06.新装開店、その日のできごと(2)/恋のおまじないにまつわること
旦那さまの頼もしさをあらためて知る機会は、すぐに訪れました――困ったことに。
学校帰りの女の子たちが、連れ立ってわたしのお店へやってきたのです。
初等学校の……高学年でしょうか。
若木の枝みたいな手足が伸びかけの、十代前半くらいの女の子たちでした。
細い手足には元気がいっぱいに詰まっているみたいで、おしゃべりにさんざめききゃあきゃあとはしゃぐ声も華やかです。
「――今は遠き
その女の子達を相手にいにしえの伝承を諳んじるのは、シオンくんです。
ああいう語り部みたいなことって、わたしにはちょっとできません――いえ、魔法のお話とかだったらいくらでもできるんですけど。その、むしろ喋りすぎて迷惑かけちゃうくらいなんですけれど。
「少女達の間にのみ秘めやかに伝えられたる魔女の
伸びやかに語る声は澄んだ風みたいに心地よくて、カウンターからぼんやり聞いているだけのわたしでも聞き入ってしまいそうになります。
傍で語りかけられる女の子達はなおさらのことでしょう。ぽぉっと夢見るような顔をしながら、彼の手に載ったちいさな香り袋に見入っています。シオンくんの顔に見入っている子もいます……ちょっぴりもやもやします。
――女の子向けの、恋のおまじない。そのための道具。
以前は取り扱ったことのなかったものですが、今回の新装開店にあたっていろいろ話しあった末、
女の子同士の間でしか話してはいけない、恋のおまじない。
実は知り合いの女の子を通して、こっそり噂を広めてもらったりもしていました。
……と言っても、その知り合いというのはわたしの直接の知り合いではなくて、ランディくん――シオンくんの弟の男の子の、幼なじみの女の子たちなんですけれど。
だから、このトスカで
……にしても、うわさ話にしてほしいってお願いしたの昨日なんですよね。昨日の今日でもうお店に来る子がいるって、すごいです。
『人の噂は
「あのっ!」
――と。
女の子のひとりが、シオンくんへ詰め寄るみたいにしながら挙手していました。
「そのおまじないって……もう好きな誰かがいないとだめですか!?」
「いいや、そんなことはないよ。たとえば、素敵な恋と出会えるおまじない、意中の相手に振り向いてもらえるおまじない、恋を伝えるのが上手くいくおまじない――
棚に並んだ香り袋のいくつかを手に取って、女の子たちの前に見せる。
目を皿みたいにして、食い入るように顔を寄せるちいさな女の子達に、シオンくんは言います。
「と言っても、あくまで『おまじない』だから、これだけで何もかもうまくいくとは言えない。でも、
そう言って話を終えると、女の子達はきらきら輝くお互いの目を見かわしあって、きゃあきゃあとはしゃいだことばを交わしはじめました。
ニコニコしながらその様子を見ているシオンくんを、赤い顔でちらちら見上げている女の子もいました。
その様子を――若干複雑な気持ちになりながら――カウンターからぼーっと眺めて。
(……わたし、あんな風だったことなかったなぁ)
こっそりやっていた作業の手も止め、わたしはぼんやりと思いを馳せてしまいます。
あれくらいの年の頃は、シオンくんと一緒にお師匠さまのところで修行ばっかりしてました。
シオンくんは冒険者としての。
わたしは魔女としての。
お友達はシオンくんだけだったし、女の子同士のおしゃべりなんて夢のまた夢でした。
買い出しのために近くの町まで降りていくことはあったけれど、同い年くらいの女の子に話しかけておしゃべりするなんて、そんな勇気、わたしにはありませんでしたから。
恋、だって――よくわかりませんでした。
そんな気持ちがこの世に在るということさえ、わたしにとっては夢物語のようなものだったのです。あの頃は――
(あの頃、わたしが知っていたものは……)
――《魔女》の母や姉が、まざまざと見せつけてくれたもの。
そんなものばかり、だったから――
「あのっ!」
「ふひゃあい!?」
ああ、また変な声を出してしまいました。
ぼーっとしていたところに、女の子の声がいきなり飛んできたせいです。
「あっ。は、はぃ……なんでしょう」
慌てて姿勢を正し、おずおずと問い返すわたしに。女の子たちは真剣そのものの顔をして、
「もしかして……ですけど! フリスさんがシオンさんを『落とした』ときも、魔女の
「え……?」
――ぅえええええぇぇぇぇぇ!?
お、おおお思いがけない質問が飛んできましたよ!?
あのっ、落としたって何ですか落としたって! 言い方がいやらしいですよ!?
「フリスさんがシオンさんと出会えたのも!!」
「
畳みかけがきました。圧が強いです。
えぇ――あ、でも、そっか。
これは、きっとあらかじめ想定して然るべきことだったのです。
だって、わたしは一昨日にシオンくんと結婚したばかりの新婚さんで。
しかも、それは家の繋がりだったり、仲人さんにお世話してもらったお見合いの結果だったりでもない、わたし自身の恋を叶えた結婚で。
ええと――でも、それはわかったけど、どうしよう。どう答えたらいいのでしょうか。
だって、魔女のまじないで恋を叶えました――だなんて、なんだかすごく体裁が悪いような気がしてしまったのです。まるでシオンくん当人の気持ちを、ないものにしているみたいで。
かと言って、ここで強く否定してしまうと『じゃあ、何で恋のおまじないなんて売ってるの?』――なんて話にもなりかねないですし。
「さて……それはどうだろうね。俺がフリスと会った頃って、彼女がまだ魔女術の『ま』の字も知らなかったような、修行中の頃だったから」
クスリと小さく笑って、シオンくんが思い出を振り返るようにひとりごちます。
「でも俺は、多分その頃からずっとフリスが好きだったよ。だからそのおまじないは、あってもなくても特に変わらなかったんじゃないかな」
「「「おお……っ!?」」」
ざわめいて。
女の子達は気圧されたみたいに、心持ち後ずさったように見えました。
「いや、これは恥ずかしい話なんだけど……結構しつこいんだよ、俺。執着が強くて、諦めが悪い。フリスがどうこう以前に、『俺が』フリスを好きだったんだ。ずっとね」
心持ちはにかんだみたいな笑顔で、そう言って。
そんなシオンくんは、とてもかっこよかったです。かっこよかったんですけど、でも……
(ぅあああああああああ……)
聞いてるわたしは――ものすごく、ものすごーく、恥ずかしかったのです。
湯で上がったみたいに赤くなった顔を、両手で覆って。
きっと、頭のてっぺんから湯気を立てながら――他にどうしようもなく俯いてしまうわたしのつむじあたりに、女の子達の視線らしい圧が、ちくちくちくちくと刺さっていました。
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