第16話 外堀の同盟
放課後になっても、継森君は結局戻ってこなかった。
おそらく、保健室で寝ているのだと思う。それ以外の何かで事が進展を見せているのであれば、先生方も動きがあって……継森君のカバンなりなんなりを回収するはず。
そうなっていないのだから、頃合いを見計らって保健の先生が彼を起こし、一度教室に戻って下校――というのが、一番有りそうな流れだと思う。
たぶん、深刻なものではなかった。そう予想はつくとはいえ、それでも学級委員としては心配だった。
私も彼を狙うひとりでしかないのは重々承知だけど……それ以前に、やっぱり同じクラスメイトだから。
そうは言っても、彼の様子を見に行こうというのは気が引ける。
これをいい機会と捉えて近づこうとしている……とは思われたくないし、彼がそう思っていなかったとしても、弱っているところにつけこみたくない。
そういう、さもしくてコスいことはせず、彼と普通に仲良くなって、私の魅力に気づかせたい。
彼のことを心配に思う気持ちと、今は適切な距離を保っておきたいという考え。
両者の板挟みにある私は、折衷案を打つことにした。
「相川君」
帰り支度をしている彼の元に近づき声をかける。周囲には仲の良さそうな男子が数人。
「どうかしたか?」
「いえ、この後時間があるなら、少しお茶でもどうでしょう?」
思えば、男子にこういうお誘いをするのは初めてだけど……対して緊張していない自分がいる。
いま演じているキャラを踏まえるなら、もう少し緊張と恥じらいを見せておくべきだったのかも。
今更なことを考える私の横では、クラスメイト達が「へえ~」と興味ありそうに視線を向けて来る。
「いわゆるデヱトってやつですかい?」
こういう学校だけど、こういう男子もいて……そんな事実に、むしろ安心感を覚える。
……というか、こういう男の子たちも一緒なら、ちょうどいいんじゃないかしら。継森くんの味方でしょうし。
「よろしければ、みなさんもご一緒にどうでしょう?」
「は?」
これは予想外の申し出だったらしく、男の子たちが固まっている。
「デートというより、ハーレムですかしら?」
――と、調子に乗って余計なことまで言っちゃった。この方が早く仲良くなれるかとは思うのだけど。
実際、相川君は「じゃ、そうするか」と楽しそうに応じてくれた。
男子数人に、自分で言うのもアレだけど紅一点。そんなグループで向かったのは、駅前のハンバーガー屋だった。
ただ、店の前で思い出したように、私たちの高校らしい慣用句が飛んでくる。「食べられないものってあるか?」と。
お家の戒律でジャンクフードや、買い食い・間食自体を禁じられている子も、私たちの学校では決して珍しくはない。
「私は大丈夫です」
「へえ、意外。普通のウチ?」
問われて少し悩む。入学は受験を通じてのものだったけど、金を積んで入ることはできる、そういう財力はある。ただ……
「普通と言うには富裕な家庭だと思いますが……そんなに金持ち然とした家庭ではないと思います」
「ふ~ん」
だから私は、放課後に男の子たちとテーブルを囲み、フライドポテトにチーズをディップさせてつまんでる。
たま~に、こういう不健康な食事をするのが、何ていうか魔力があるっていうか……
「実際、お父さんもお母さんも、こういうファストフードは割りと好きで……ただ、私が生まれてからは控えるようになったそうです」
「あるある。いきなり芸術に関心持ったり」
しばし、それぞれの家庭について、ポテトをつまみながら話が盛り上がり……ふと思い出した。
別に私は、男の子たちとあるあるトークで仲良くしに、ここへ来たわけではなくて。
話の切れ目に、私は軽く咳払いした。「そろそろ本題を」と切り出すと、「わりーわりー」と男の子たちがこちらへ視線を向けて来る。
「継森君の事ですけど、実は体が弱いとか、そういう話は?」
問いかけるも、男の子たちは互いに顔を見合わせ、首を横に振った。
「そういう話は聞いてないな」と相川君。続いて「むしろ、細マッチョ的な感じはあるよな」との声も。
「なんか、野球がうまくてさ。こないだバッティングセンター行ったんだけど、あいつが一番だった」
へぇ……意外。
「腹筋がうっすら割れてた」
へぇ、それも意外……
っていうか、見たの?
ともあれ、みんなも決して体力不足というわけではないんだけど、彼らから見ても継森君は「中々ヤル奴」という印象のよう。
だからこそ、今日の一件が際立ってくる。自然と真面目なムードになった中、相川君が口を開いた。
「昼食を一緒に取ることが多いんだけど、運動してそうな割には、あまり食べないな。帰ってからたくさん取ってる感じもないし、日頃から少し足りてないのかもな」
「そうでしたか……」
実のところ、私は他の原因、あるいは食が細そうに見えることの真因について、思い当たるものがある。私以上にあの継森君と仲が良さそうなみんなも、薄々感づいているのではないかと思う。
つまるところ、ストレス。特に、女性関係の。
炭酸が抜けつつあるジンジャーエールに手を伸ばし、口へと含んでいく。ふとした会話の跡切れが、徐々に重みを増してのしかかる。
あまり直接的なことは言いたくないけど、言わないのは責任逃れのようにも思う。
なにしろ、私が誘った場なのだから。
言葉には気を付けつつ、私は再び口を開いた。「あまり大声で言える話ではないですが」と切り出すと、みんなも真剣な目をこちらへ向けてくる。
「継森君の様子が気になるのは正直なところですが、直接私が見に行けば、かえって迷惑になるのではないかとも思っています」
「言いたいことはわかる」
私以上にあの彼と仲がいいみんなは、私の言葉から色々と汲み取ってくれた。
「気兼ねしない相手も居そうだけどさ」と新田君。次いで、「隣の月島さんとか?」という指摘も。
実際、月島さんは普通の同級生という感じで、あの子が継森君の隣で良かったと改めて思う。
ただ……もう少し女の子の味方がいても、とも思うのよね。
問題は、彼の方からそういう味方を増やすのは難しいのかもということと、味方になろうという申し出を、彼が額面通りに受け入れられるだろうかということ。
なんというか、行為者が違うマッチポンプのように捉えられかねない。
私の懸念は、みんなも認めるところだった。
「――というわけで、彼には気づかれない形で、何かしらの手助けができればと思ってます」
「なるほどねえ」
「藤原さん、優しいな」
本当のことを言うと、継森君に対しては打算アリアリなんだけど……
それはそれとして、彼にも楽しい学校生活を送ってほしくはあるのよ。
だって、同じクラスだし。私は学級委員だし。
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