第18話 鶏と卵
まず、「私にはお姉ちゃんがいるんだけど……」と話を切り出した金原さん。
「生徒会長さん?」
「うん……」
やっぱりね。名字同じだし、どっちも背高いし。
ただ、金原さん――というか金原恵さん、ああいや、恵ちゃんでいいや――的には、ああいうカッコいいお姉ちゃんがいることについて、なんか思うところあるようで。
「立派な人だとは思うんだけど……苦手意識というか、劣等感を覚えちゃって……」
「そっか~」
お姉さんのことを、キライとは言わなかった。たぶん、つい避けちゃってるってカンジなのかな。それきり口を閉ざし、上目遣いにこちらをチラチラ見てくる恵ちゃん。
おとなしい大型犬ってこんな感じなのかな――とか、メチャクチャ失礼なことを思っちゃった。
「自分のペースでいいからね、恵ちゃん」
「えっ、め、恵ちゃん?」
「金原さんの方が良かった?」
微笑みかけると、金原さんはだいぶ迷った後に、「恵の方が……嬉しい、かな」と言ってくれた。
コーヒーゼリーにスプーンを入れ、チビッと口に運ぶ恵ちゃん。少し間を置いて、再び話し出した。
「こんなこと言うと、バカにされるかもしれないけど……」
「ダイジョーブだって~。誰にも言わないしさ、安心しなよ?」
ティラミスをつつきながら応じると、だいぶためらいがちな感じだったけど、恵ちゃん自身が恥ずかしく思っていることを話してくれた。
「継森君と、もしも仲良くなれたら……継森君、すごく話題になってる人だから……お姉ちゃんに自慢できるかなって。それで……私、何か変われるかなって」
「ふむふむ」
バカにするなんてとんでもない。思ってたよりも、ずっと普通の、でも真面目な話だった。
気になるのは「何か変われる」の、その中身。
だけど、今は深堀するのはやめとこ。恵ちゃん自身、目指す「何か」が何なのか、方向性とかすごくバクゼンとしてる感じだし。
ともあれ、継森君狙いで動く他の女の子たちに比べれば、ずっと健全だとは思う。
自分本位って言えばそうだろうけど、恋もそういうもんだと思うし。
それに、恵ちゃんが言っているのは、恋愛のもっと手前の段階だから。継森君的にも、別にそこまで迷惑じゃないとも思う。
ただ、恵ちゃんとしては、気に病むところが色々あるみたいで。恵ちゃん的に恥ずかしい話は、実はここからが本番だった。
恵ちゃんは保健委員なんだけど、立候補したのは、もしも継森君が体調不良になったら、それをきっかけに――みたいな理由だとか。
もちろん、ダメ元でそういうことを考えてたそうだけど、本当にそういう事態が起きちゃったわけで。
「――そのために保健委員になったっていうのに、チャンスを生かすどころか、結局なにもできなくて……それに、こういうことをチャンスだなんて思ってたことが、継森君に申し訳なくて……本当に、情けなくって、どうしようもなくて」
ひとしきり打ち明けてくれた後、恵ちゃんは深いため息をついた。
そういう場面で私に背後を取られちゃったわけだから、ああいう反応になったってワケね。
罪悪感とか自己嫌悪的ななんやかんやでドン底な感じの恵ちゃんだけど、私はそう悪くは思わなかった。
「こういうこと、正直に打ち明けてくれるだけで、十分勇気あるって」と励ますと、恵ちゃんは力なく微笑んではくれたけど、気分は晴れないみたい。
「じゃ、こっから私のターンだから……ぬるくならない内に食べよ?」
まだほんの少ししか減ってないコーヒーゼリーと、手つかずのジェラートを指さすと、恵ちゃんは「うん」と小さくうなずいた。
甘いモノで元気になってくれればいいんだけど……ま、私次第かな。
「継森君と恵ちゃんが仲良くなるってのは、いいことだと思うんだよね」と言うと、心底不思議そうな顔がこちらに向いた。
いやさ、そんな顔しなくたって。
「継森君だって、別に女の子全般が嫌いってわけじゃないだろうしさ~。フツーの子と仲良くなるのは、継森君としてもいいことなんじゃない?」
「わ、私なんかでも?」
「……う~ん、どうだろね」
こう返すと、また少し気落ちした様子になる恵ちゃんだけど……
これで残念に思うってことは、まだ「その気」はあるってことなんじゃないかな。ティラミスをフォークで切りつつ、私はいい感じの言葉を探していった。
「あ~、アレだ、アレ。『鶏と卵、どっちが先か』ってヤツ」
「鶏と卵?」
「ん~と……恵ちゃんが『私なんか』って言ってる間は、継森君も仲良くしづらいと思うんだよね。で、継森君が仲良くしてくれたら、恵ちゃんも『私なんか』だなんて思わなくなる……そうじゃない?」.
「……うん」
「んでさあ、恵ちゃんが『私なんか」って思わなくなるのが、一番手っ取り早いと思うんだけど、どうかな」
実際、結構難しい注文なのかなとは思う。そもそもの根っこにあるのが、お姉ちゃんへの劣等感なわけだし。
でも……たぶん、ここが肝心なんだよ。
「ちょっとでも変わりたいんでしょ?」
「……うん」
「じゃ、二人で頑張ってみない?」
提案してみたところ、「えっ???」みたいな顔で目をパチクリされた。
「恵ちゃんが自信持てるようにして、そんでもって継森君と仲良くなるの、私も手伝うからさ」
「でも……どうして?」
「う~ん……なんだかほっとけないし、二人ともさ。乗り掛かった舟だし~」
「だけど」
「私じゃ頼りない? 自慢じゃないけどさ~、現状、クラスで一番継森君と会話してる女だよ?」
それから、「ああいや、クラスっていうか、きっと銀河系で一番だね」と付け足すと、「ふふっ」と含み笑いを漏らしてもらえた。
実際、私はお隣さんだからってのもあるけど……他の子がお隣さんになったとして、どうなるんだろうとは思うんだよね、継森君。
少なくとも「第一人者」の私を、恵ちゃんは認めざるを得ないみたい。反論のない恵ちゃんに、私は意地悪く微笑んだ。
「羡ましいっしょ?」
「……うん」
「じゃ、決まりね。二人で色々作戦考えてさ、ちょっとずつでもいいから、仲良くなってみようよ。その方が絶対楽しいよ?」
「うん」
恵ちゃんって、押しや勢いに弱そう子だと思うけど、これは本心でノッてくれたんだと思う。来た時よりも、顔が少し明るくなってるように見えるし。
「ハイ握手~」と言って手を差し出すと、すぐ応じてくれた。少し色白で、細長くて、キレイな手だった。
なんちゅーか、いわゆる「手タレ」感がある。ハンドソープのCMに出てくる、みたいな。
私の方が主導権を握ってるけど、実は恵ちゃんを羨ましく思う部分もある。少しそのことについて考えていると、「月島さん」と声をかけられた。
「何?」
「ジェラート、半分こしない?」
控えめな笑みで問いかけてくる恵ちゃん。「実は気になってたんだよねえ」と言うと、安心したようにニコッとして、私たちの間に皿を動かしてくれた。
笑うとカワイイ。
というか、何してなくてもキレイなお顔。ただ、沈んでさえいなければ……だけど。
でも、憂いのある顔も、お芝居とかならきっと魅力的に見えるのだと思う。
縮こまったような猫背も、シャキッとすれば映えるだろうし……
たぶん、スタイルも絶対いい。
いや~、対人的な能力とかなら負けないと思うんだけど、ルックスでは完敗かな~。
じゃあ、継森君に色仕掛けが通用するかって言うと……どうなんだろ? って気はするけど、この顔と身長でコンプレックス感じちゃってるのは、ちょっとゼータクな気もするね。
恵ちゃんがもう少し自分に対して前向きになれたら……本当に、色々と変わってくるとは思う。
――うん。私がこの子に構うのって、たぶん、このままじゃもったいね~~って思いもある気はする。
余計なお世話かもだけどね。
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