第11話
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俺が無我夢中で小惑星帯でミサイルを避ける遊びをしている間に、宇宙軍の輸送船が一隻と、機動兵装が二個小隊十六機、すぐそばに展開を終えていた。俺の相手をしていた連中は、俺を粉々に消し飛ばすよりも撤退を選び、しかも巧妙に宇宙軍の輸送艦の索敵網からも脱出していた。
と言うよりは、そこが彼らなりの落とし所だったのだろう。軍の機動兵装が実体不明の任務を実行しているわけで、しかも民間人を襲っているのだ。後から来た連中は俺の相手をしている仲間の蛮行を見逃す代わりに、何かを得たはずだ。
ともかく、安全は確保された。
俺の機動重機はいつの間にか傷だらけになり、杭もワイヤーもくたびれていた。これ以上、酷使していたら悲惨な事故に遭っていただろう。そうならなかったのは、ほぼ予定時刻にやってきた正義の軍隊のおかげである。
親父との無線を開くまで、俺はだいぶ時間を置いた。どこかに隠れ潜んでいる奴がいて、最後の最後に親父とその輸送船ごと、少女を抹殺するかもしれなかったからだ。俺が焦らしている形だったが、軍の機動兵装は倦むことなく周囲を確認し、安全を完全に確保した。その通達があった後でも俺が安心するまでには余計に一〇〇秒が必要だった。一〇〇秒が過ぎても、異常はなかった。
こうして俺はやっと住み慣れた輸送船へ戻ることができ、その時にはすぐ至近に軍船が守護神のように位置どりしていた。機動兵装まだ周囲を警戒している。実に謹厳実直な姿勢である。これでは誰も俺たちを襲えないだろう。
通信でのやりとりは簡潔で、接舷し、件の少女を譲り受ける、というだけのことだ。親父が応答し、輸送船と軍船を近づけ、すぐに固定具が渡されて移動用のチューブが接続された。
親父が嫌がったので、俺が少女を抱えてチューブまで出向いた。こういうとき、もしもに備えてもう一人、できれば銃が撃てる人間がそばにいて欲しいものだが、船には俺と親父と少女しかおらず、少女は眠り続け、親父は嫌がり、結局、誰も俺のフォローはしないということだ。
チューブが接続された扉が開き、わずかに気圧が変化するが、些細なものだ。
チューブを二人の男が渡ってくる。二人とも軍服を着ているが、後ろから来る方は短機関銃を手にしていた。銃口こそこちらに向いていないが、楽しい気分ではない。
先を歩く男、大尉の階級の男が俺の前に立つと敬礼も何もせず、「トウコ・ガリア殿ですね」と口にした。なるほど、中尉殿、などと呼ばないあたり、俺を民間人だと見なしているという意思表示らしかった。
「そうです、大尉。こちらが約束のものです」
今では俺の古着を着ている少女をそっと差し出す。ほぼ無重力だからできる芸当だ。少女の体は大尉が受け取った。そして一度だけ頷くと、さっさとこちらに背中を向けた。付き添いの一人だけが念を入れるように、こちらを見ていた。
「大佐殿によろしく」
嫌味ではないが、とっさにそんなことを俺は口走っていたが、返事はなかった。反応もなかった。扉が閉まり、チューブが折り畳まれていくことが扉脇の端末に表示されている。
ともかくこれで、厄介ごとは片付いた。あとはルーテベルト大佐が始末するだろう。
少女の身がどうなるかは不明だが、俺にはどうしようもない。権力も武力も財力もない、一般人たるこの身には。
俺が操舵室へ向かう間にも輸送船は動き始めていた。軍船ももう離脱しようとしているだろう。ルーテベルト大佐との取引では、俺たちの身の安全は保障されている。急に方針転換して、事情を知っている俺や親父を殺す、という展開もありえないわけではないが、今はないはずだ。
うっすらと冷や汗をかきながら操舵室に入ると親父がのんびりと振り返った。
「連中は帰っていったぞ。全部、終わったということだ」
「そいつはよかった。それでもさっさと逃げたほうが良い」
「臆病になった、とは言わんよ。お前の気持ちはわかっている」
俺の気持ちってなんだ? とは訊ねないでおいた。
俺は軍船や機動兵装より、あの少女のことを考えたくなかった。勝手に試験体にされ、もののように扱われる。その命は保証されないし、ありとあらゆる苦痛に晒されるかもしれない。
同情はできる。哀れに思うこともできる。
それだけだ。救い上げることは、俺にはできない。俺にできたのは、おそらく少しはマシだろう軍人の手に、秘密裏に譲り渡すことだけだ。それでも命は危うく、未来は苦痛に満ちていることは変わらない。
「行こう」
俺の口調は少し、普段と違っていた。どこがどう違うかは説明できないが、違った。
そうしようと低い声で答えた親父が、操舵輪を捻る。
輸送船は旋回し、離脱していく。
何もかもから。
(続く)
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