第3話
◆
コンテナは比較的、容易に見つかった。
理由は単純で、宇宙海賊らしい連中が高出力レーザーでコンテナを開封している最中だったからだ。船外活動用外骨格に装備された装備が発する高熱は、俺の機動重機のソナーでも感知可能な高温だった。
もっとも、いいことばかりではない。
場所は小惑星帯の比較的、密度が薄い当たりで、俺の想像通り海賊船は岩石の塊にワイヤーで自らを固定して静止していた。
海賊船と船外活動用外骨格だけなら、どれだけよかったことか。
そのすぐそばに、俺が乗る機動重機と同系統の存在ながら、似ても似つかない物体が浮いていた。
軍が使用する機動兵装だ。実物を見るのは初めての型だが、カタログでは何度も見ている。カタログを見るのは趣味や暇つぶしではなく、警備隊の仕事を請け負う上で敵になりうる機体の性能を知っておくべきだという発想による。もちろん、カタログを見るたびに古びた機動重機ではなく、最新鋭の機動兵装が羨ましくなることは否定できないが。
ともかく、俺がコンテナの固有信号と重なるように発生している熱源に気付いた時には、敵の機動兵装二機は動き出していた。もし俺がソナーの雑音にしか見えないその痕跡に少しでも気づくのが遅れれば、ややこしいことになっただろう。
俺にできることは一つしかない。
機動兵装をなんとか無力化する。
こいつはタフな仕事だが、やってやれないことはない。はずだ。できなかったら、さっさと尻を捲って逃げるしかない。しかもうまく逃げない限り、俺は宇宙ゴミに早変わりだ。
小惑星帯の密度の濃い方へ逃げつつ、俺は推進剤の残量をチェックする。まだ余裕はあるが、万全ではない。親父の輸送船はだいぶ引き離してしまった。データリンクは不安定。援軍の反応はソナーにはない。
二対一か。こういうのも両手に花などと呼ぶのだろうか。
大きめの岩石に沿うように機動重機を飛ばしながら、狙いを定めた岩石に杭を発射して打ち込む。適当なところでワイヤーをロックすると、俺の乗る機動重機が昔ながらの遊園地のアトラクションのように急旋回を始める。
タイミングを見計らって杭を開放し、ワイヤーを高速で巻き取る間に機体そのものは放り出される形で別の岩石に突っ込みそうになっている。
視界の隅に見えた岩石へ別の杭を飛ばし、ワイヤーをロック。
メインモニターいっぱいに岩の表面のざらつきが見えるが、衝突はしない。ワイヤーに引っ張られての急制動に慣性制御システムがきわどく耐えるが、それでも俺の体にベルトが食い込む。
先ほどとはまるで違う方向へ機動重機がすっ飛び、また衝突の危機を迎えるが、同じことを繰り返せばいい。
要は、杭を打ち込み、ワイヤーで機体を急旋回させ、適当なところで杭を抜き、そしてまた別の岩石に杭を打つ、その繰り返しだ。
極めて危険だが、小惑星帯の中にいる限り、推進剤を節約し、本来的には発揮できない速度で移動できる。
何より、相手の不意をつける。
敵の機動兵装は、いきなり側面にあった岩石の陰から俺が飛び出してきて、死ぬほどビビっただろう。岩石が多すぎるために、ソナーは役に立たない。彼らが高性能のソナーを装備している可能性もあったが、どうやら俺は運が良かったようだ。
機動兵装の一機が急旋回し、こちらに向き直る。
軍の機動兵装は大きく分けて二種類がある。
接近戦重視の「高速機動兵装」と、中距離戦を重視する「攻撃機動兵装」だ。
今、俺が対峙している二機は、どちらも攻撃機動兵装だった。カタログのデータ通りなら主力火器は本来なら三十五ミリの機関砲のはずだが、どうやらそれは下ろしてある。代わりに十二ミリの機関砲が二問、装備されているのが見て取れた。連中、三十五ミリの機関砲弾の調達に困りでもしたのか。
ともかく、十二ミリ機関砲が火を吹き始めるが、俺は構わずに機動重機を突っ込ませる。照準はいかにも雑だった。リコイルの制御がマニュアルではないようだ。
俺の機動重機は機動兵装の前を斜めに突っ切っていき、一時的に二門の機関砲の集中砲火を受けたが、ほとんどの時間は一門の射程範囲から外れていた。狙ってその針路を取ったのだ。でなければどれだけ甘い照準でも無謀というものである。
機動兵装は機動兵装で俺を即座に蜂の巣にしようとするが、俺の乗る機動重機の方が速かった。
本来的には、機動重機が軍用機の機動兵装に速度で勝てる道理はない。道理が覆っているのは杭とワイヤーの曲芸によるし、その曲芸に機動兵装は敗北するということだ。
狙いを定めて杭を放ち、ワイヤーの長さを即座に判断する。
ぐっと横手に引っ張られた機動重機が遠心力で加速した時には、機動兵装の十二ミリ弾の火線は完全に置き去りになった。
奴らは俺を追ってくるだろう。
だが、それは間違いだ。
機動兵装の操縦士は、俺の背後を狙ったはずだが、俺はそこにはいない。ソナーを慌ててチェックしただろうが自分の発砲した十二ミリ弾の流れ弾を受けた岩石の破片で、細かなノイズがソナーには無数に表示されたのは疑いない。
相手が見失っているうちに、俺の機動重機はさらに加速しながら岩石を回りこみ、機動兵装の背後に飛び出している。
昔、俺もうんざりするほど聞いた警報音を、今、機動兵装の操縦士は聞いているはずだ。
急旋回で振り返る挙動で十二ミリ機関砲を向けてくるが、間に合わない。副砲の速射砲を保持したアームがこちらを向いているのが俺にも見えたが、明らかに照準がずれている。
苦し紛れの速射砲からの十ミリ弾の雨がすぐそばを突き抜けていく。この時ばかりは、ワイヤーに当たるな、と願わずにはいられない。
当たらなかった。
機動兵装と機動重機が際どいところですれ違う。機動重機には戦闘用の武装は基本的に搭載されていない。俺も警備隊の下請けをする以上、武装の許可を取っているし、兵器も所有しているが、今のように仕事の最中に緊急の依頼があればいちいち装備を取り替えている暇はない。
そうとなれば、あるもので戦うしかない。
機動兵装を接触寸前でやり過ごした俺を見て、機動兵装の操縦士もこちらに火器がなく、まともな武装もないことに気づいただろう。喜色満面で俺を嬲り殺しにする未来を見たと思われる。
そいつは幻だし、残念ながら勝負はもう終わっていた。
俺の体が横に振り回され、機動重機が引きずられる。
高強度ワイヤーが張り詰め、機動重機が振り回された時には、そのワイヤーが機動兵装に衝突していた。
小惑星帯から岩石を引っ張り出す高強度ワイヤーの頑丈さは並ではない。
そして俺の機動重機は遠心力も利用して加速している。
高強度ワイヤーが、機動兵装の装甲板に食い込み、そのまま切り裂く。骨格フレームにまで達し、そこでワイヤーは止まるが、もちろんそこに至るまでの構造物は全て破断している。
推進剤や循環剤、漏洩したエネルギーの火花を吹きながら、しかし機動兵装は静止することを許されない。俺の機動重機がワイヤーを伸ばしながら突き進んでいるからだ。別の杭とワイヤーのセットも利用し、ぐるりと岩石を一周した時には機動兵装は岩石に磔になっている。
哀れな機動兵装を三重にワイヤーで岩石に、厳重に固定してやったが、もう一機の姿が見えないのが気がかりだった。念のためにソナーをアクティブに機能させてチェックしたが、ノイズが酷い。
ただ、わかったことは、いつの間にかコンテナの辺りから感知されていた熱源が消えている。コンテナの開封が終わった、ということだろうか。そうなると機動兵装を鹵獲したとしても仕事としては失敗だ。
ワイヤーを切り離し、コンテナの様子を見にいく俺の心情は落胆といったところだ。考えてみれば、機動兵装が一機どこかに消えた理由も説明できるじゃないか。俺が遊んでいる間に、海賊船ももう一機の機動兵装もトンズラしたのだ。俺の機動重機に恐れをなしたわけもないから、奴らの仕事は終わってしまったのだろう。
コンテナが見えてくる。ありがたいことに、まだ岩石の一つに固定されていた。
すぐそばを機動重機で舐めるように飛んで、状況を確認する。コンテナには穴が空いている。中身を抜いたのは間違いないな。
その時、小さな警告音が鳴ったのには、俺は反射的に息を止めていた。違う、敵襲ではない、何かを促す人工知能の指示だ。サブモニターとチェック。反応しているのは、ヌリィーク船長から受け取ったコンテナの固有信号に関するデータとその状態、履歴に関するデータと紐付いている何かだ。
固有信号をチャンネルとして救難信号が発信されている。オープン回線の正真正銘の救難信号。しかし何故、今更? コンテナは空のはずだ。宇宙海賊の取りこぼしがなければ。
サブモニターの表示を展開させていくと、信じられない表示が出ていた。
コンテナ内部にある何かが救難信号を発しており、それを受けた人工知能は俺に対して、生命維持装置の保全を促している。
信じられないことに、コンテナの中に何かが残っている。
どうなっている? しかし、やはり考えている時間はない。
俺は念のために周囲に宇宙海賊がいないことを確認してから、機動重機をコンテナに近づけた。
信号によれば何かの生命維持装置の稼働限界までが二時間だと訴えている。咄嗟に親父の輸送船の場所を確認するが、やや遠い。かといって警備隊もそばにはいない。
思わず舌打ちが漏れる。これでは宇宙海賊の後を追うどころではない。生命維持装置というのは偽装で悪質な罠かもしれないが、放っておくわけにもいかない。
結局、俺は非常事態に使う硬化バブルをコンテナの穴に苦労して噴射して、その穴を塞いでやった。もちろん救難信号は継続。穴を塞がずに曳航するわけにもいかないからだが、おかげで貴重な時間が無駄になった。
星海図を見ると、比較的、近い位置にステーションがある。民間のステーションで、船の補修設備も整っている。
ただ、正直、俺は近づきたくなかった。
悪党どもが利用することで有名なステーションだったからだ。
やめるべきだ、と俺の中の何かが告げるが、他に選択肢はない。
渋々ながら、俺は機動重機から伸びるワイヤーでコンテナを曳航し、ステーションに針路を取ったのだった。
(続く)
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