第21話 「イイトコ」の体育

 5月末のテストが近づく中のある日のこと。

 今日はこれから体育の授業がある。自然と気が滅入る時期にあって、体育の授業はちょうどいい息抜きになっていて、同級生も「さぁやるか」と気分が上がってきているのがわかる。


 ここ白桜はくおう学園の体育の授業は、たぶん他の高校にはあまりない独特なものだと思う。

 コマ数は週3、内1は基礎体力作りということで、走り込みだとか柔軟、たまにヨガをやったりする。

 で、メインと言えるのが2コマぶっ続けで行う方。学期ごとに1つ競技を決め、クラスごとにリーグ戦を繰り返す形式のものだ。

 これでクラスごとの結束を促しつつ、勝利に向けて戦略性や計画性の成長を促そう……ということらしい。

 単に、先生が楽しんでるだけじゃねーかという疑惑もある。

 で、1学期の競技はサッカーだ。



 砂の上を、互いの靴が滑るように動いて、絶えず音を立てる。俺を出し抜こうと、敵FWが小刻みに足を動かし、こっちはこっちで必死に食らいついていく。

 後ろの方からは仲間が駆けてくる音が聞こえる。前方には敵と、やはり同じように駆け寄ってくる敵チームの姿が。

 ここを抜かれると、割とヤバい。走りづめの心臓が少し高鳴り、小刻みな息が口から漏れ出る。


 お相手は経験者ってほどの感じではないけど、俺よりはうまい。俺を突破しようとボールを器用な足さばきで操り……

 でも、若干の焦りがあった。増援の到着は俺たちの方が早い。単なる一対一なら絶対に負けてただろうけど、勝負を急いだ隙を見抜いて足を割り込ませ……

 どうにかボールを奪い取った。すぐさま全力で蹴り飛ばし、前方へと送り出す。

 一仕事終えたところで、駆け寄ってきた仲間の連中が拍手してきた。


「ナイスゥ継森ィ~」


 こいつら、楽そうでいいな……まあ、忙しいのが俺の仕事ではあるけど。

 一方、ボールを奪われたお相手は、前線に戻る前に軽く息を整えていた。


「抜けると思ったんだけどな……経験者か?」


「いや、全然」


「へえ、やるじゃん。でも、あんま無理すんなよ。へばる前に下がらせてもらったらどうだ?」


「鬼のいぬ間になんたら、って?」


 弾む息で軽口を叩くと、お相手は鼻を鳴らした。自軍側へ駆けていく、その背を眺めて息を整えてから、俺も前線へと足を向ける。


 この授業のサッカー、普通とはルールがだいぶ違う。選手入れ替えは無制限で、休憩もちょくちょく入るルールだ。

 スポーツに力を入れるような校風ではなく、そもそも部活動もない。どのチームも経験者はごくわずかだ。

 そんな経験者を出ずっぱりにするか、ここぞという時に全力で働かせるか。大多数を占める未経験者をどのように起用するか、この辺が駆け引きになる。

 俺たちのリーダー相川の戦術は、回転率重視で、休息を終えた奴をガンガン投入するっていうものだ。他のチームも、大体はこんな感じの戦術に落ち着いている。

 この辺、先生の目論見通りなのかなとは思う。休憩時間多めで、入れ替えタイミングがしばしばあるおかげで回転率が良く、全員が何らかの形で参加しやすい状況にある。


 そうしたチーム事情の中、俺はMFでもDF寄りの位置に配置されていた。サッカー経験者じゃないけど、体力がある方だってのは周知されていて、それを活かすためだそうだ。

「ボール追っかけ続けてくれれば、それで仕事になる」とかなんとか。

 というわけで、攻め込まれた時の足止めだとか、攻め込む時に追加の押し込み要員ということで走り回ってる。テクよりも体力勝負ということで、キツくはあるけど働きの割には気楽にも思える、そんな立ち位置だ。


 さて、ボールを奪って前方へ送り込んだことで、攻守は逆転した。とはいえ、そうそう攻めきれるものでもない。こっちも向こうも、数少ない経験者はだいたい守りに就いている。

 だから、攻めきれずにセンターリングで球を上げられ……また俺の仕事がやってくる。


 結局、双方無得点のまま前半45分が終了した。自軍ベンチに全員集合し、スポドリを流し込む。一息ついたところで、汗だくの相川が口を開いた。


「後半の戦術だけど……とりあえずMFは取っ変えたい……」


「走りっぱなしだったからな…………」


「ただ、一気に抜くとバランスが崩れるのが心配だし、時間差で入れ替えたいな……」


 つまり、まだイケる奴が一人残れってことだ。

――客観的に見れば俺になる。


「じゃ、もう一仕事するか」というと、「マジで悪いな……」と相川に謝られた。

 コイツもコイツで息も絶え絶え、働き過ぎってぐらいなんだけど。


 とかなんとか、後半戦の戦法について話し合っていると……

「イエー、元気してる~?」と陽気な女の子の声が飛んできた。

 顔を見て確かめるまでもない。月島さんだ。

 実際には一人じゃなくて、もう一人。七瀬さんも一緒に様子を見に来ている。


「ねえねえ、勝ってる?」


「あっちにスコアボードがあるだろ?」


「知ってるヨーン」


 ほんと、食えない子だな。

 まあ、俺たちの方は置いといて……女子はソフトボールだ。「そっちは?」と問う声に、「0対0だよ」と七瀬さん。


「そっちもか……なあ、継森。助っ人に行ったらどうだ?」


「はあ?」


「お前が行けば何点か入るだろ~、助けてやれよ~」


「追い出されて終わりだっての」


 行くわけないだろ、まったく。

 と、そんなやり取りに、女の子二人は笑いつつも興味を示してきた。


「継森君、ソフトボールやったことあるんだ」


「いや、野球の方だけど」


 そう答えると、月島さんが腕を組んで微笑を浮かべた。


「実を言うと、継森ちゃん・・・の力を借りれたら嬉しいってのはあるんだよね~。主力がひとり抜けてるし」


 ん? 今日は誰も欠席してないけど……


「もしかして、誰かケガを?」


 尋ねてみると、七瀬さんがコクリとうなずいた。


「藤原さんが、今保健室にいるの」

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