第8話 嵐の目の新入生

「何か?」


 質問に対してドキっとさせられた俺は、問い返してワンクッション置いた。「困っていること」と言われても……


「ええ。入学早々、こんなことを聞かれても困っちゃうでしょうけど」


 そう言って先輩が力なく笑う。実を言うと、困っている事なんて……いくらでもある。

 でも、この生徒会の管轄なのかどうか。

 仮にそうだとして、俺が解決すべき問題を、誰かに丸投げすることになるんじゃないか。

 どう答えたものかわからず口を閉ざす俺に、先輩が「ごめんなさいね」と言った。


「実を言うと、継森君が……ある種の有名人だということは知っています。継森君を巡る競走のようなものが発生、進行しているという情報も、生徒会として把握しています」


「……そうでしたか」


 その後、先輩はこの学校について、もう少し引いた視点からの話を教えてくださった。

 生徒の交友関係が、親の事情の延長、あるいは将来の前哨戦として扱われることは、別に特別なことではない。学校が創立してからというもの、当たり前のように繰り返されてきたことだし……

 そういうのを期待して、高い金を払って子どもを送り込んでいる親や勢力も、決して珍しくはない、と。


「ただ、継森君は……君にとってはとても迷惑な話でしょうけど、大物ですから。目に見える範囲での動きも、それなりになるものと思っています」


 実際、目に見える形でのアプローチがあった。それが手紙だったり、ご本人からのお声がけだったり。


「では、継森くんに対する諸々の動きに対し、生徒会として何か干渉できるかというと、難しいというのが実情です」


「……圧力とか、そういうのが?」


 尋ねてみると、先輩は何とも言えない複雑な笑みを浮かべた。


「私たちに対する、露骨なものはありません。でも、教職員への圧力が無いかというと……断言はできないでしょうね。教職員経由で私たちへ指導・・しようというアプローチの可能性は、否定しきれないものと思います」


 そうしたリスクがあるのを踏まえた上で、先輩は言った。


「とはいえ、校風や紀律というものもありますから。あまりに思慮を欠いた動きがあれば、他の親御さんへの面目を盾に、牽制するということは可能でしょう。目に余る行為については、継森君の意志に関わらず、生徒会として動く考えはあります。ただ……」


 そこでひとつ、先輩は軽いため息をついた。


「実際には、生徒会としては口出ししづらい、微妙なアプローチが大半になるでしょう」


 昨日、俺の身に起きたことも、そういう微妙なラインの出来事だったのだろう。風紀を乱すというほどのものじゃない。

 ただ、お互いにイヤな思いをして終わったという、それだけの話で。


「それでも、継森君が嫌な思いをするというのであれば……生徒会としても、何かしら助けになろうと考えています。そのためにも、まずは気兼ねなく相談してもらえればと思います」


「ありがとうございます」


「……重ねて聞きますが、今のところは特に何も?」


「はい」


 今のところは、相談に乗っていただけるというだけで十分だった。生徒会まで巻き込んで、もっと大事おおごとになったら目も当てられない。

 もしかすると、この先輩は何かつかんでいらっしゃるのかもしれないけど……

 結局、それ以上踏み込んだ問いが来ることはなかった。


「いきなり変な話をしてごめんなさいね」


「いえ、お気遣いありがとうございます」


「今日のお話に関係ない件でも、困りごとがあればすぐ来てもらっていいから」


「はい」


 そこで一つ、俺は気になっていたことを思い出した。


「同じクラスの女の子に、ここへ来るよう言われまして。こちらの知り合いに頼まれたとかなんとか」


 すると、先輩は含み笑いを漏らした。


「その子の名字、金原っていうのよ」


 そうか。金原さんには悪いけど、あまり印象に残ってなかった。

 ん? 確か、この先輩の名字も――


「私の妹」


 やっと気づいた顔の俺に、先輩が楽しそうに笑った。


「生徒会役員を継森君のクラスへ向かわせると……また変な噂が立つんじゃないかって思って。それで、妹に依頼したの」


 ああ、そういうご配慮が。


「何から何まで、すみません」


 お気遣いに頭を下げる俺に、先輩は「これぐらいはね」と笑う。


「それで、妹だけど……大人しい子だったでしょ?」


「はい」


「あまり自分から話しかけに行くような子じゃないと思うけど……席が隣になったり、何か機会があれば、仲良くしてもらえると嬉しいわ」


 窓を背にする先輩の顔は、優しげな笑みではあるけど、どこか影も差しているシリアスな感じもあって――

 もしかすると、これも「本題」なのかもしれない。そんなことを思った。



 継森君が退室してから十数分後。小気味よいノック音が響いた。


「スズせんぱ~い、ただいま帰りました」


「お疲れさま」


 戻ってきたのは後輩の男女二人組。生徒会書記だ。

 面談に際しては人払いすることも多く、今日はそのついでにと、ちょっとした買い出しへ行ってもらっていた。二人はロッカーの方へと歩いていき、買い物袋から備品を棚へポイポイと詰めていく。

 備品というか、来客向けのお菓子ばかりだけど。


 生徒による自治という建前上、教職員方もあまり細々としたところまでは突っ込んでこない。決められた予算の範囲内でやりくりする分には、これぐらいの自由は容認されている。

 それで……こういう学校に通う生徒、それも私たちよりよほど生まれ育ちがいい生徒からすれば、ちょっとした間食程度でも、ほの暗い背徳感をそそるみたいで……

 ありふれたお菓子とインスのコーヒーは、お客さまには結構好評を博している。

 さっきのお客さんにも、お出しすればよかったかしら?

 でも、あまり長話したそうな雰囲気でもなかったし……


「スズ会長」


 不意に声をかけてきた後輩へ顔を向けると、例のお客さんについて尋ねられた。「どうでした?」と。


「今のところは静観ね。自然と耳に入る程度の情報は集めてほしいけど、深く首を突っ込むほどではないかな。とりあえずは、状況についていければいいわ」


「はあい」


「了解です」


 それぞれに固有の情報網というものはある。私は3年生各クラスとの間に強固なつながりがあるけど、学外のことはサッパリ。

 一方、この二人みたいに、後輩の子にはもっと富裕層の子もいて……そういう階層・界隈で囁かれる噂をキャッチしてもらえれば、というところ。

 ただ、継森君が大変な立場にあるというのはわかるけど、彼のために生徒会役員に無理をさせるわけにもいかない。彼からSOSがあれば、また話は別だけど、今のところは気にかけておくぐらいの事しかできないというのが実情だった。

 でも、もう少し、どうにかならないものかしら。


 つい頬杖をついてため息をこぼす私の前に、ペットボトルが一本置かれた。


「差し入れです」


「まあた面倒な案件抱えてらっしゃるかな~って」


 気が利く後輩たちだった。

……差し入れのチョイスは、ちょっと微妙だけど。スパークリング無糖紅茶という、投げ売りされてたらしい代物を口に含む私に、「どうです?」と可愛い後輩が目を輝かせてくる。

 イイトコの子女と言っても、実際は色々いる。「こういう子」もいるし、継森君たちみたいな子もいる。

 あまりおいしくはない飲み物を、途切れ途切れに飲み下しながら、私はここまでの事を振り返った。


 事の発端は、「もう一人の当事者」からの相談を受けた事だ。彼女曰く、懺悔とのことだけど。


『まさか、継森くんがご家業とは無縁とは思わず……』


 と、根底に思い違いがあったことを深く恥じていた。

 ご両親やご家業のために、この学校に通う子も少なくない。それが当たり前と信じていれば、お誘いの言葉も断り文句も、ごくありふれたものでしかないのだと思う。

 でも……そういうつもりがない相手にアプローチをかけてしまったのなら。


 きっと、お相手には、ただただ迷惑でしかない。


 少なくとも、彼女はそういうところに思い至って、私に相談しに来て……私が動いたというわけだった。恥を忍んで伝えてくれたのは、彼女一個人の精神性というか、責任感によるものだと思う。

 さすがに、自分から継森君にフォロー入れられるはずもないでしょうし。

 肝心の、継森君がどう思っているかについては、ほとんど聞けずじまいで、そこは心残りだった。特に問題なさそうに見せている・・・・・風ではあったけど……


 察するだけでは限界はある。

 だからといって、深掘りするのははばかられる。

 まったく、面倒な学校だわ。

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