第10話 息抜き
土曜朝。コーヒーとプロテインを飲んでから、俺は机に向き直って復習を始め……
何か忘れているような気がして、ふと手帳を開いてみた。
手帳には、「お誘い」等を受けた日に印をつけてある。後から「減ってきたなぁ」と振り返って、気が楽になるかと思っての事だ。
「増えてきたなぁ…………」という暗黒の未来は考えてない。
さて、それらとは別に、もうひとつのお誘いを受けていたことを思い出した。
今更大丈夫かなと、少し不安になりながらかけてみる。時刻はもう少しで10時を回ろうかというところ、通話先はコール3回で出てきた。
『おっす~』
「おはよう。遊びに誘ってくれた件だけど……」
『お、どうする? すでに集まってるぞ』
「何するか決めたか?」
『ちょいまち』
すると、新田の声が遠のいて周囲の雑音が聞こえ始めた。何か……モノがぶつかり合うような音が、遠くから聞こえてくるような……?
『なーんだ?』
「いや、さっぱり……」
それからまた少し間を空けて、今度は違う連中の声が聞こえてくる。
『バッティングセンターだよ!』
『わかりづらくて悪かったな!』
ああ、当たってなかったってわけか。
『継森もどうよ。一緒に空振りしようぜ!』
爽やかに聞いてくる新田。筋トレの翌日だけど、バットぐらいなら振れるか。
当たらなくても、それはみんな同じっぽいし。
☆
甲高い音が響き、白球が視界の向こうへと飛んでいく。バットを伝わる感触に手応えを覚え、思わず顔が柔らかになる。
うん、やっぱりいいな。
だいぶ
途中参加の俺の活躍に、同級生たちが驚きながらも楽しそうに
「俺たちの首位打者だな!」
「草野球する機会があったら、お前に4番任せるわ」
「どんな機会だよ」
実のところ俺以外は、本当にダメダメだった。相川が少しマシだったぐらいか。
「貧打貧打~♪」とかリズムを取って新田が歌い出すと、控えベンチで笑い転げる奴も。
曲の元ネタがわからないけど、それは黙っておこう……
「継森は、なんか経験者っぽいな」と声をかけてくる相川に、俺はうなずいた。
「まぁ……部活って程のもんじゃないけど、草野球的なものはやってた」
「へえ~」
「今はやってない、と」
「部活もないしな」
新田が言う通り、
というのも、学校側がマジになれば、いくらでも
そういった無駄な摩擦・衝突を避けるべく、やりたければ学校の外で個人的に――というのが、学校としてのスタンスだ。
生徒に名家の子女が少なくないということもあって、怪我等の責任を負いたくないというのもあるんだろう。
とはいえ、生徒としては体育以外でも体を動かしたいっていう気分はあるわけで。
みんな、あまり当たらないながらも、かなり楽しそうではあった。友人たちが当たらないのを楽しんでいると言ってもいいかも、だけど。
無為にバットを振っては軽く汗をかいて、気づけば昼時に。
このバッティングセンターは、大きなアミューズメント施設の一角にある。同施設の中には食事処も結構あるようだ。
ただ、この時間ではどこへ行っても混んでいそうな感じはある。レストランが集まるフロアの方へ、家族連れやらカップルやら、あるいは俺たちみたいなのが動いていくのが見える。
さて、どうしようか。この調子だと、どこへ行ってもそれなりに待つことになりそうだ。
と、そこで新田が口を開いた。
「カラオケいかね?」
どうせこの後も遊ぶなら、いっそのことカラオケで何か注文すればいいじゃんという提案だ。これに乗り気な奴もいれば、「まあ、いいか……」ぐらいの感じで、流れに任せる奴もいる。
俺は後者だった。カラオケ行っても歌える曲が――
まぁ、食事のついでと考えればごまかせるか。それに、ここで離脱するのも、なんとなくきまりが悪い。
最終的に全員の合意があって、俺たちはカラオケへ向かうことになった。
受付に着くなり、新田を筆頭に遊び慣れている様子の奴が前に立ち、店員さんと慣れた感じの言葉を交わす。
俺も、こういうのは覚えた方がいいんだろうか。俺以外にも、ただ任せるしかない仲間はそれなりにいて、やや情けない連帯感に安心を覚えるところではあった。
受付は手際よく済み、店の奥へと歩を進めていく。全体的に薄暗い店内は、こう言っては悪いけど、なんだか毒気を感じないでもない色合いの照明で彩られている。
こういう雰囲気が当たり前なんだろうか? 普通の高校生にとっては、ごくありふれた空間だとしても、俺には非日常の世界へ迷い込むような感覚があった。自分には似つかわしくないというより、俺が似つかわしくないように感じられる。
でも、不思議と悪い気はしない。落ち着かなさの中にも、少し胸弾む感じがある。
こういうのも、新生活の一部なんだ、と。
店は外観から想像する以上に広くスペースを取っているようで、俺たちに宛てがわれた部屋は、思っていたよりも大きな部屋だった。10人で入ってもまったく窮屈に感じることはない。
やや硬いソファに腰を落ち着けると、慣れた様子の経験者が壁際に向かい、何かのツマミを軽く回し始めた。それに合わせ、部屋の照明が明るく、色合いも普通の暖色になっていく。
「まずは注文しようぜ」
「そうだな」
中央のテーブルにさっそくフードメニューが広げられた。同時に、全員からよく見える位置の、ある意味主役っぽいディスプレイにもメニューが表示される。
「注文とかは、こっちのタブレットで操作するんだぜ~」と、明らかに未経験者な俺たちへ新田が説明してくれた。
一方、別の経験者が部屋の外へ動き出していく。「ドリンク、適当でいいよな?」と、答えも待たずに廊下の方へ。俺含め、5人ほどいる初心者勢は、勝手もわからず任せっぱなしにするほかなかった。
新田が中心となって適当にオーダーを取っていって、程なくすると店員さんがやってきた。テーブルに並ぶフライドポテトに唐揚げ、野菜スティック等々。
適当につまむ昼食が始まったところ、「今更だけどさ」と相川が切り出した。
「知ってる曲、ほとんどないぞ、俺」
「まったくってことはないだろ?」
「青葉の歌ぐらいはわかるかな」
と、そこでみんな笑い出した。「女子に怒られるからな」とか、「ああ、やっぱりどこも一緒か~」とか。
たぶん、授業の課題曲かなんかだ。
一人だけ笑ってないのも……と思い、とりあえず作り笑いを繕っておいて、会話に混ざらなくても不自然ではないように、気持ち意識して食事に手を伸ばす。
若干の疎外感は、やっぱりあった。
おそらくは中学合唱のあるあるトークが一段落したところ、発端の相川が再び口を開いた。
「受験期間中、家のテレビがほとんどついてなくてさ。どういう曲が流行ってるのか、さっぱりわからん」
「へえ、厳しい家だったん?」
「俺に遠慮してただけだよ。おかげで、変に義務感はあったけどさ」
「それな」
受験で入ったらしい連中がうなずいている。たぶん、こういうカラオケみたいな遊びは縁遠いものだったんだろう。
一方、遊び慣れている感じの新田は、「ウチはさ~」と軽い感じで話し始めた。
「どうせ受験せずに済むんだから、今の内に遊び方を覚えておいて、引っ張っていけるようにしとけって」
「へ~、いい親御さんじゃんか」
「『遊び以外でリードできる要素ないんだから』とか言ってたぜ」
とはいうものの、恨みつらみみたいな感じは全くなくて、家族仲は円満のように映る。笑い話にできているぶんだけ、新田にとってはプラスでしかないようにも。
もっとも、そういうのは俺の想像でしかないのかもしれないけど。
単に、他の家庭が羨ましいがための。
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