第4話
◆
民間ステーションには識別名として「ククッルス」という名前が付けられていた。
どこにも不審なところはない、よくあるステーションだ。巨大な円錐形の構造物にいくつもリングが付属し、そのリングには船舶を受け入れるやはり円錐形の固定器具が連なっている。
ククッルスを経営している企業体はそこそこ名前が通っているが、悪名も相応に響いている。銀河警察から賞金首を匿っているだとか、法外な値段で禁制品がやりとりされているとか、いかにもな悪名だ。
その他もろもろの、そういう噂の大半が正しいのを俺はよく知っている。この目で見たし、世話になったこともある。世話をかけたこともある、というべきか。
俺の乗る機動重機は推進剤のタンクの中身がすっからかんになる寸前に、なんとかククッルスにたどり着くことができた。帰るには推進剤を補充しないといけない。スロットルを加減して、舵を調整しながら頭の中では手元のキャッシュのことを考えている自分がいる。
そこへ通信が入ってくる。ククッルス出入港管理担当者、という表示。個人名が出ないあたり、責任追及を回避する違法行為だが、追及しても設備の不調などと言い逃れるだろう。俺が銀河警察ならともかく、ただの資源採掘屋なので文句を言える筋合いではない。
「へい、ククッルス、入港許可を請う。機動重機一機とコンテナだ。料金はいくらかな」
『第三十七番固定具へどうぞ』人工知能じみた抑揚のない声だが生身のはずだ。『入港料が二十ドゥカードになります』
「二十ドゥカード? こちらは小型艇じゃないぜ、機動重機だ」
『機動重機は小型船舶に分類されます』
取りつく島もない。負けさせることもできなくはないだろう。ただ揉めるのは間違いない。揉めなくても、目をつけられる。ここは素直に支払っておくべきだ。業腹だが、仕方あるまい。
「オーケー、支払おう、その法外な入港料を」
声が渋くなってしまったが、相手は嫌味の一つも言わない。相当な人格者か、あるいは人工知能かもしれない。
手元のタブレットで入金してやると、短い沈黙の後に返事があった。
『入金を確認しました。では、第三十七番固定具までご案内します』
通信装置経由で情報が流れ込み、何もない虚空に光の点線が表示される。それは螺旋を描くようにステーションのリングの一つに繋がっている。自動操縦を設定してやれば、自然と光の線に沿って機動重機が滑り始める。
短い警告音が鳴り、推進剤の不足を訴え始める。ここまで来てしくじるわけにはいかないが、失敗すればその時だ。手元で計算してかろうじて固定具までは推進剤が保つと分かったが、さて、うまくいくだろうか。
人工知能のお粗末な操舵で、みるみる推進剤の残量が減っていく。
これは、自分で操縦したほうが安全安心だったか……。
円錐が間近に見え、機動重機の側からも四つの弧を描くプレートを展開する。機動重機は円錐の中に滑り込み、アームの先のプレートと円錐が噛み合うと、軽い衝撃ととともに着艦が完了した。推進剤の残量は数パーセントだ。仕方あるまい。
ステーションのリングは常にゆっくりと回転しており、そのリングを覆う形で六ヶ所の構造物が作られている。入港した船舶はその六つのうちのどこかで補修されたり、整備されたりする。
補修も整備も必要がない場合は、船はひたすらリングとともに回り続ける。円錐の固定具の一部は機密が確保され、通路でリングとつながっており、そこでステーションに乗り移れる仕組みだ。ステーションそのものの主要な滞在スペースは巨大な円錐の中央にある一本の太い円筒で、しかしコロニー式ではない。回転するのは円錐を形成する複数のリングだけだった。
俺は機動重機を降りずに補修の手配をした。機動重機はまだ問題ないだろうが、曳航したコンテナが問題だ。内部からはしきりに生命維持装置の活動限界を訴える信号が届く。もし相手が信号ではなく声を発することができたら、悲鳴をあげるを通り越して怒鳴りつけてくるかもしれない。生身だったら殴りかかってくるのでは、とも思う。
リングはゆっくりと構造物に入り、そこで固定具ごと俺の乗る機動重機は補習施設にスライドした。外部環境をチェックしてから、ハッチを開放する。外気が流れ込むと、嗅ぎ慣れない匂いが俺を包んでくる。腐敗した香水、といったところだ。気を許せるものじゃない。
機動重機から床に降りると、整備士がキックボードに乗ってやってくる。俺が手を挙げて合図すると、向こうも手を振った。いやに小柄に見えたが、まだ子どもだ。
「坊や、あんたが整備するのか」
からかうつもりが、不信感が露骨になってしまったが、慣れているのだろう、少年はビクともしなかった。
「僕じゃ不満かい。僕が一番、安上がりだよ」
「もぐりの整備士か? 正規の整備士に見つかったら私刑にあうぞ」
「正規の整備士で、僕が私刑にかける側さ」
まったく、口の利き方を知らない子どもじゃないか。
俺は身振りでコンテナを示した。すでに床面に固定されていた。
「そのコンテナを持ち帰りたい。まともな状態にしてくれ」
整備士がコンテナの周りを見て回ると、「素人の仕事だね」と口にした。
「バブルは素人の仕事だ。俺が穴を塞いだんだがね」
「お兄さんが? どこで?」
「足場も何もないところでだよ」
「そりゃすごい。見直したよ。穴をちゃんと塞げばいいのかい?」
「電源に不備がある。それを補修したい」
俺の言葉に整備士が素直に頷く。下手に踏み込まないのは、こういうところでは常識だ。
「配線を見ておくよ。電源そのものも積み替えようか?」
「安上がりに済ましてくれよ」
「チップをもらうよ」
こいつは一筋縄では行きそうにないが、信用してやろう。
「任せた。俺の名前はトウコだ。お前は?」
少年が胸を張り、被っていたキャップのつばに触れるような仕草をした。
「アッシュだよ、よろしく、トウコ」
「アッシュか。何か失敗があれば、宇宙の果てまで追いかけるからな」
了解、とアッシュが相好を崩す。自信家じゃないか。
「推進剤の補充をしておいてくれ。他に任せることはない。俺は食事にでも行くよ」
勝手知ったるものでエレベータの方へ向かいかけると、声が飛んでくる。
「全部、二時間でやっておくよ。待たせたら追加料金だから。つまり場所代ね」
背中で聞いて、手をひらひらと振っておく。アッシュの舌打ちが聞こえた。
俺がこんなところに長居したいように見えるとしたら、心外だ。だが食事は別だ。親父との二人暮らしに不満があるとすれば、それは唯一、食事に尽きる。たまにはまともな食べ物にありつきたいと思って何が悪い?
それでもアッシュのために、そして俺の財布のために、二時間は守ってやろう。
(続く)
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