第8話
◆
我が親父殿の乗る輸送船とは無事にランデブーできた。
もっとも、その時にはこちらの推進剤は残り少なく、慣性に任せてランデブーポイントに滑り込んだわけだが。親父とはデータリンクされているので向こうで微調整してもらえて助かった。
機動重機は荷台に載せることもできるが、今はついさっきまで採掘していた鉱物の塊が入っている。そんな時の常で、俺の機動重機は輸送船の底面にドッキングした。上下などない輸送船でも、荷台の開閉や今のようなドッキングの関係で、上下は規定される。
接続アームでまず固定され、次に固定具が機動重機を捕まえる。この固定具はステーションのそれとは違うが信頼はできる。親父とは音声でやりとりしていたが、お互いにお互いのことを知りすぎているため、全く支障はなかった。本来的に固定に必要な機動重機側のアームが失われていても。
チューブが接続され、俺は無重力のそこを抜けて輸送船へ戻った。もちろん、眠り姫もとい謎の少女も連れて、だ。
「何がどうなって女を連れて帰ってくることになるんだ?」
親父殿、ウッド・ガリアは怒りに駆られているようではないが、予想外、想定外の事態にうんざりはしている。俺だって逆の立場ならそうしただろう。しかし親父だって場合によっては老婆でも幼女でも連れてくると思う。たぶん。そこまで冷血ではないはずだ。
「コンテナの中の生命維持槽に入っていたんだ。ここに来るまでに説明しただろう」
ムゥ、と親父が口元をへの字にする。
「お前が途中で宇宙に放り出してくれると信じていたんだがね」
「お人形のようなお嬢さんだが、生きているぜ」
「それが逆に面倒だ」
何はともあれ、ほとんど裸の女の子のそばで老人と中年の男二人が冗談をぶつけ合うのは、場違いだ。親父がすでに用意していたシーツをこちらへ投げてよこし、俺はそれで素早く女の子を包んでやった。
目を冷ます気配がないのが気がかりだが、抱えて、輸送船のリビングへ連れて行くしかない。
だが、それを制止するように廊下に通信の着信音が響いた。舌打ちした親父が操縦室の方へ通路を移動していく。俺は通信の方は任せて、リビングへ行こうとした。
しかし、それも中断することになった。
シーツからこぼれていた少女の腕をシーツの中に突っ込んでやろうとした時、その細腕に何か、あざのようなものが見えたのだ。
それはあざじゃなかった。刺青だ。
「なんてこった」
声が口から漏れてから、やっと自分が言葉を発したことに気づいた。思わず空いている手で口元を撫でる。自分の声が信じられなかったが、それよりも余計な言葉が口をつきそうだった。そして俺の口は、結局、言葉を口にした。
「銀河帝国宇宙軍の兵器開発局だと?」
俺はもう一度、真剣に、詳細に少女の腕にある刺青をチェックした。ここに至るまでにその存在に気付かなかったのは迂闊だった。もし気づいていたら、どこかの段階で宇宙に捨てたかもしれない。そもそも生命維持槽から出さなかった。アッシュが何を言おうと放置したと思う。
実際にはすでに少女は俺の目の前にいる。
腕の刺青はまず紋章があり、もう一つが数列だ。
紋章は俺の知識と記憶を検証したところ、銀河帝国宇宙軍の数ある組織のうちの一つ、兵器開発局の紋章だった。帝国宇宙軍の兵士の大半は、体に刺青を彫る。仮にどこかて戦死したとしても、所属がわかるようにだ。船舶もろとも肉体が引きちぎられたり、そもそも塵に変わることがあるとはいえ、死んでも骨を拾ってもらえるという刺青の効力は兵士にとっては絶大だ。
しかし、兵器開発局というのはいただけない。連中は研究所と工廠と試験宙域から滅多に出てこない。そしてこんな十代の少女が研究者や技術者であるわけがない。
残る可能性は試験体ということになる。数列の意味はさっぱりだが、試験体であることを裏付けている気がする。
では、それが何を意味するのか。
海賊に襲われたヌリィーク船長の隼号は、軍の依頼でコンテナを輸送していたのか。しかも幹線航路を使わずに、裏道を使って。人目を避けたのだろうか。そうでなければ、やっぱり近道をしたかったのか。俺がヌリィーク船長の立場だったら、どうするだろう。荷を検められるのを避けたり、さっさと仕事を終わりにしたいと思えば、幹線航路を避けるだろうか。
微妙なところだ。この部分はヌリィーク船長が知っているとしておこう。
もう一つの疑問は、コンテナの中身はなんだったのか、ということになる。宇宙海賊はコンテナを開封し、何かを持ち去った。それは俺の手元にある少女と同じようなものなのか。生命維持槽が満載されていて、最後に残った一つが俺の手元にあるということか?
ありえないことではない。いや、待てよ……、コンテナの電源に不備があった。非常事態に一つの生命維持槽の機能を維持できない電源で、いくつも生命維持槽を管理するのは危険だ。では、生命維持槽ではなかったか。海賊に当たらない限り、何が奪われたかはわかるまい。ヌリィーク船長がコンテナの中身を知らないのは間違いない。
わかったことは、少女が軍の一員か所有物だ、ということに過ぎない。それだけでもこの仕事は極めてややこしくなっている。
リビングへとにかく運んでやろう。
抱え直してリビングへ運ぼうとする俺の背後に気配が来て、振り返ると先ほどとは段違いに難しい顔をした親父がそこにいた。
「悪い報告がありそうだな、親父殿。こちらにも悪い報告があるが、どちらが先に喋る? 情報交換だ」
「こっちが先に話す。通信は宇宙警備隊からだった。隼号が海賊に襲われて撃沈されたようだ。状況は確認中だが、確度が高い情報らしい」
シット、と思わず声が漏れたが、親父は動揺しなかった。さすがは六十年以上をこの宇宙の外れの小惑星帯で鉱物資源を掘り続けているだけはある。ちょっとやそっとでは小揺るぎもしない。
「そちらは? トウコ、何がわかった」
「この娘は銀河帝国宇宙軍と繋がりがある。それしかわからんが、親父の話と重ねると、もしかしたらもしかすると、隼号は口封じされたかもしれん」
「荷物を奪われたからか。しかし、誰が口を封じる。まさか、軍が動いているのか?」
「考えているところだよ。考える時間がどれくらいあるか想像もつかないが、即答できる問題ではない。ついでに言えば、コンテナを開封している連中のそばには、軍用の機動兵装がいたよ」
そうか、と親父は平常の落ち着きを取り戻している。羨ましい。俺があと三十年を生き延びたとしても、ここまでドッシリとはしていられない確信がある。
「警戒はしておこう。お前はお前の伝手で働きかけておけ」
「銀河帝国宇宙軍時代の俺の伝手は、軒並み、死んでいるよ」
「それでもだ。一人くらい、仲の良い友人がいるだろう。例えば、お前みたいに任意除隊を選ばずに、閑職に飛ばされて事務仕事をしながら、椅子の座面をひたすら温めているような奴が」
俺は答えようとしたが、躊躇った。
いないこともない。いないこともないが、もう長い間、連絡を取っていない。別の事情とはいえ、俺は逃げるのを選び、彼は留まるのを選んだのだ。価値観も違うし、そもそも生き方が違う。
俺が眉間にシワを寄せている前で、親父は親父で平然としているのは小憎らしいほどだ。
「さっさと連絡しろ。それとな、もう一つ、確認することがある」
「まだ何かあるのか? もうこれ以上、厄介事はごめんだよ」
「お前、ステーキを買ってきたはずだろう」
すっかり忘れていた。ステーションで機動重機の乗り込む時、シートの裏側にある収納スペースに放り込んだんだった。本来なら生命維持に必要な備品か、海賊の襲撃に備えて武器を放り込むスペースだが、どちらも積んでいなかった。その空間は二人分のステーキその他には十分な容量があった。
そんなことはこの複雑怪奇が状況には何の意味も持たなかったが。
「機動重機のシートの裏に入っているよ」
俺は抱えていた少女を、無重力をいいことに親父に投げ渡した。そっと投げたが、本当はもっと乱暴にしてやりたかった。そうしなかったのは親父のことを考えたのではなく、少女の方を心配したのだ。親父は苦もなく受け止めると、一度、少女を軽く宙に浮かせ、自分は停滞のない動きで機動重機と繋がっているチューブの方へ泳いでいく。
「おいおい、この女の子をどうするつもりだ?」
俺のとっさの言葉も親父を止める力はない。
「お前がリビングへ連れて行け。お前が連れて来た客だ」
横目にこちらを見て口元に笑みを浮かべる親父は、どう見ても現状を楽観視している。その楽観主義的態度が恨めしい。
「ステーキのお前の分は残しておこう。久しぶりにまとめな飯にありつけるな。その子の分はお前の方から食わせてやれ」
勝手にしてくれ。
親父がチューブに消えたときには、俺は通路を漂っていた少女を抱え直し、リビングへ向かっていた。この少女をリビングに運んだら、操舵室へ行って昔の知り合いに連絡を取らないといけない。
そういえば親父はこの船、飛魚号がどこへ向かっているか、何の説明もしていない。ランデブーするまではそれを気にする余地はなかったし、親父に任せきりだった。今も人工知能が船をどこかへ向かわせているはずだが、破滅に飛び込まなければいいのだが……。
(続く)
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