02.こんにちは。もしかしたら、はじめまして。この記録を読んでくれているあなたへ(1)


 拝啓。この記録を読んでくれているあなたへ。


 この記録を手に取り開いたあなたは、未来のわたしでしょうか。それともシオンくん?

 ランディくんやユイリィちゃん、ふたりのお友達の誰かでしょうか?


 それとも、もしかして――あなたは、わたしが知らない遠い未来の、知らない誰かだったりするのでしょうか。そんな風に想像してみると、なんだか胸の奥に風が吹き抜けるみたいな、とても不思議な気持ちになってしまいますね。


 こんにちは。もしかしたら、はじめまして。

 この記録を読んでくれているあなた。


 わたしはフリス。《魔女》です。

 

 はい、みなさんきっとよく御存じの、魔女です。

 裾を引きずりそうなぞろりと長い長衣ローブに三角帽子。ぐねぐね曲がった杖を持っていて、おおきなお鍋で魔法のお薬や不思議な道具を作ったりしている――そんな感じで絵本に出てくる、魔女です。

 絵本みたいなおばあちゃんじゃないのは、その……わたし、まだ二十二歳なので。これを書いているときには。


 ――ああ、でも、もしかしたら、これが読まれているときには、わたしも絵本の魔女みたいなおばあちゃんなのかもしれませんね。もしそうなら、ふくふくしたやさしい感じのおばあちゃんになれてたらいいなぁと思います。


 どうでしょうか? 未来のわたし。

 すてきなおばあちゃんになれていたら、嬉しいんですけれど。



 ――あらためて。この記録を読んでくれているあなたへ。

 そちらは今、何年の何月でしょうか。あなたのお住まいはどちらでしょうか。


 わたしの方は、大陸歴八六八年の五月。大陸の東に広がる《多島海アースシー》でいちばん大きなルクテシア島にある、トスカという町でこれを書いています。


 わたしのおうち――今日からは旦那さまとふたりのおうちになる家で、これを書いています。


 はい。結婚しました。わたし。奥さんです。花嫁さんです。

 昨日、お式を挙げました。ぴかぴかの新婚さんです。えへへ。


 そちらの常識で測ってどうであるかは、今のわたしからだとさすがに分かるはずもないのですが――女性の結婚適齢期が十代の後半からといわれる当世のこの国ルクテシアだと、これは特別結婚の早い方ではありません。遅いほうでもないはずなので、たぶん普通くらいです。


 お相手は、幼なじみの男の子です。


 シオン・ウィナザード――といえば、もしかしたらこれを見ているあなたもご存知のお名前かもしれませんね。


 《雷光の騎士》、《王権守護者》――燦然さんぜんとした二つ名を戴く戦士にして、わたし達の冒険者パーティ《渡り鳥》のリーダーさん。十五の迷宮踏破者にして、古竜の眉間を断ち割りたる無双の勇士。

 わたしにとってはお師匠さまのところで十歳からいっしょに育った幼なじみで、十三歳でお師匠さまのもとを離れてからもずっとずっといっしょだった、たいせつなたいせつなお友達でした。


 ああ、でも、ランディくんが言うには、シオンくんって「ルクテシアの子供だったらみんな名前を知ってる」くらい有名みたいなので……もしあなたがルクテシア育ちのルクテシアっ子の方だったなら、わざわざわたしからこんな話なんてしなくても、シオンくんのことなんてとっくに委細ご承知なのかもしれませんね。


 シオンくんは、大鷲の羽根みたいな茶色の髪と、とび色の目をしています。

 長く伸びた前髪で左目が隠れていて、それは目のすぐ下についている傷――むかし、わたしとはじめて会うより前に強盗に襲われたときについた傷だそうです――を気にしているせいみたいです。


 背が高くてすらっとしていて、何気ないひとつひとつの動作がシャンって鈴を鳴らすみたいにきびきびしていて。あと、とってもやさしい目をしてます。


 世の中のたくさんの女性の美的感性と比べてどうなのかはちょっとわかりませんけれど、わたしにとっては誰よりかっこいい、素敵な男性です。白銀ぎんのお城の王子さまや、黄金きんの砂漠の貴公子プリンスさまよりも、ずっとずっと素敵でかっこいいんです。


「フリス、何してるんだ? 入るよ」


 うひゃあああぁ―――――――――――――――!?

 ひゃあ、きゃあ、きゃああ!!


 し、しししししシオンくん!? なななななぁに? どしたの!?


「……風呂汲めたからさっきから呼んでたんだけど、ちっとも返事なかったから。ノックしても返事が来ないし、何かぶつぶつ言ってるし――すまない、気になって」


 へ? の、ノック、してた?

 ……あ。ごめん、わたし……気づかなくて。ごめん、ね?


「ううん、いいって。それより、これどうしたんだ? 見たことないやつだけど……フリスの附術工芸品アーティファクト?」


 ぁ、う。うん……そぅ。附術工芸品アーティファクト。音声自動筆記……。

 作っ……その、わたし、がね? 作ったの。今日。


「へえ……ああ、ほんとだ。喋ってる内容を自動オートで記録してるのか。すごいな」


 ん……あ、でも、ええと。すごくはない、よ? 基本的な仕組みは、術式自動書記オートタイプとおんなじ、感じ……だから。


 ……その。

 けっこん……わたしたち、結婚、した、でしょ?


 えと、だだ、だから、ね? その、記録……日記みたいなの、残したくて。でも、わたし字が、下手だし。書くのも、だめ……遅い、し。手が痛くなっちゃっ……て。だから、


「だから、こんな風に喋ったことを書いていくようにしたわけだ――ん? 白銀のお城の王子さまや、黄金の砂漠の貴公子プリンスさまよりも、ずっとずっと素敵でかっこいい……?」


 きゃああ!? きゃあ、きゃあ、きゃあああ!!


 や、っ。も、もう……見ちゃだめ……!

 あっ、そんな……もう、もうっ。笑わないでっ、もう……!


「ああいや、悪かった。悪かったよ。ごめん――でも、笑っちゃったのはアレだけど、そうかぁ、って思ってさ。そっかぁ、フリスは俺のこと、こんな風に思っててくれたんだ?」


 …………………おかしい?


「いいや、ちっとも。そんな事は。それは確かに……照れくさいんだけどな。でも嬉しいもんだよ、こういうの――あ、そうだ」


 ……………なに?


「せっかくだし、俺から見たフリスのことも書かせてほしいな、って――――え。なに、そんな泣きそうな顔するなよ。そこまで嫌なのか?」


 ………………ううん。

 いやじゃ、ない。よ? どうぞ……?


「……本当にいい? いいなら、遠慮なくそうさせてもらうけど」


 いい、けど……は、は


「は?」


 はず……か、しい。


 あと、こわい……じゃないんだけど、どきどき……する、の。


「……それは、きっとこの文面を見たときの俺と同じ気持ちだよ。諦めてくれ」


 そ、っ……ええ……?


 ……うぐぅぅ。

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