第12話
◆
俺の日常は大して変化しなかった。
小惑星帯でひたすら鉱物資源を求めて飛び回り、次から次へと機動重機の削岩機で岩石を砕き、杭とワイヤーを正しい使い方をすることで鉱物の塊を引っ張り出した。そしてそれを親父の輸送船に積み、出荷した。
この鉱物採集の仕事は、いかにも実入りが少ないと実感させられる日々だ。宇宙軍で機動兵装に乗っていた時は、最高のメカニックによる整備を受けた最高の機体に乗り、最高の仲間がいた。今はボロボロの機動重機をなんとか整備し、仲間は親父しかいない。食事の時間になっても昔を思い出さずにはいられない。
もう何年も経っているのに、過去のことを過去のことにできない自分が情けなかった。いや、過去のこととしたとしても、過去は過去として俺が死ぬまでまとわりついてくるのかもしれなかった。
人間改造計画についてはすっかり忘れようとした俺だが、着ようとした古着が消えている時や、洗濯を終えて乾燥されたシーツを取り出すとき、どうしてもあの名前も知らない少女のことを思い出した。
ルーテベルト大佐とは連絡を取っていない。関わりたくなかったこともあるし、あの大佐が少女の身柄をどう利用し、どう結果を出したか、知りたくもなかった。
ゲームは終わったし、俺はもうテーブルを離れた身だ。
その日も、俺は小惑星帯の中のひときわ狭い空間で、岩石に狙いを定めていた。今まさに引き金を引く、という時に通信が入った。舌打ちが漏れる。推進剤の噴射で機体の位置を微調整し、安全を確保する。
通信は宇宙警備隊だった。パネルの一つに触れて、通信回線を開く。
「こちらは仕事中だが、話を聞かんでもない」
相手は焦っているようだが、口調だけは冷静だった。逆の方がだいぶ助かるが、贅沢は言えない。
『トウコ・ガリア中尉殿ですか? こちら、宇宙警備隊のツーリー監視長です』
何かが脳裏に蘇るが、無視した。
「予備役中尉だ。何があった? 例の如く、宇宙海賊がどこぞのトレーラーを襲ったか?」
『いえ、トウコ中尉殿、襲われたのは民間の客船です』
ふむん。俺は気分が切り替わった。実入りのいい仕事の気配だ。
「客船が襲われて、どうなった?」
『現金と貴金属、宝飾品が奪われて、その、乗客が六名ほど、拉致されました』
そいつはいい、と危うく口から漏れそうになった。
「契約は把握しているかな、ツーリーさん。人質の奪還の報酬はかなりな額だが」
『警備隊が追跡していますが、あなたの方が近いのです、中尉殿』
「了解した。現場の座標と追跡に関する情報を送れ」
そう答えてから、念を押してしまうあたりが我ながらせこいところだか、それが俺だ。
「報酬を用意して吉報を待て。報酬は負けるなよ」
わかりました、と心底から安堵した声で相手が答える。俺はといえば、即座に親父に通信をつないでいた。輸送船にも警備隊とのやりとりは聞こえていたはずだ。
「というわけだ、親父殿。仕事は中断だ」
『稼いでこい』
実に簡潔な返事が来た。そうこなくては。
俺は機動重機を旋回させ、同時に推進剤の残量をチェックした。余裕はある。生命維持装置の稼働時間にも余裕はある。ワイヤーはもちろん、杭の在庫も十分だ。
データが送られてくる。
さて、仕事の時間だ。
俺にうってつけの、いつまで経っても抜け出せない、クソ仕事の。
(了)
採掘業者と眠り姫 和泉茉樹 @idumimaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます