第20話 義を見てせざるは何とやら

 どうしてこんなところに花村さんがいるのか、俺ともしても尋ねてみたいところ。向こうからの申し出はちょうどよかった。


 そうして特に会話もないままに二人で向かった先は、駅前のカラオケだった。

 花村さんから声をかけてきたものの、カラオケ自体は不慣れなようで、受付はぎこちない。

 俺も人のことは言えない。

 それでも、丁寧な店員さんのおかげで何事もなく事が運び、二人で部屋に入った。テーブルを挟んで向かいあって座り……少しの間、沈黙が続く。


 どういうつもりなんだろう?

 花村さんは、緊張した感じには見えるけど、浮足立った様子はない。単に、何か重要な話があるだけのようには映る。

 ただ静かに出方をうかがっていると、花村さんが口を開いた。


「今更なこと聞くけど……今日もやっぱり、なんていうか……先輩から声かけられて、って感じだったんだよね?」


 隠すだけ無駄って感じだ。これまでのことも、ある程度は把握してそうだし。


「まあ、そうだけど……」


 こういうことは、知られて良い気はしない。つい、視線が伏せがちになる。

 ややあって視線を戻し、花村さんに顔を向けてみると……どこか思いつめたような顔をしていて、ドキッとしてしまう。


「実を言うと、私も継森君のことは気にしてて……学校中の注目の的だけど、どんな感じの子かな~、もし私が付き合うことになったら、それはそれで面白いかな~ってぐらいの、軽い気持ちだったんだけど」


「だけど?」


「さすがに、いたたまれなくなってきて……」


 そして、軽く身を乗り出し、真剣な眼差しを俺に向けてきた。


「私で良ければ、相談に乗るよ! 何か手助けできることがあるかもしれないし」


「それは……うん、ありがたいんだけど」


「何?」


 自分自身、ロクでもない状況にあるとは思う。ただ……


「ここまで心配されるほどかなって……」


 単に、この子の感受性や共感性が高いってだけかもしれないけど、花村さんの感じ取り方がオーバーな気がしないでもない。


「でも、実際に具合悪くなっちゃうぐらいだったでしょ? それなのに、無理しなくたって……!」


「ん? 具合が悪く?」


「えっ? こないだ保健室に……」


 ああ、そっから勘違いされてたのか。


「アレはただの低血糖で」


 誤解を解くための短い言葉は、むしろ花村さんには強く刺さったのかもしれない。一瞬の真顔のあと、視線が泳いで逃げて、なんとも言えない感じの顔が横を向いて赤らみ――

 なんかいたたまれない沈黙の後、吹っ切れたようにまくし立ててくる。


「た、ただの低血糖って、それも軽く考えちゃダメなんじゃないかなあ?!」


「は、はい……おっしゃるとおりです」


「じゃあ、何か甘いものでも食べようよ、ね!?」


「……それはそれで不摂生なんじゃ?」


 いらんツッコミを入れると、「私も食べたいの!」とキレ気味の笑顔で返された。

 割と押しが強いな。

 でも、俺を事をかなり心配してくれていたってのは、なんとなくわかる。


 かくして、それぞれパフェをひとつずつ頼み、程なくしてモノがやってきた。

 しばらくの間、グラスとスプーンが触れるだけの、ちょっと気まずい静かな時が流れ……

「継森君」と声をかけられた。


「一応聞くけど、私が勘違いしてただけで、体調崩すほどには悩んでなかったってこと?」


「う~ん……そこまでのもんじゃないよ、ホント」


「……それでも、イヤなものはイヤじゃない?」


 スプーンを止めて花村さんに顔を向けると、優しげな微笑を向けられた。


「でもなあ、こういうこと相談するってのも恥ずかしいし……」


「それを言うなら私だって! 『やっぱ勘違いでした、へへへ』で引き下がるのは、ちょっと恥ずかしいよ」


 それはそうか。さっきのやり取りを思い出してみると、あの剣幕での言葉を引っ込めるってのは……


「あ、恥ずかしいから、その……思い出さなくていいよ?」


 あらぬ方向に目を向けた俺の思考を読んだのか、若干手遅れだけど、花村さんが声をかけてきた。


「実際、相談に乗ってくれるのはありがたいけど……なんか申し訳ないな。別に、聞いて面白い話ってわけでもないし」


「いいよ、そこは。ただのおせっかいだし……興味半分で継森君の事を様子見しておいて、困ってるの知らんぷりして逃げるのは、薄情で恥ずかしいから……それだけ」


 単に、明るくて勉強できる子って印象だったけど……生真面目と言うか、まっすぐというか。

 いい子だな、うん。

 あんまり頼りきりになると悪いけど、味方になってくれるっていうのなら、その気持ちだけでも心強い。


「じゃ、相談に乗ってもらう時は、なんか甘いもんでもおごるよ。タダだと申し訳ないし」


「えっ、そんな~。別に気にしなくていいのに~」


 とは口で言いつつも、どことなく嬉しそうに頬を緩める花村さん。

 かわいいとこもあるな、うん。

――黙っててもかわいい子だとは思うけど。


「今日は、自分の分は自分で払うってことで」


「そこはね。私の方がいいの食べてるし」


「それはある」


 俺のが慎ましく見えるくらい、花村さんのは立派なパフェだ。注文した時の勢いもあるんだろう。「夕飯大丈夫?」と、つい気になって尋ねるも、「それは別腹」と言って笑われた。


「……それで、困ったら相談に乗るって話だけど、大した相談じゃなくても全然いいからね? 授業のこととかでもいいし」


「ああ……数学とかは、本当に助けてもらうかも」


 すると、自信有りげな笑みを浮かべ始めた花村さん。さすがに、自分がデキる方だという自負はあるらしい。

 数学以外にも、理系や情報科目については、バンバン頼っていいよとのことだった。


「なんなら、『パソコン壊れた』とか、『スマホ買い替えたいんだけど』とか、そういうのでもいいよ。実際、機種変の相談は、ついこないだやったぐらいだし」


「しかし、そういうことまで頼るってのも……」


「ま、そこは私よりも先にお財布と相談してね」


 うまいこと言っちゃって。

 目が合うと、スプーンを口に咥えながら、ニッコリと笑みを向けられた。


 とりあえず、花村さんのおかげで、今日はいい気分で寝られそうだ。

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