第14話 現れ始めた個性
一緒の教室で1か月も過ごせば、互いに様子見しあう雰囲気も少しずつ変わってきて、それぞれの個性が出てくる。
特にわかりやすいのは、授業中の変化だ。得意教科においては、積極的に発言するクラスメイトがちらほらと。
受験を経てここに通っている生徒は、いずれもかなりの学力がある。一方で親の財力で堂々と通うような子も、やはり相応の学力ってものは期待されている。
そうした中で、他よりも抜けたモノを示す才能の持ち主がいるわけだ。
古文漢文においては、七瀬志穂さんが頭角を示すようになっていた。クールというか、どことなくミステリアスな印象のある、少し長めのボブカットの子で――
前に図書館で出くわしたとき、「蠅の王」という血なまぐさいハードな本を持って、スタコラと逃げていった子だ。
どうも、文章というものにはこだわりがある子なのかもしれない。古文や漢文の現代語訳は、いかにも直訳的な硬さが無くて、本当に自然な文章になっている。
教科担の先生も、七瀬さんの現代語訳のバランス感覚は評価するところで、先生の方からご氏名が飛ぶ機会も多い。俺たちからすれば、ちょうどいい避雷針って感じだ。
俺自身、得意な教科というものは、実はある。
でも、やっぱり目立ちたくないという意識が根底にあって、つい大人しくしてしまう。
そんな俺からすれば、自分の才能を披露できている七瀬さんを、羡ましく思うばかりだった。
一応は得意教科があるがゆえに感じる、我ながら情けないコンプレックスとは別に、そもそもの出来の違いを感じる教科もある。史学関係は、馴染みが無くてどうも苦手だし……
逆に、こういうのに妙に詳しい若者というのは一定数いるようで、差が浮き彫りになる。
それから、理系科目全般だ。
☆
さて、今日も数学の時間がやってきた。
それぞれの中学では、きっと頂点の層にいたであろう同級生たちも、数学には手を焼いている。
みんなをお迎えするにふさわしい学校だからこそ、かもしれない。
俺も似たようなものだった。ついていけないというほどじゃないけど、ついていくのに意識的な努力を求められる。
数式というか、新しい概念が定期的に出てきて、それを覚え、基本の演習を繰り返してモノにしていく。家での基本は復習で、余裕があって気が向けば、たまに予習はしておくという程度だ。
予習すれば、確かにその効果はあって、授業で習うことがスッと入りやすくなるし、いくらか余裕を持って臨める。
しかし、予習復習でいくら待ち構えたとしても、発展的な応用問題が相手となると手が止まってしまう。解けないというわけじゃないけど、教わったことを
ただ、物事には例外ってものがあるもので。
「じゃ、この問題がわかる人」と、担任の玉城先生が問いかける。複数の手が挙がることもあるけど、チャレンジャーに恵まれない限り、挙がる手が一本だけということも多い。
逆に言えば、常に一本は手が挙がる。
今回もそうだ。もはやいつも通りの流れの中、「花村さん」と先生が名前を呼んだ。数学含めて理系科目のエキスパート、花村葵さんが、「はいっ!」と明るい声で立ち上がる。
メガネをかけていてポニーテール、知的でいて活発さも感じさせる子だ。
実際、そういう印象通りの振る舞いをしている。理系科目はバンバン挙手するし、情報の授業は、席に人だかりができることもしばしば。
さて、黒板へスタスタ歩み寄った花村さんは、チョークを手に取って黒板へ書き付け始めた。チョークで物を書くという行為にも慣れているようで、あの独特の感触も苦にしない。手が途中で止まることもない。なんとも様になっている。
スッと静まった教室に、小気味良い筆記音だけが響き――
「……終わりました」
微笑んで振り向いた彼女に、微笑を浮かべる先生が「正解」と答え、「おお~」とささやかな歓声と拍手が満ちる。
これが俺たち1年3組の日常だった。
「いやあ、いつも手伝ってもらってるみたいで悪いね」と、先生が後頭部をかきながら言うと、花村さんが「フフ~ン」と軽く胸を張る。
「助手代とか出るなら、もうちょっと頑張っちゃおうかな?」
「だったら、タダの今が一番コスパいいかな」
先生も結構、口が回るというか、心の余裕のあるお人だ。
そんな軽いやり取りの後、一仕事済ませた花村さんが、自分の席へ悠々と戻る――
その前に、ふと視線があった気がした。俺に微笑みを向けてきたような、そんな気が。
我ながら、コレはビョーキなんじゃねーかと思うけど、どうも見られている気がしてならない。
まぁ、花村さん、だいぶ可愛い子だし……単に、俺が変に意識してしまってるってだけかもしれない。
ただ、授業のたびに積極的に手を挙げて、前に出て頑張って、席へ戻る前にこちらへとそれとなく視線を送って――
そういう「アプローチ」も、あり得るんじゃないかとは思っている。
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