03.こんにちは。もしかしたら、はじめまして。この記録を読んでくれているあなたへ(2)


「フリスの夫の――って、これ意外と恥ずかしいな――、シオン・ウィナザードです。フリスのやることだし、どうせ周りのことばかりで自分のことは一行も書いていないと思うので、代わりに俺が彼女に関することを書いておきたいと思います。

 俺から見た、俺にとっての、彼女の話です。えーと――」


 わぁ、わああ。

 わわ、わたしが書いたとこ見ないで……読まない、でぇ……


「フリスは、冬の空色の髪と、猫みたいな金色の目をしていて、前髪を長く伸ばして目を隠してます。

 ――冬の空って、凍ったみたいに白々とした薄い青色をしてるじゃないですか。フリスの髪はああいう感じのうっすらと広がるような青です。夏の暑い時なんかに見てると、涼しげでいいですね」


 …………………………。


「冒険してる時はそうでもないんですが、前に何年か、俺の都合でトスカに一緒にいてもらったことがあって……その時なんかは女の子らしい靴を履いたり、町の女の子みたいなおしゃれなんかしてて、そういうとこ女の子らしいなって思ってました。

 もっときちんと、めいっぱいおしゃれして、それこそ本当に町の女の子らしく着飾ったら――きっと、周りの目を引くきれいな女の子になるんだろうなって。だから、フリスがいつも髪で顔を隠してるの、ちょっとだけもったいないなぁなんて思ってたんですけど」


 ひゃっ? え、え?


「――ほら。こうやって前髪を上げると、綺麗な顔でしょ? 金色の瞳が太陽石ヘリオドールみたいにきらきらしてて、顔は真っ赤になってるけど目はちゃんと俺の方を見てるんです。何か……うん、可愛いなって思います。こういうところ」


 し、ししししシオンくん、シオンくん!

 もう、もうこれくらいで! は、恥ずかしいっ……から……!


「ええ? まだいろいろ」


 だめっ……! も、ももももう、おわり……っ!


 あ……あと! そんな、これ、顔っ……絵を残すものじゃないから、ね!?

 だだだから前髪、ああ上げても意味、ない……ないからね!?


「あ――そうか。ああ、ほんとだ、確かにそうだな」


 ……おでこの手、もう、はなして?


「うん」


 ………………………はぁ。


 もう、もうっ……シオン、くんっ。

 その……わ、わたし、はず、っ……恥ずかし……かった、よ……もうっ。


「それがさっきの俺の気持ちだよ。分かってもらえた?」


 うぐうぅっ……も、もうっ、もうっ! そんな、笑ったってだめっ。

 ごごご、ごまかされ、ないから。わたし。ねっ。


 ねっ?


「わかった。悪かった。悪かったって。反省してます。ほんとです」


 ……ほんとに?


「本当だよ。だから今日はもう記録の邪魔にならないように、俺は先に部屋へ戻ってるからさ。フリスも午後はずっと工房に詰めっぱなしだったんだし、いいところで切り上げてお風呂入りなよ」


 お風呂……

 ……あ、シオンくん。先……入る? お風呂。


「いいや? 俺は後でいいから先に入りな。じゃ、また後で」


 ……………………………。


 あ……っ。ま、またあとで……!


 ……………………………。

 ……はぅ。


 ええ……と。


 今のがシオンくんです。

 わたしの幼なじみで、旦那さま……で、それから、


 わたしにとって、いちばんたいせつな男の子――ううん。


 たいせつな、男のひと、です。


 ずっと一緒で、気がついたら好きになってました。

 わたしはこんな風だし、町の女の子みたいなおしゃれも恥ずかしくてできなかったし、人と上手に話せなくて、おしゃべりへたくそだから……だから、今みたいになれたのは、とても幸運なことなのだと思います。


 シオンくんと、家族になれてよかった。


 わたしはと呼べるひとはいても、だと思えるひとはお師匠さまくらいだったから……ほんとうに、嬉しいの。


 旦那さま、って。

 お父さん、って。

 どんなものなんでしょうね。これを見てくれているあなたには、やっぱりご存知のことなんでしょうか。ごめんなさい、わたしはそういうのわからなくて。


 お父さんの顔、知らないんです。

 物心がついた頃には、お母さんと、ふたりの姉と旅をしていました。血縁の魔女たちです。


 『家族』……だなんて、呼べません。そう呼ぶのが、わたしは怖い。


 の名誉のため、先に一言申し添えておかないといけないでしょう。たぶんわたしが父親を知らないのは、お父さん――血縁上の父であるひとのせいでは、ないのだろうと思っています。


 というより、これは本質的には確かめようのないことです。


 母に訊いたところで、あのひとはのことなんてどうせ露ほども覚えてなんかなくて、だからこそわたしはお父さんがどんなひとだったかさえ、わからずにいるのですから。


 とは本来、そうしたなのです。


 女だけの《魔女団カヴン》。

 約束された女系に基づき連綿と世代を重ねる、人と相似た血族――いえ、なのです。


 母や姉こそが、当たり前の『魔女』のかたちです。

 わたしの『心』が母や姉達と形が違って、おかしなものだったというだけで。


 それは、わたしが三人目の――だからかもしれないと、母は笑っていました。自分はおまえみたいにならなくて本当によかったと、二番目の姉も笑っていました。


 ……………………。


 ごめんなさい。変なことを書いてしまいました。せっかくお嫁さんになって一日目なのに、こんな暗澹あんたんとした昔語りなんて書いているのはおかしなことですよね。


 ええ――とにかく、今のわたしは、晴れてシオンくんのお嫁さんです。

 わたしはそれが、とても嬉しい。とってもとっても嬉しいんです。


 だから、シオンくんにも、わたしと結婚してよかったなぁって思ってもらえたら――これより素敵なことなんてありません。


 これからはちゃんと、そのために頑張りたいな。

 そういう毎日をふつうにできたらきっととっても素敵ですよね。お嫁さんだもの。よしっ!


 そのために――まずは、今日のお風呂に入ってこないとですね。

 明日からお店を開けるからって、今日は工房にこもって張りきりすぎてしまいました。


 結婚したらトスカでもう一度お店をやりたいって言ったのはわたしで、だからわたしがいちばんに頑張らなきゃ――って一生懸命にやってたつもりでしたけど、それで心配かけてたらかえって申し訳ないばかりです。


 そう。

 お風呂がくめたからっていうのはただのきっかけで、シオンくんはただ、わたしのこと気にして様子を見に来てくれたんだと思います。

 むかしから彼はそうでした。そういうところが好きだから……そんな風にしてもらえると、胸がきゅっとしてあったかくなります。


 わたしのたいせつな幼なじみ。

 わたしのたいせつな、旦那さま。


 夫婦、ですもんね。

 お互いに慈しみ、支えあい――そんな風に。あの誓いのことばみたいに、してゆきたいです。わたし。


 だから、今日はここで筆をおきます。

 これから新しいこと、書き留めたいことがあったなら、また筆を取る――というのは慣用表現ですけど、またこんな風に書き留めてゆきます。


 明日からのわたしたちの日々が、どうか穏やかに健やかに。

 続いて、ゆきますように。

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