第12話 席替え
新入生としての1か月は……少なくとも私にとっては、思っていた以上に平穏に過ぎていった。学級委員として、特に何かあるわけでもなく。
継森くん周りでは色々あった感じはあるけど、
下手すれば、継森くんだけじゃなくて、彼のお友達のみんなにも悪いと思うし。
色々な意味で互いに様子見が続く中でも、少しずつ打ち解けつつある。
そんな空気の中、今日は待ちに待った席替えの日。待ちに待ったというと、少し大げさかも。
でも、
席替えに関する諸々については、学級委員の私たちが玉城先生から委任され、みんなからの承認を受けて決定している。
1学期のうちは月1で実施、席決めの方法はクジ引き、クジのトレードは禁止、と。
「じゃ、出席番号一番から順に」と言った相川君が、さっそく自分のクジを引き、先生に手渡した。クジに書かれた数字を先生が読み上げ、私が黒板に名前を書いていく。
まだお互いに良くは知らない中、誰と隣になるかについて、特にこだわりなんて出てこないのが本来の在り方だけど……
このクラスは特別だった。みんなの関心は、やっぱりあの継森君に注がれているように感じる。
少しずつ埋まっていく席、司会進行していく傍ら、私は継森君にチラリと視線を向けた。
クラスメイトの多くがドキドキを隠せないでいる中、彼は平然としていて……でも、あまり楽しそうには見えない。
無理もないとは思う。彼はこれまでに何度も、「お呼び出し」を受けている。このクラス内でそういう動きはないのだけど、
今回の席替えが、何らかの引き金になってしまう可能性はある。彼がそう考えて身構えているとしても、何も不思議はない。
では私はというと、継森君関連でこの席替えに期待するものは何もなかった。隣になったとしても、どうせ1か月程度の付き合いにしかならないし。
そもそも、もっと長期的な視点で動くのが、
同じ学年、同じクラスで何かを一緒に積み上げていけば、それでいいのよ。
そういうわけで、この席替えは、私にとっては友だちを増やすきっかけになればという、純粋に楽しみなイベントだった。
少しずつ席が埋まっていって、今度は継森君の番。男子の様子は変わりないけど、女子はちょっと緊張しているように映る。
継森君も、そういうのは感じ取ってるでしょう、たぶん。
結局のところ、私も継森君狙いの女の子たちと同じ穴の
私の隣じゃなくていいから、いい席を引いてほしいとは思う。
なんというか、彼にとって気楽な感じの子が隣なら。
果たして、彼が引いた席はというと、すでに隣の席が埋まっている。隣の子は、月島小夜子さん。外ハネ気味の髪が特徴的で、いつ見てもニコニコと明るい女の子で……
素早く視線を巡らせると、ちょうど月島さんが継森君に向け、微笑んで小さく手を振るところだった。
まだまだ同級生同士で様子見が続く中、月島さんは授業中でもかなり明るいところを見せていて、とても感じがいい。
継森君を意識しているかというと……断言はできないけど、たぶんそういう気はなさそうね。
まあ、月島さんが恋のライバルになるかどうかはさておいて、私の祈りは通じた気がする。ああいう子がライバルなら、それはそれで健全だと思うし……
ただ、向こうからバリバリに話しかけてきそうな女の子っていうのを、今の継森君がどう感じるかは疑問だけど。
☆
俺の方を見てニコニコ手を振る子がいて、すぐにお隣さんだと察した。月島さんだ。直接話したことはないけど、明るくて活発で、
裏表があるって感じの子じゃないのは何よりだ。
これで「何か」あったら、ちょっとキツいけど……
クジ引きが一通り終了し、さっそく各自が席を動かしていく段階に。机と椅子を持って動いていくと、例の子と目が合った。やっぱりニコニコしている。
「一か月、ヨロシクね~」と軽い調子で話しかけながら机を置く彼女に、俺も「よろしく」と応じた。
「継森君ってさぁ、静かな方が好き? やかましかったらゴメンね?」
「いや、別にいいけど」
こういうとアレだけど、今のところはやっぱり普通の子って印象だ。
だったら、変に身構えることもないか。
同級生相手に、いちいち疑いの目を向けながら学校生活送るなんて、あまりにもバカげてるし。
☆
月島さんとお隣になったものの、向こうから話しかけてくることは意外となかった。それよりも、周囲の女の子たちとおしゃべりする機会が圧倒的に多い。
俺の方へ友人たちがやってきたとき、月島さんが横から口を挟んでくることはしばしばあった。友人連中は俺より快活な奴が多くて、それで気が合うのかもしれない。
月島さんが俺に話しかけてくるのは、それこそ他に話し相手がいないときぐらいのように思える。
振られた話題は、好きな歌手とかテレビの事が大半。俺としては反応しづらい話題だけど、それで話題が途切れることなく、うまいこと
現状、この学校で知り合った女の子の中で、月島さんが一番気楽に話せる子だった。
他にそういう子がいないといえば、そうなんだけど。
そうした中での、ある日の5限前。カバンから教科書を取り出そうとして、イヤな予感が背筋を伝う。
ない。あるべきはずのものがカバンになく、俺は手探りを続けながら、昨夜のことを思い返した。
郵便受けにまた「お手紙」が来ていて、その返答を書こうとしたところ、インターホンが鳴って社長秘書の草壁さんが来ていて……
色々と気疲れして、せめてもの気晴らしに復習に手を付け、それから手紙のお返事に取り掛かって……なんだかドッと疲れて、それで寝たんだった。
今思い出しても気鬱になる。
不幸中の幸いで、次の教科は古文。教科担の大崎先生は、厳しくなくておっとりした方だ。素直に忘れましたって言っても、怒られはしないだろう。
……と思っていたところ、お隣さんが俺をマジマジと見ていた。それから、付箋にサラリと何かを書いて、俺の机にペタリ。
『忘れ物?』
付箋から視線を外すと、月島さんは自分の机に置いた教科書を、他の誰にも気づかれないように、さりげなく指さしている。
後でこの子に見せてもらうことになるわけだし、俺は恥ずかしく思いながらも無言でうなずいた。
すると、彼女は辺りを軽く見まわし……何食わぬ顔で、俺の机に教科書を置いてきた。
思わず「は?」と声が出そうになるけど、彼女の目は「いいからいいから」と言っている。
いや、良くないだろ。
返そうと教科書に手を伸ばすも、周囲の目が気になって、変な身動きができない。
そうして完全にタイミングを逃したまま、教室に先生がやってきた。
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