第5話

       ◆


 本来的なステーションとは、休息と憩いの場だ。

 長い時間、宇宙を旅したものが限定された空間から解放され、手足を伸ばすことができる場所。限られた情報の檻から解放され、別の世界があると再認識させてくれる場所。なにより、他人というもの、未知の他人が存在することを示してくれる場所だ。

 ククッルスにもそれはあったが、余計なものがくっついている。

 殺気。あるいは暴力の気配。退廃の雰囲気と、それを無制限に撒き散らすアウトローたち。

 ここでは一般的な人間の方が立つ瀬がなく、無頼者たちが幅を利かせている。つまり、銃をぶら下げていない奴が余所者で、身内はみんな武装しているということだ。

 俺はといえば、武装していない。何せ、資源採掘の作業の最中に仕事を受けたのだから、拳銃の一丁すら持っていない。

 ま、いざとなれば奪えばいい。そのための訓練も積んでいるのだ。大昔のことだが。

 滞在スペースはまるで本来的ではない光量しかなく薄暗い。不自由しないが、すれ違う奴の顔を認識するのに時間がかかる。スリにとっては天国に見えるが、下手な相手のものをかすめ取ると命を失うのは間違いない。誰もそれを咎めないし、止めもしない。

 ゆっくりと通路を進み、適当なバルに入った。入ってみれば、何かを連想させる環境だった。様々な人種が様々な言語で会話をしている声が混ざり合って、独特の喧騒がある。空中には種々雑多なタバコの煙のせいで不自然なまだら模様が浮かび上がっていた。

「お兄さん、これ、試供品。新しいビールね。一カートンで一ドゥカード」

 出入り口のすぐそばにいた若く見える女が小さなグラスを差し出してくる。受け取って、それらしくグラスの中身を見物するが、そもそも店内の光が乏しすぎて黒にしか見えない。

「もしここで買ってくれるなら二カートンで一ドゥカードだよ」

 俺はグラスの中身を干して、女に空のグラスを突き返しておく。

「そういう商売はアル中相手にやるといい。少なくとも酔えそうな味だからな」

 ムッとした顔の女を残して、俺はテーブルの間を縫ってカウンターへ向かう。客たちの少なくない視線が俺に向いている。場違いなのは自分でもわかるが、後ろめたいところはない。俺の顔を見て何か囁いている奴らは、きっと誰かと勘違いしているんだろう。

 カウンターにたどり着くと、バーテンダーが近づいてくる。地球型人類に近いが腕が四本ある。珍しくもないが、バーテンダー二人分の仕事を一人でできるという要素で少しは稼げるのか、それは気になる。

「何にいたしましょう」

 慇懃無礼な言葉は完璧な銀河公用語だ。これなら店を任せるのに十分だ。荒くれどもにも通用する慇懃無礼さ。

「こういう時、ミルクを注文するとどうなるかな。ツーフィンガーで、とか言ったりすると?」

 バーテンダーは口元に淡い微笑みを浮かべたが、そもそも口が切れ上がっている人種なので凄みのある微笑みだった。

「お出ししますよ。ミルクをツーフィンガーでよろしいですか?」

「いや、ガスパー地方のウイスキーがいい。クラシックな奴。ロックで頼む」

「セピアですか? それともホワイト?」

「セピアだ。ホワイトウイスキーはウイスキーとは言わん」

「失礼しました。では、ガスパーのウイスキー、セピアで、三十二年ものがありますので、それをお出しします」

 いいね、とだけ言って、俺は改めて店内を見回した。まだこちらを見ている奴もいるが、ほとんどはそれぞれの会話に戻っている。どいつもこいつも悪党にしか見えない。もちろん、腰か脇の下か、それ以外に銃を提げているのを隠そうとしない。逆にここでは見せつけるのが流儀なのだ。

 示威行為というより、見栄っ張りということか。

 バーテンダーがグラスを持ってきた。俺はモバイルで支払いながら、「食い物はあるかい」とそちらを見ずに問いかける。バーテンダーは気にした様子もなく、丁寧に「ご注文いただければ何でも用意いたします」と返事をする。俺がすぐそばのテーブルの上に置かれた瓶を鏡にしてバーテンダーを観察していたのはばれていたようだ。視線が合っていて、バツが悪い。

「肉を焼いておいてくれ。四ポンドだ。適当に野菜もローストしてくれると助かる。持ち帰るから包んでくれ」

「遺伝子調整オーガニック牛でよろしいでしょうか」

「充分だ。ソースも忘れないように。塩ダレで頼む」

 承りました、とバーテンダーが顎を引くように頷き、カウンターの奥に目線をやる。それで注文は通ったらしい。あとは待つだけだ。バーテンダーがすぐそばにいるので試しに問いかけてみることにした。

「最近、ここらで売り出し中の宇宙海賊がいるかい」

 バーテンダーがわずかにこちらへ近づいた。他に会話が聞かれないようにという配慮だろう。

「新顔はあまりいないようですよ。昔ながらの顔ぶれでやっていますが、ご紹介しましょうか」

「紹介されなくても馴染みの海賊は知っている。ただお互い、顔を見たくはないだろうな」

 反応に困ったわけでもないだろうが、バーテンダーは「さようですか」と静かに応じた。

 新顔の海賊がいない、という言葉を信じるなら、隼号を襲った宇宙海賊はこの辺りを縄張りにしている連中だろうか。見当がつかないわけではないが、どうにもピンとこない。

 ククッルスに出入りするような宇宙海賊が、小型のトレーラーを襲うようなみみっちい仕事をするとは思えない。それにコンテナの中身を現場のすぐそばで漁るようなお粗末なことをするのも、彼らの流儀と結びつかない。

 かといって、余所者が出入りするというのも微妙に思える。新参者がせこい仕事をしたかもしれないが、その新参者は今頃、顔役に詰められていてもおかしくない。それも口頭でなどという甘いものではないと想像できる。

 どれだけ考えても、隼号を襲撃した海賊の姿が見えてこない。こうなると積み荷がなんだったのかが気になるところだ。ヌリィーク船長から事情を聞きたい。

 そこまで考えてから、悪い癖だなと自分に失笑しそうになり、一人で笑っていたのでは変人なので何も考えていない演技をしながら、ちょうど差し出されたウイスキーのグラスを口元へ運んだ。

 今の稼業では、宇宙海賊の正体を暴くことも、そいつを追及するのも、必要ないことだ。俺に求められていることは襲われたトレーラーを保護したり、奪われた積み荷を可能な限り回収することであって、捜査でもなければ、手入れでもない。

 アルコールが喉を刺激するのを感じながら、それでも宇宙海賊について考えるままに想像してみたが、結局、何も思い浮かばなかった。仕方がない、宇宙警備隊か、その上位の銀河帝国宇宙軍が担当すればたちどころに解決するだろう。俺よりも長い手と足を持ち、俺とは比べ物にならない優れた目と耳を持っている。金もあるし、頭数もある。

 頼んでいた料理がやってきたので、金を支払って、残っていたウイスキーをぐっと飲み干してカウンターを離れた。出入り口では例の女がまた擦り寄ってこようとしたが、首を振って追いはらい、無事に店を出ることができた。閉まる寸前の扉に嵌め込まれたガラスに女がこちらに中指を立てているのが写り込んでいたが、見なかったことにいておいた。剛毅な女は嫌いではない。

 足早にエレベーターへ向かいながら、時計を確認する。約束の時間まで三十分はある。早い分には構わないだろう。

 不意に雑音が響いたと思った次に、サイレンが鳴り始めたので、俺も周りにいる老若男女と同じように頭上を振り仰いでいた。そこに何かがあるわけではないが、本能的にそうしてしまうのだ。

 放送が流れ始め、ステーションの構造に壊滅的非常事態が起こっている、と内容とは裏腹に冷静な音声が告げている。誰もが一斉に動き出すが、誰一人、命の危機に直面しているような感じではないのも、やはり不自然だった。

 俺はといえば、やっぱり少しだけ足を速めてエレベーターに向かった。

 この手のステーションで、壊滅的な非常事態が起こるとしたら、もっと物理的な異常を伴う。今は不規則な揺れもなければ、基本的な構造維持のための非常措置も取られていない。つまり、アナウンスは嘘っぱちだ。

 しかし別の非常事態は起こっているのだ。だからサイレンを鳴らし、アナウンスがのんびりおしゃべりしている。

 非常事態とは、警察の手入れだ。

 まったく、タイミングが悪い。

 エレベーターに辿りついた時には、行列ができていた。一度に四十人を運べるエレベーターが数基並んでいても列ができ、罵声が飛び交っている。

 こうなってみるとククッルスに出入りしている奴らがいかにガラが悪いか、はっきり見える。酒に酔っている奴は大勢いるが、薬で酔っている奴も相当数いる。銃声が聞こえてこないのが不思議だ。もっとも、エレベーター待ちの人間が消えた後に、踏み潰されたものが床にこびりついているかもしれない。

 俺がエレベーターで補修施設に戻った時にはちょうど約束の時間だったが、周囲は大わらわだった。次々と船舶が固定具によって外に放り出されていく。

 俺を待っていたアッシュは、不機嫌そのものの顔で詰め寄ってきた。そういうところは子どもながら、悪党に混ざって生きているだけの度胸がある。

「トウコ、さっさと支払いを済ませてくれ。宇宙警察が取り囲んでいる」

「そうかい。いくらだ?」

 俺は言い値をそのまま支払ってやった。さっさと立ち去ろうとするアッシュの腕を掴んだのは、何の報告も聞いていないからだ。

「コンテナは密封して、電源を復旧させたんだな?」

「密閉はした。でも電源は手をつけていない。あんたが好きにやればいい」

「おいおい、少年、それは話が違うぜ」

 思い切り握り締めた手の中で、少年の腕の骨が軋むのがわかる。もう少しでへし折れるだろう。顔を歪めたアッシュが振りほどこうとするが逆に肩が外れそうになり、おとなしくなる。

「コンテナはまた使える。直したよ。でも中身は無理だった。というか、内部電源で生きているうちに切り離して電源を直接、繋いだよ。つまり、コンテナの中は今は空で、生命維持槽以外に電源を必要とする荷物もないわけで、もう電源は必要なくなった」

「ちょっと待て。生命維持槽だって? それは今、どこにある」

「あそこだよ」

 少年が無事な方の手で指差した先は、俺の機動重機のすぐ脇だった。確かに小型の発電機とコードで繋がれた典型的な生命維持槽が置かれている。内部は見て取れないタイプだ。

 実に不吉だが、放ってはおけない。コンテナに戻させるべきだろうか。いや、そうするべきだが今は時間がない。ここのところ、ずっと時間に追われてばかりじゃないか。

 ついて来い、と俺はアッシュを引きずりながら、生命維持槽に近づいた。

 サイレンが鳴り続けているが、俺の中ではまるで別種のサイレンが鳴っているような気がした。



(続く)

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