04.《魔女》のお店を始めます。旦那さまとふたり、薬屋さんと魔法屋さんをはじめます


 これが吟遊詩人の語る物語ならば、結婚式はハッピーエンドのエピローグ。

 祝福の鐘が鳴り渡り、誰もが幸せに笑ってめでたしめでたしで幕を降ろすのかもしれません。


 けれど人生はそうはいきません。幸せな婚礼の後も物語は何らの斟酌しんしゃくなしに続いてゆきますし、もしもめでたしめでたしで幕が下りてしまったら、むしろそれは不幸な事故か何かによる悲劇の幕引きということになってしまうでしょう。



 なので、ここから先はめでたしめでたしの続き。



 新装開店です。


 トスカの町の南の外れ。

 ラウグライン大森林が間近まで迫る、周りは人家もまばらな町はずれの街道沿いに高くそびえる大樹のふもとに建つ、二階建てのちいさな家。


 そこが、わたしのお店。

 わたしことフリス・ホーエンペルタ――もとい、フリス・ウィナザードの薬屋さんです。


 ……好きなひととおんなじ苗字って、なんだか不思議ですね。くすぐったいな。


 ユイリィちゃんなんかは「フリス・ウィナザードって、あんまり音の響きがよくないね」なんて難しい顔してましたし、自分でもちょっとくらいはおんなじこと思わなくもなかったですけど――でも、そんな些細ささいなことはいいんです。


 わたしの仕事は薬師です。

 薬をよろず扱い、大きな街みたいにお医者さまがいらっしゃらない郊外の町村では、医者の代行として医療の一切を担うおしごとでもあります。


 そうした理由から、わかりやすいようにと薬屋の看板を出していますが。もちろんわたしは《魔女》なので、薬以外のものも作ります。


 たとえば、手間いらずで簡単に火がつく火口ほくちとか。

 夜眠るときに暖かい毛布とか。

 食べ物が腐らないように冷やしておく冷蔵箱とか。


 日々の暮らしに役立つ、魔術効果を施した道具――総じて、一般に附術工芸品アーティファクトと呼ばれる道具たちです。


 経緯を話しだすと長くなるので要約しますが、わたしは一頃にゆえあって、このトスカの町で四年ほどこのお店を、薬屋兼魔法屋みたいなお店をやっていました。

 わたしの作る附術工芸品アーティファクト、みなさんからの評判がとってもよかったんですよ。


 はい、評判よしだったんです。道具は……あと、お薬も。


 いろいろあって冒険の旅へ出る時に――それは吟遊詩人の詩に広く謳われる、シオン・ウィナザードと《渡り鳥》の第二の冒険、シオンくんが《王権守護者》の二つ名を戴くに至った冒険です――お店はお師匠さまに預かっていただいていたのですが。結婚を機に落ち着きどころとして、またこのお店を始めることにしたのでした。


「フリス。この辺の薬って全部この棚でいいか?」


「あ。うん……あ、ううん、ごめん。ちがう。三番の札のは、だめ……開けちゃだめ。おひさまに、日に当てるとだめ……だから」


「じゃあ、これは下の暗室行きか。わかった、運んどく」


「えっ? そんな、悪い……運ぶ、よ。わたし」


「フリスは他にもやることあるだろ? 俺は力仕事くらいしかできないんだから、やれることは任せろって――あ、札は見えるようにして置いておくから」


「う、うん……あり、がと」


「どういたしまして」


 シオンくんは明るく笑って、わたしの苦手な力仕事をぜんぶ引き受けてくれています。

 頬が熱くなるのを感じながらのお礼は、自分でもわかるくらいぎこちないものでした。


 瓶がいっぱい詰まった重たい箱を抱えて、シオンくんがてきぱきと地下の暗室――貯蔵庫へ行ってしまうと、カウンターの椅子に座っていたわたしはがくりと肩を落として、天上へ向けて細く長い息を吐き出します。


(ふわふわしてる……わたし)


 当たり前だけど、わたし一人でやるよりずっと早いです。


 一人でお店をやっていた頃は、荷運び用に作った自動人形パペット――パペットくんに力仕事をお願いしていたわたしでしたが、心なしかその頃よりずっと早くものごとが進んでいる気がします。たぶん気のせいなんかじゃないでしょう。


(それは、そうだよね。シオンくんは頼もしいんだもの)


 ――そう。彼は頼もしい。

 シオンくんはすごいひとなんです。


 ほんとうなら、王都リジグレイ=ヒイロゥのえらい方々から仕官のお話をいただいていて、その中から好きなおしごとを選びほうだいで、王都にお屋敷なんか構えたりもできて――もしかしたら、どこかのお姫様と結婚して貴族や王様にだってなれたかもしれない。


 シオンくんは冒険者としてそれだけのことを果たした、すごい男の子なんです。


 ――なのに。


 シオンくんが求婚プロポーズしてくれたのは、ただ幼なじみというだけの、わたしで。


 結婚しようって決まってから、わたしが崖から飛び降りるくらいの思いきった気持ちで、トスカに戻ってまた薬屋さんをやりたいと話したとき――彼は信じられないくらいあっさりと、二つ返事でわたしのお願いに頷いてくれました。



「じゃあ、いっそ式もトスカでやるか。わざわざトスカから遠いところランディ達を呼ばなくても済むし、フリスがいいならその方がいいな。俺は」



 それはまさしく願ったりかなったりでした。わたしにとっても。


 いえ――もちろんわたしと結婚したとしても、王都にいつづけることはできたでしょう。王都で素晴らしいものを得ることはできたでしょう。

 でも、それは、わたしの方がだめだったんです。


 むかしから、人の多いところがだめでした。

 知らない人ばかりの街にいるのが、だめでした。


 冒険者だった頃はシオンくんが、そうでないときにはビアンカさん達――あ、いっしょに冒険していたお友達です――の誰かがそばにいてくれたから、へいきだったんですけど。でも、いつまでもそんな風にばかりなんてしていられませんものね。


 トスカに戻って、昔やっていた薬屋さんのお仕事を再開したのは――この町なら少しは馴染みがあって、顔を知っているひとがたくさんいたから。


 新しい環境で、新しい生活を始めるのに尻込みしそうなへなちょこのわたしでも、ここでなら踏んばれる、がんばれると思ったから。


「……………………」


 長く溜息をついたきり、ぴくりとも動かないわたしを心配してでしょうか。

 石造りのうすに手足を生やしたみたいな、わたしの腰くらいまでの大きさの自動人形パペット――パペットくんが、わんこが首をかしげるみたいに体を傾けてわたしを見上げてきていました。

 動力源の契法晶けいほうしょうがくりっとした一つ目みたいで、なかなか愛嬌のある子だと思います。かわいくないですか?


「わたしはだいじょうぶだよ、パペットくん」


 その頭を、よしよしと撫でてあげます。

 パペットくんとだったら、こうして普通におしゃべりできるんですけどね。人とおしゃべりするのは、どうしても上手にできません。


「フリス?」


「わっ」


 わたしはどれくらいぼんやりしていたのでしょう。

 いつの間にか帰ってきていたシオンくんが、気づかわしげにわたしの顔を覗き込んでいました。


「あ、ごめ……シオンく、ごめ、なさい。ぼーっとしてて」


「そろそろ昼飯にするか? 時間もいい頃合いだし、俺もう腹が減ってきてて」


「うん、わたしも……なら、何かわたし、たべるもの」


「今日は俺が作るよ。まだやること残ってるかもしれないし、フリスは念のためこっちにいて」


「ぅえ。でも」


「ぱぱっと簡単なの作っちゃうからさ。じゃ」


 わたしが言うべきことを思いつけずあぅあぅしていた間に、シオンくんは台所へと行ってしまいました。

 他にどうしようもなく、わたしはがっくりと項垂れます。


 ……もうやることなんか残ってないの、シオンくんだって知ってるでしょ?


 疲れてるって、思われたのかなぁ。ぼんやりしてたから。


「負けてるなぁ……お嫁さんスキル」


 溜息しか出ません。

 今日一日――どころか午前中の半日だけでまざまざと思い知った、それが結婚生活二日目の現状でした。いえ、実を言うとだいぶん前から薄々察していたことではあるんですけれど。


 シオンくんはお料理も上手です。

 わたしもお料理はちょっとできますが、ちいさなランディくんの面倒をずっと見ていた彼に、家庭料理でかなう気はしません。


 お片付けも得意です。

 というか、わたしはお片付けがてんでダメです。自覚はあるのですが、むかしからいろいろとものをため込んでしまう癖があって、そのせいできちんとお掃除していてもあんまり綺麗な感じになりません。


 早起きも……その、わたし、夜更かししがちで、朝が弱くて。

 なので、今日の朝ごはんもシオンくんが作ってくれました。

 食後には珈琲コーヒーまで淹れてくれました。

 ……とってもおいしかったです。はい。


 お嫁さんらしい甲斐甲斐しさ――ええと、勝負になってるって思えますか? 今の時点で。最前までの状況で。


 ほら、見てください。わたしのお店を。


 昨日まではうずたかく積み上がったあれやこれやで窓がふさがり、日が差し込まずにどんよりしていたこのお店。

 足元も附術工芸品アーティファクトとその材料で足の踏み場もなかった薄暗いお店が――今や風通しのよい、ちいさいながらも明るく清々しいお店です!


 カウンターにさりげなく置かれたちいさな呼び出しベルやちいさなイーゼルに立てかけた黒板や、ほのかに心地よく香るポプリなど、まるで王都のおしゃれな喫茶店みたいにかわいらしいしつらえではありませんか!


 このあたりのレイアウト、わたし何もしてません。

 お薬の中で日が当たるといけないものとか、湿気に弱いものとか、扱いに注意が必要なものをタグ付けして分けていたくらいで。


 お店の奥、わたし達の居住スペースの方をお掃除してもらっていたパペットくんのぶんまで、お店を片付けてきれいにして、ついでに装丁まで整えてくれたのはシオンくんです。


 これはよくありません。

 何もかもしてもらいっぱなしです。お嫁さん的ぴんちです。


「わたしも、がんばらなきゃ……だよね。もっと」


 決意を胸に、わたしはじっと隣にいてくれていたパペットくんを見下ろします。


「パペットくん、わたしもっとがんばる。がんばる、ぞっ、おーっ」


 パペットくんは首をかしげる体で、石臼みたいな体を傾けるばかりでした。


 ……ああ、わたしだけ空回りです。うぐぅ。

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