、爆発音。数㎞ほどしか離れていないはずだし、鼓膜にかなり響くほどの音量のはずなのだが、どうも画面越しに聞いている心地になる。
スックたちはまだなのか。視界の隅でタグ付けを試みようとする同胞の姿がちらりと映った。同胞の協力が身に染みるが、同時に虚しさも感じ始めていた。
圧倒的に人数が足りない。
そもそも、どうしてここまで駆り出された
なぜ、これほどの戦場で上級に比べて圧倒的に
なにか、あるのか?
作業の中で困憊する脳からぶわっと魂が抜けたような感覚に陥り、俺は呆けつつも妙に冷静になった。脳から抜けた魂は遠く遠くの空に浮かんで、ぼうっとこの惨状を眺めたつもりになっている。
空に近づくと、遠く向こうの記憶が接続を試みてきた。
『〇〇!あともう少しだ!踏ん張れ!』
(そんなの無理ですよ先生。これで精いっぱいなんです。)
前世で嫌になるくらい聞いた先輩の声。赤い線が袖に入った紺色のスクラブ。
目の前が揺らめいて、負傷兵が瀕死の老婆に変わった。
それから、瀕死の老婆が、見覚えのある若い医者に変わる。
ぼさついた頭だ。ろくに家にも帰ってないらしい。
そうだ。そうだった。
医局の机に突っ伏して、確か、そのまま。
すぅっと抜けたのだ。
すぅっと抜けて、漂って、漂って、そして、
あれ?じゃあ、この苦しみは、なんなんだ?どうして苦しいんだ?どうしてこんなに力を消耗しているんだ?
苦しいのか?息ができない?あれ?あれ?あれ??
今、俺、どっちだ??
「—エドモント、エドモント!」
俺ははっとした。はじけるような大声と戦火の余波が眼前のまぼろしをかき消した。
どうも、負傷兵に護符を貼って一瞬意識が飛んだようだった。
トリアージを開始してどれくらい経ったか―とぼんやり記憶をなぞりながら、俺は肩に見覚えのある黒いグローブを見た。
ウォルテ川のギルドで育った奴らのトレードマークだ。
「ゴルディ?」
緑色の短髪の男がこちらをひどく心配した様子で見ている。
ゴルディ兄弟の次男、トッド・ゴルディだ。
「スック・シャドウから話は聞いたぞ。お前、何枚護符を使った?1枚でも相当魔力が吸われるというのに無茶をするな」
それからゴルディは周囲を確かめ始めた。
俺はゴルディに押し付けられた回復ポーションを大事に抱えつつ、俺の代わりに作業を進める様をぼうっと見ていた。
「……クルル・リュブル女史は?」
「あぁ、シャドウが懸命に説明した甲斐あって、お前の提案を飲んでくれたぞ」
ゴルディは周辺でこと切れた兵士を数名定めて、ぱんっと手を叩く。
すると遺体があっという間に隅の方へと飛んで行った。それらを見送ったゴルディは、次に赤の負傷兵に護符を貼り始めた。
「ゴルディ、それで、状況は……」
「しゃべるな。お前ちょっと休んでろ。あと少しで彼女の……
なんてうちに、来たぜ」
ゴルディが指を差す。その方角から、青い光に包まれた大量の蝶がすごい勢いでこちらに向かって飛んできた。その多さに、俺はまたあの世に来たのか?と思ったが、蝶が近づくにつれ、頭の中にクルルの声が響き始めた。
『皆さん、遅くなって申し訳ありません。ようやく現状を把握することができました。これから伝える手法に従って、全力で治療にあたってください。連絡はこの“
それから、行うべき手法、トリアージ法の説明に移った。俺が伝えた手法と同じであった。伝書蝶の声は
「休んでろって言ったけど、」
ゴルディはつぶやく。
「あと少しだ。踏ん張れよ」
俺は頷いて、回復ポーションを喉に流し込む。まもなく、向こうからやってきた同胞たちを迎え、再度、本分を全うすることにした。
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