第10話
◆
俺は機動重機の操縦室でシートに体を投げ出して、モニターの様子をチェックしていた。ヘッドアップディスプレイには今はソナーの反応が表示されていた。すぐそばには何もない。
何もないわけがないが、何もない。そんな状況だ。矛盾しているようで、矛盾はしていない。それがこれからわかるはずだ。
俺が当てにしている機動重機のソナーの探知範囲は、宇宙警察の特殊部隊や宇宙軍の部隊に必ず存在する警戒機や観測機からのデータリンクがないので、極めて狭い。観測用のドローンさえないのは、俺が戦争屋ではなく採掘屋だからだ。喉から手が出るほどドローンが欲しいのが常識な気持ちではあるが。
予定の時刻までのカウントダウンは横のサブモニターに表示されている。
カウントが、三〇〇秒を切った時だった。ソナーに反応がある。かなりな高速で突っ込んでくるが、大きくはない。機動重機に似た反応だが、速度からして機動兵装で間違いない。
しかし、一機か。俺の矛盾した思考の意味はどうやら証明された。
念のために背後を確認する。俺の乗る機動重機は小惑星帯の比較的、岩石の密度の薄いところを漂っている。人間は機動重機に乗ったところで、背後を正確に見る手段がないためにこういう時は事故が起こることがある。後ろから岩石にぶつかられるのは避けたいが、今はこの位置どりが全てだった。
ソナーの反応の通り、機動兵装が最大望遠の光学カメラに捉えられる。
最悪な展開を予想していたが、それは今、想像から現実へと変わった。
通信が向けられる。オープンな回線ではない。こちらのチャンネルを知っているのだ。
『フライフィッシュか』相手の声は男だが、ノイズで聞き取りづらい。『荷物を受け取りに来た』
実に落ち着いているが、相手には余裕があっても俺にはない。ソナーの情報を改めて確認。一機の機動兵装以外、何も映っていない。真っ暗だ。
現状に対する俺の認識が妄想だったら笑い話になるが、そうはならないだろう。その認識があるが故に俺は冷静な声を出すのにかなりな苦労をした。鼓動が速まり、心臓が口から出そうだ。
「こちらがフライフィッシュだ。機動兵装一機か? 母艦はどこだ?」
そう俺が言っているのを最後まで聞かずに、通信は切れた。
やっぱりこうなるんだ。くそったれめ。
ペダルを踏みつけ、推進剤を盛大に消費しながら俺の機動重機が急機動する。
前ではなく、後ろへ。岩石がゴロゴロしている後ろにだ。
モニターに神経の全てを集中する。訓練学校の教官の言葉が脳裏をかすめる。見落としたり見逃したりすれば、俺は自分から宇宙ゴミになるだろう。
新品のワイヤー付きの新品の杭を岩石に打ち込み、例の曲芸飛行とも芸術とも言える機動で、しかも今回は後ろ向きに俺の機動重機がすっ飛ぶ様は、ぜひ、誰かに撮影して欲しかった。
正確には、撮影しただろう奴に公開して欲しかった。
岩石の間をすり抜けている最中、ソナーが微かな反応を拾い、一瞬だけノイズとして表示してから人工知能が不必要と判断して消去したのが見えた。それは俺が普段から相手にしている岩石よりも小さいことを意味する。
大きさは関係ない。
岩石から岩石へ飛び渡るようにする俺の視界の隅を小さすぎる何かが移動し、次の瞬間、小さな岩石と衝突するとそれが盛大に砕け散った。もし大気圏内でその爆発が起これば、盛大な炎が上がり、爆音が響いただろう。ここは宇宙だから、火は一瞬で消え、音もしない。
おいでなすった、と思った時には、次の何かが襲来している。
何かではない、追尾式の小型ミサイルだ。
『トウコ』
ノイズなしの通信の声は親父の声だ。俺は答える余裕がない。動き続けなければミサイルに食いつかれ、地味な花火になってしまう。
『こちらは任せろ』
それだけで通信は切れた。モニターの表示をチェックするとケーブルの断線と推定する表示が出ていた。
親父の乗る輸送船は少し離れたところにある岩石に隠れている。少女もそこにいる。船は主機関をほとんど休眠状態にさせ、まさしく岩石と一体化しているわけだ。これはソナーでも容易に発見できない。
こんな時、俺が輸送船と無線で通信していたら、全てはおじゃんだっただろう。俺たちに襲いかかっている機動兵装の装備なら、通信の内容も発信源も特定できる。だから俺は無線封鎖し、一時的にやりとりするために輸送船と機動重機を有線でつないでいたのだが、今はその通信手段も失われた。
あとは、それぞれがうまくやるしかない。
問題は敵の機動兵装の数が分からないことだ。姿を見せたのが一機、そして隠れてこそこそ接近し、小型ミサイルをぶち込んできたのが一機で、まずは二機だ。問題は連中の機動兵装のステルス性が高すぎることだ。俺の機動重機のソナーでは覚知できない。もちろんそれは親父が乗る輸送船のソナーでも同じだ。連中のステルス性は民間人向けではなく、同業の戦争屋を想定している。どうやっても俺にはそのステルス性を破れない。天地がひっくり返っても。
なので、俺にできることはできるだけ親父の乗る輸送船に敵を近づけさせず、同時に時間まで生き残ることだ。サブモニターのカウントダウンはいつの間にか二〇〇秒を切っている。
ここで俺に救いの手が差し伸べられないと、だいぶ困る。二〇〇秒を持ちこたえるのも至難だが、援軍がないとなると、ここで終わりだ。親父は助かるかもしれないが、俺は確実に死ぬ。
岩石を回り込むタイミングがずれて、岩石に機動重機の外装パネルが引っかかった時、俺は流石に余裕を失い、一瞬で杭を抜きつつ、次の杭を発射し、それが目当ての岩石に突き立つより早くペダルを複雑に踏んで機体を制御していた。
ほとんど無謀な速度に加速した上にきりもみする機体が、なんとか俺の言うことを聞くようになるが、すぐそばでは岩石が小型ミサイルで粉砕されていく。相手の姿は見えないままだ。こちらは推進剤をばら撒いたせいで、正確に捕捉されているだろう。
こうなっては運に任せるしかない。
覚悟を決めて、残りの一五〇秒に俺は集中力の全てを注いだ。やけに遅いカウントダウンを焦れったい思いで見守ることも、推進剤の残りを確認することもなかった。いや、あったかもしれないが、ほんの一瞬だけで、俺は自分の肉体を抜け出して、本来は鈍重で、戦闘向きではない機動重機そのものを自分の肉体として操作した。
マシン・ブレイン・インターフェイスもかくやという俺の操縦に、機動重機はかろうじて順応し、複数の岩石の不規則な動きを先読みするように針路をとり、飛び続けた。
どれくらいが過ぎたか、不意に周囲が静かになったような気がした。その静寂を意識した時、自分がソナーの情報をまるで自分の感覚そのもののように理解していたとわかる。
ソナーに反応はない。小型ミサイルが発する些細なノイズもない。
完全なる沈黙に包まれた空間で、俺の乗る機動重機はまだ杭とそれにつながるワイヤーを利用した曲芸を続けていた。
無音だ。
不意に通信がつながる。いつの間にか俺の機動重機のチャンネルが公共チャンネルになった気分だ。
『フライフィッシュか』
また男の声。さっきの男の声とは違う。俺は先の通信から何かを学んだわけでもないが、すぐには答えなかった。それでも機動重機を岩石に軟着陸させたのは、一つのことを理解したからだ。
敵は去った、ということだ。
『フライフィッシュ、聞こえているか。月からの迎えだ。月からの迎えに来た』
月からの迎え。
事前に取り決めた情報の通り。脱力するほどではないが、安堵に思わず長い息が漏れる。不意に手が震えたが、通信回線を開くことは問題なくできた。手元がヌルヌルすると思ったら、グローブの中が汗でびっしょりだ。それは全身も同じだった。
「待っていたよ。先客があったが、帰ったかな」
俺の場違いな冗談も通じたようだ。
『連中はもういない。ここはクリアだ』
クリア、ね。
オーケーと俺は答えたが、今度こそ声は九割がた吐息だった。
久しぶりに勝ち目のない勝負をしたが、二度とやりたくはない。いつも思うことだし、回数を繰り返しても、何故かまた、同じ立場に立ってしまう。
ある種の教訓だけはどうしても忘れてしまうらしかった。
(続く)
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