青色メビウスメイズ
紀之貫
1年 1学期
第1話 「ご入学おめでとうございます」
年頃の男子ってやつは、授業中にテロリストがやってくる妄想をするものらしい。そんな話をどこかで聞いたことがある。
いま俺は、高校の入学式という厳かな場で、そんな妄想に襲われていた。
ご来賓の肩書と名前を読み上げる、白髪の教頭先生の声は、どことなく誇らしげだ。日本を代表する重工メーカーの副社長の次に、国会議員の名前が大講堂に響く。
――なんでこんなところにいるんだ、俺。
いや、まぁ、他の選択肢を用意されなかったからなんだけど。
現実味のない場に身を置く落ち着かなさが、どうでもいい妄想を加速させる。
こんなところにテロリストがやってきたら、この国はどうなっちゃうんだろう、とか。
でも、そんな妄想は現実的な懸念でもあるんだろう。校門からこの大講堂に至るまで、敷地内にはなんか警備らしい人が幾人も見えた。見えないところでの備えは、もっと厳重に違いない。
この高校――私立
名前の読み上げだけで威圧感を覚える来賓ご紹介の後は、祝電祝辞のご紹介。言うまでもなく、この国で生きていれば間違いなくピンと来るであろう、
聞いてるだけで身が引き締まる。本当に、とんでもないところに来てしまった。
俺の同級生になるみんなも、感じ方は同じように見える。
この場にいるってだけでも、家の財力もしくは本人の学力に相当なものはあるはず。それでも各々、気後れは感じずにいられないようで、硬い顔ばかりが映る。
一方で親御さんたちは、「自分たちがここにいるのは当然」といった、泰然とした様子の方が多い。
こういう場に顔を出すのも、自分の子を送り出すのも、社交界におけるひとつのイベントでしかないのかもしれない。
周囲を見やって緊張を紛らわせていると、心温まるはずのメッセージが聞こえなくなった。どうやら読み上げ終わったようで、式次は次へ。
在校生代表からのご挨拶だ。
「生徒会長、金原鈴音」
名を呼ばれた後、「はいっ!」と良く通る声が行動に響いた。
大講堂の中央付近、立ち上がった生徒会長は、女子生徒としては比較的長身に見えた。少し猫背気味の教頭先生よりも背が高く見えるくらいだ。
そして、さすがに堂々としている。緊張でカチコチになっている俺たち新入生とは大違いで、背筋をスッと伸ばして登壇するだけで、なんとも様になっている。
財界人・著名人からの視線も少なくない中、生徒会長さんはゆったりとした所作で俺たちを見回していき、軽く一礼。
「新入生の皆さん、保護者の皆さま、ようこそ白桜学園へ」
それから、生徒会長さんは「『ようこそ』ではなく『久しぶり』の方が、適切な方もおられるかもしれませんね」と付け足した。そこかしこから含み笑いの音が漏れ聞こえる。
たぶん、保護者やご来賓を指してのジョークなんだろうけど――
あの生徒会長さん、どんな心臓をしてらっしゃるんだろうって感じだ。
☆
昼から始まった入学式は、特に何事もなく終了。それぞれの教室へ入ってからの最初の
本格的な学校生活は明日からということで、ほとんどの新入生が保護者とともに下校していった。そんな中、俺はというと――
図書室にいた。
特に何か読みたい本があったというわけじゃない。ただ単に、みんなと一緒のタイミングで下校することに、ちょっと引っかかるものがあっただけだ。
だから、こういう日でも図書室が開いていたのは助かった。図書室には先輩方の姿がチラホラ見える。
――俺の方に、何か意味ありげな視線が向けられたり、目に留まることはない。たぶん、大丈夫。
初日から自意識過剰かもしれないけど、それでもどうしても、落ち着かなくなるものはある。
気にし過ぎが逆効果だってのはわかってる。
まだ今日だけは、互いの名前と顔が一致していない。わかるわけがない。
そのはずだ。
あまり集中できないまま、無意味にページをめくる時間が過ぎていき……時計を見ると、3時を回っていた。
帰るには中途半端な時間だけど、それがちょうどいい。人目につかない内に、とっとと帰ってしまおう。
中途半端な読書にも、大して心残りを
期待した通り、廊下に人影はない。
ここまではいいんだ、ここまでは。
それでも感じてしまうイヤな予感を振り切るように、俺は少し早足気味になって廊下を進んでいく。たまにすれ違う先生に、内心では身構えてしまいながらも、ただ挨拶を交わして先を急ぎ――
下駄箱の前に着いた。ちょっとしたロッカーのような作りで、蓋がついている。
中は見えない。俺の靴以外、何も入っていない。
……そのはずだ。
しかし、校内にただ一つであろう「
大丈夫、気にし過ぎだ。自分に言い聞かせながら、半ば祈るような気持ちで、小さな取っ手に手を伸ばし――
バッサァ~。
開けた下駄箱から、便箋やら封筒やらが雪崩のように
まったく……初日からご挨拶じゃないか。
思わず出てしまうため息、どんよりした気分になり――
ハッとして周囲に目を向けてみると、バッチリ見られていた。ここへ近づいてくる男子生徒二人組と目が合い、思わず顔が引きつっていく。
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