第11話 気のいいヤツラ
結局、カラオケに来たっていうのに、歌の事は置いといて家庭や中学の事で話が盛り上がっていく。
案外、カラオケってのはそういうところなのかもしれない。色々な奴がいて、みんなの事を知れる良い機会だとは思う。
しかし、いつ俺に矛先が向かうかと思うと、気が気じゃなかった。
家庭や家族について、あまり嘘はつきたくない。でも、本当の事、本音を口にすれば、この場の空気を冷めさせてしまう。
中々俺に話が振られないのが、なんだか気を遣わせてしまっているように思えて、我ながらどうしようもない。
表向きは平静を取り繕いながらも、内心では薄暗くジメジメしたものを感じる俺に、ついに話が振られた。「継森ってさ」と相川が切り出してくる。
「あまり気分いい話じゃないだろうけど」
なんか嫌な予感に身構える俺に、相川は何食わぬ顔で口を開いた。
「だいぶアレというか、イヤなモテ方してるだろ?」
「ああ、まあ……そうだな、うん」
モテると言っていいのかわからないけど、広い意味ではラブコールを受けまくっている。
実のところ、俺は本質的には、受付係とかメッセンジャーボーイでしかないんだろうけど。
こういう話題を持ち掛けたことについて、相川は「悪いな」と謝りつつ続けた。
「中学の時は、特に何事もなかったんじゃないかと思うけど、どうだ?」
「そうだけど……よくわかったな」
「なんていうか、慣れた感じがないからさ」
慣れ、か。相川のいう通りなんだけど……ああいうのに慣れる日が来るのかどうか。
慣れてしまうのが、内心恐ろしくも思える。
こういう話題になるなり、みんな俺には同情的な態度を見せてきた。
「自分に関係ない理由で言い寄られてもなあ……」
「ああいうこともある学校ってのは聞いてたけど、さすがに継森レベルになると……」
俺が羨ましくない立ち位置だってのは、すでに共通認識のようだ。
「困ったら遠慮なく言ってくれよ。大したことはできないだろうけど、ストレス発散ぐらいなら付き合えるからさ」
代表して言う相川に、他のみんなも同調してくれた。
最初は興味本位から首を突っ込んできたらしい連中も、この件に関しては仲間と言っていい感じだ。このこと自体はとてもありがたくあるんだけど……
「どうした?」
「いや……」
みんなには悪いというか、失礼かもしれないけど……余計なことはしないだろうと思いつつ、念のために言っておかなければならないことがあった。
「変なことを言うようだけど……俺に言い寄ってくる子の事は、悪く思わないでほしいと思う。向こうだって、まともな恋愛を捨てて、そうしてるんだろうし……」
これは紛れもない本心だったんだけど……相川はなんだか微妙な苦笑いをしている。
「継森がもっとイヤな奴だったら、手助けの必要もなかったんじゃないかって思うぞ」
色々な含みを感じる言葉に、俺も微妙な笑みを返すしかなかった。
☆
最寄駅からマンションへ、辺りをそれとなく見回しつつ、気持ち早歩きで駆けていく。
被害妄想と言えばそれまでだけど、見られてるんじゃないかという疑念がどうしても付きまとう。
時刻は6時になろうかというところ。人通りはそれなりにあって、露骨に怪しい人はいない。
結局、カラオケは慣れた奴が普通に歌って楽しんで、最近の曲がわからない俺たちは、軽食をつまみつつタンバリンを叩いていた。
お付き合いというか、みんなと話を合わせるためにも、流行曲の勉強ぐらいはしておいた方がいいんだろうか。道行く人々に目を向ければ、白や黒のイヤホンがいつもよりも目についた。
――仮に買うとして、「誰の金」で買うかが、今の俺には重要な問題になるだろうけど。
そんなことを考えながら、マンションのエントランスに入り、郵便受けが視界に入ってきた。
今朝はチェックしていない。出かける前に、イヤな気分になったら……そう思って避けていた。
しかし、いつまでも見ないわけにもいかない。仮に貯まり始めたら、ドンドン苦しくなるだけだ。
俺の気にしすぎ、かもしれないし。
果たして、中には一通の封筒が入っていた。差出人は不明。ただ、継森様とだけ書いてあって、封筒を閉じる部分には、小さなハートマークのシールが貼ってある。
――どこから漏れたのかはさておいて、ここに住んでるって
ため息とともに、膝を抱えそうになる。恨めしい視線を再び封筒に。
どういう気持ちで、こういうのを書いてきたんだろう?
まさか、俺の住所を自分で調べた訳じゃないだろう。そう思いたい。
何であれ、返事はきちんと書く。友人たちには呆れられるかもしれないけど、俺には必要な事だった。
こういうことで逃げるような人間にはなりたくない。
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