第2話 目撃者ふたり

 お手紙の雪崩を目撃した二人が、目を見開いてこちらへ近づいてくる。

 いずれもブレザーを小脇に抱え、カッターシャツ姿だ。一方は眼鏡をかけていて、俺と同じぐらいの背。

 もう一方は、俺よりも少し背が高く……なんだか軽そうな奴だ。すげえもん見たとばかりに、興味津々な目を向けてきている。

 やってきた二人はお手紙の小山を前にして、ふと立ち止まった。


「ん一っと、1年3組?」


 軽そうな方に尋ねられ、俺は無言でうなずいた。下駄箱の位置でクラスはすぐわかる。

 で、この二人も俺と同じ3組らしい。眼鏡をかけた真面目そうな方が、スッとかがんで拾うのを手伝い始めてくれた。


「相川一貴かずたかだ、よろしく」


「ああ。ありがとう、俺は……」


 名乗ろうとして、はたと思い直し、サッと周囲を見回した。俺たちの他に、周囲には誰もいない。聞かれてないならいいか。

 それだけ確認してから口を開こうとするも、名乗る必要は別になかった。軽そうな奴が、拾い上げた封書をマジマジと見つめ、口を動かす。


継森つぎもり様ってあるけど、継森って、あの?」


「どの?」とはぐらかす意味もないだろうと思って、俺は渋々ながらも首を縦に振った。

 こういう学校に通っている生徒で、「継森」なんて名字がついていたら、すぐに思い当たることだ。

 そして、俺の名前と散らばる封書たちに、二人は事情を把握してくれたらしい。

 下駄箱に突っ込んであったこれらは、ラブレターのようなものだと。

「あ~、コレってそういうヤツか」と言いつつ、拾い上げた一通を俺に手渡し、いい加減そうな同級生が笑顔で口を開く。


「俺は新田俊、よろしくな」


「ああ、どうも」


 我ながらそっけなく返したもんだけど……手紙拾いを手伝ってもらっていて、この態度は悪いなと思い直した。

 それに、俺の名字を耳にしても、二人には変な反応を返されていない。この手紙を送ってきた人たち――

 あるいは、送らせた連中・・・・・・と違って、この二人は俺をただの同級生として扱ってくれているように感じられる。

「手伝ってもらって悪いな」と言うと、新田が「ま~、見ちまったからな」と応じた。


 さて、拾い集めた手紙の表題は様々だけど、実質的には大体似たようなものだ。御案内状だの、お祝い状だの、ご入学のご挨拶だの――

 俺を通じて、俺の背後にあるものとお近づきになろうっていう、そういう打算や下心を感じる。

 初日からイヤなものを目の当たりに、沈鬱な気分になる。

 そんな中、こうしてこの二人に目撃されたのは、かなり気休めになった。


「な~、こんだけあったらさ、一枚ぐらいピザ屋のチラシとか混ざってねーかな~?」


「あったら一枚ぐらい頼むか」


 一人で拾い集めるより、ずっといいな。変に目立ったというわけでもないし、時間を少し遅らせたのは正解だった。

 と、そこで、この二人が今まで何をしていたのか気になった。聞いてみれば、最初はそれぞれ別に校内を探検していたらしい。


「一通り回った後、購買で見かけてさ。新入生っぽかったから聞いてみると、やっぱりで」


「それで、テニスコートが開いてたから、体育の先生からラケットとボールを借りて試合した」


 と、初日から結構工ンジョイしていたらしい。

 手紙を拾い終わり、俺は丁重に手紙をカバンへとしまい込んだ。手紙が入ったカバンをじっと見てくる新田。

 一方で相川は、俺に向かって「なんていうか……」と切り出してきた。少し言葉を探した後、シンプルに「大変だな」と。

 まったくもってその通りだ。入学初日から、こうも配布物をもらったんじゃ、この先が思いやられる。


 それから三人で校舎を出た。人はまばらで、特に警戒を要するものじゃない。軽く駄弁りながら歩いていく。

 この二人も俺と同じで電車通学らしく、今から駅前のマックに寄るらしい。「継森も一緒にどうだ?」と、相川が尋ねてくる。別に断る理由はない。

 ただ、俺が応諾するよりも早く、新田が口を挟んできた。


「マックで何か食えないものとか、なんかあるか?」


 少し立ち止まって考え、俺は問いかけの意図にたどり着いた。何もアレルギーとか好き嫌いを聞いたのではなくて……

 マックみたいなジャンクフード、あるいは帰宅前の買い食いが許されるかどうかを、それとなく聞いてきた……ということだと思う。

 何しろ、すごくいいとこ・・・・の学校だから。

「特に食えないものはないかな」と応じると、相川が「じゃ、行くか」と言った。


「それにしてもさぁ、一枚くらいマックのクーポン券とか混ざってても……」


 手紙拾いの件を持ち出す新田に、俺たちは含み笑いを返した。


「あるとしたら、株主優待券とかだろ」


 さすがに、それもないだろ……たぶん。


 三人で軽く冗談を交わし合いつつ、俺たちみたいな子ども相手にも生真面目な態度の門衛さんと挨拶し……

 立派な校門をくぐり、俺はふと背後に振り返った。


「継森?」


「いや、なんでもない」


 初日から、とんだ洗礼を受けたもんだ。これがピークなのかどうかもわからないけど、これっきりってことはないだろう。

 ああ、明日からここに通うことになるんだ――これからを思って胸が騒ぐ。


 ここ、白桜はくおう学園高等学校は、次世代を牽引する人物の育成と、その関係性強化を目的に運営されている学校だと聞いている。

 だから、通える生徒も特殊だ。親や親族、家系の財力・影響力をも対象とする入学審査を受けるか……さもなくば、「持つ者」たちにお近づきになるに値する学力を試験で示すか。

 そして俺は、入学試験を受けることなく、この門をくぐった。


 俺の名前は継森千秋。

 俺のDNAの内、半分の出どころは、この国でも有数の国際的企業のCEOの男で――


 入学初日からこんな・・・目に遭ってるのは、俺が現代日本で一番金を稼いでいる男の、血縁上の息子だからだ。

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